第3話 8月12日 ――必要な嘘

 

 八月十二日。


 僕は実家に向かう電車に乗っていた。そこで若いお母さんが赤ちゃんを大切そうに抱っこしながら微笑みかけていた。その光景をみて僕は平和というものを実感した。そしてこの赤ちゃんが成長して大人になった時に、将来安心して生活できるように国を守っていかなければならないと心の中で思った。



 実家到着。


「いやぁ、久々に帰って来たな、よく見ると周りの風景が結構変わってるな」


 駅を降りると、再開発で僕のよく知る風景とは違っていた。自衛隊に入隊して二年。その間帰らなかっただけでこんなにもかつて住んでいた場所は変化するものなのか。僕はなんだかおいて行かれた気分になった。けど変わっていないものもあるはずだ。それを確かめるために僕は実家に戻るついでに、自分の住み慣れた街を懐かしみながら探索することにした。



「おっ、懐かしい幼稚園、まだあったんだ」


 今は幼稚園は休みなので子供はいなかった。けれど遊具が置いてあるのを見て普段はここで子供たちがよく遊んでいるんだろうと想像した。他にもかつて通っていた学校に行ってみたりして当時を懐かしんだ。まるで自分のルーツを探すように……。


「そろそろ、家に戻ろう」


 十分に街の風景を懐かしいんだ後、そろそろ実家に帰ろうと思い、来た道を引き返した。すると、後ろから僕を通りすぎた車が、急に目の前で停車した。そしてその車の助手席の窓が開いて、中から女性が顔を出して僕に声をかけた。


「いやぁ、これは懐かしい顔じゃないか、久しぶりだねぇ」

「あれ、もしかして菊乃ちゃん?」

「そうだよ、高校卒業以来だね」


 女性は僕のよく知る人物だった。なぜなら彼女は僕の幼馴染だからだ。名前は赤井菊乃。どうやら今は、母親と車で買い物に出かけていた帰り道であるらしく、丁度前を歩く僕の後ろ姿を見て、もしやと思い、車を前に止めて声をかけたらしい。因みに、彼女はいつもクールで独特の喋り方をする少し変わった幼馴染だ。


「君、これから家に帰るんだろ、だったらうちの車に乗っていきなよ……お母さんもいいでしょ」

「ええいいわよ、乗っていきなさい」

「えっ、おばさん、悪いですよ」

「遠慮しなくていいから乗りなさい、それにうちの子ったら久しぶりに会えてうれしそうだからお願い」

「ちょっとお母さん変こと言わないでくれ、いいかい君、くれぐれも変な勘違いをしないように、あくまで君はボクにとっては唯の幼馴染に過ぎないのだからね」

「……はぁ、(相変わらず口調は僕っ子なんだ)」

「君、呆けてないで早く車に直るか乗らないか決めたまえ」

「乗るよ」

「ふむ、いい選択だ」


 僕は幼馴染の車に乗せてもらうことにした。そして車の後部座席に乗り込むと、ルームミラー越に菊乃ちゃんと目が合った。なんだか久しぶりに見る幼馴染は大人びていた――いや、昔も彼女はボーイッシュで知的な大人びた少女だった。けれど今は髪を長く伸ばし、顔には彼女によく似合う化粧をしている。こうして彼女は大人の知的なクールビューティへと変貌していた。


「……なんか、菊乃ちゃん変わったね」

「何か言ったかい?」

「何でもないよ」


 僕は菊乃ちゃんの変貌をみて、なんだか自分が取り残されてしまったように感じた。僕が自衛隊で普段と変わらぬ訓練を何度も繰り返している間、自衛隊以外の人は変化する――菊乃ちゃんを見ているとそんな錯覚に陥る……昔は近い存在だったのに今は菊乃ちゃんを遠くに感じる。


「ところで君、明日の夜は暇かい?」

「えっ、暇だけど」

「ふむ、だったら……明日盆踊りがあるんだ、だからボクと一緒に行かないかい?」

「えっ、いいよ……でも、菊乃ちゃんは僕なんかと一緒でいいの?」

「ん、それはどういう意味かな?」

「だって菊乃ちゃん彼氏がいるんじゃ……(菊乃ちゃん美人だから彼氏とか絶対いそうだよね)」

「なななっ、何を言っているんだ君は!」

 

 僕の問いかけに、菊乃ちゃんは慌てふためいた。その様子を運転しながら見ていた菊乃ちゃんのお母さんは噴き出して大笑いしていた。危ないから運転に集中してもらいたい。


「そ、そそそそういう君はどうなんだね……か、彼女は居るのかい、いや、いないよね君に彼女なんて――」

「――ぷっ、あはははははっ、おかしいもうだめ、ごめんなさい、おばさんね、娘の慌てようがおかしくて運転に集中できないわ」

「ちょっとお母さん!」

「危ないからいったん止まりましょう――というかもう僕の家が近いんでここでおりますよ」

「ごめんねぇ、くくくくっ」


 菊乃ちゃんのお母さんの笑いのツボが収まらないようなので僕は車から降りた。すると最後に菊乃ちゃんから祭りに絶対に来るように念押しをされて別れて、僕は自宅へと歩いて帰った。



「ただいまー」


 自宅の扉を開けた瞬間、久しぶりにかつて住んでいた家の匂いをかいだ。そして玄関を見ると配置が変化しておらず、僕が自衛隊に入隊して、家を出た時のままであった。帰ってきた。そう思わずにはいられなった。久しぶりの我が家。久しぶりに安心して過ごせる場所。そして……。


「あら! お帰り、帰ってきたのね」

「ただいま、母さん」


 ……久しぶりの家族との再会を喜んだ。


「急に帰ってきてどうしたの? 確か夏は忙しくて自衛隊から帰らないって言ってたのに」

「うん、そのはずだったんだけど、急に暇が出来て、ついでにお盆だから実家に帰ろうと思ったんだ」

「そうだったのね、それにしてもお母さん心配してたのよ、ほら、例のテロ事件が起きてるからもしかしてあなたがいる自衛隊の部隊も出動しているんじゃないかって」

「そうだったんだ、心配かけてごめん」

「全くそうよ、次に何か起こった時は、必ずお母さんに連絡を頂戴ね」

「……うん、わかった」


 母さんは帰ってきた僕を労うと、すぐに何か食べさせるといって料理を作ろうとした。だけど僕はお腹は減っていないのでそれを断って、まずはリビングに行ってソファでくつろいだ。するとまた母さんが僕にお腹はすいていないかと言って何か食べさせようとする。もしかして母親というものは常に息子がお腹を空かせているものだと思っているのだろうか――そう思った僕は仕方なく母親の手料理を頂くことにする。


「やっぱりあなたお腹がすいてたのね、いまご飯を作ってあげるから待っててね」

「うん、ご飯は少なめでいいからね」


 母さんは僕の言葉を聞いているのかわからないが、機嫌がよさそうに料理を作り始めた。そういえばこうして母親の手料理を食べるのは久しぶりだ。一体どんな味をしていたっけ。僕は長い間、自衛隊で出る料理を食べていたので、すっかり母親の味というのを忘れていた。この機会に思い出すのもいいかもしれない。そう思うと早く母さんの手料理を食べたくなった。


「できたわ、はいめしあがれ」

「あっ、これって、僕の大好物の料理だ」


 母さんは僕の大好物を作ってくれた。それを僕は一気に口にかき込んだ。そうすると懐かしい香りと味が僕の口内で溢れかえって、余計に箸が進み、僅か数分で僕は母親の手料理を食べ終えてしまった。


「あらら、もう食べちゃったの、早食いは健康に悪いわよ、せっかく自宅なんだからもっとゆっくり食べればいいのに」

「そうなんだけど、自衛隊で早食いが身に沁みちゃって……こうみえてちゃんと味わって食べたから、おいしかったよ、ごちそうさま」


 僕は食べた食器をキビキビと流しに持って行って洗って干すと、その様子を見た母親が目を丸くして驚いていた。


「あなた、今迄食べたお皿を自分で洗うことなかったのに……自衛隊に入ってから変わったわね」

「別に変わってなんかいないよ、ただ、僕はもう子供じゃないんだからこれくらい普通にするよ」

「そうよね、もう大人だわ……」


 母さんは少し寂しそうな表情をした。一体なぜだろう。普通は息子が成長したと思ってうれしい表情をするんじゃないだろうか。


「ただいまー……って、だれの靴?」


 玄関のドアが開く音がして女の子の声が聞こえた。僕はその声を聴いてワクワクした。なぜならそれは久しぶりに会う妹の声だからだ。因みに英子とは年が五歳離れている。そして現在英子は中学三年生だ。


「お帰り英子」

「えっ……兄貴、なんでいるの?」

「休暇を貰って帰ってきた、それよりも英子、兄貴って呼び方は何だよ、昔はお兄ちゃんと呼んでたじゃないか」

「うるさい黙れ兄貴!」


 英子は顔を赤くして、急に不機嫌になりながら二階の自分の部屋へと移動した。母さんにこの事を聞くと、本当は英子は僕に再会できて嬉しいのだけれども、難しい年頃である為、素直になれずに、イライラしているだけとのことだ。なので後で相手をしてあげて欲しいと言われた。僕は妹の態度の理由に納得した。そしてあとは、お風呂に入りに行く支度をした。


「ふぅ、久しぶりの自宅の風呂だ……って、家にある何もかもが久しぶりだな」


 今まで集団生活をしていたので、こういったプライベートな時というのは心地よい。そしてつい自衛隊に戻りたくなくなってしまう。このまま帰らずにおこうか……。いや、やはりそれはだめだ。僕はそんな無責任な奴になりたくない。自宅にいるとこうした誘惑がある。気をしっかり持たないと。僕は、自分が自衛官で国民の負託にこたえる義務があると自分に何度も言い聞かせてからお風呂をでた。


「あーさっぱりした」

「――っ!? ちょっと兄貴、パンツ一丁で風呂から出てくるんじゃないわよ!」

「あらあら、そんなにたくましい体になっちゃって……お父さんよりたくましいわ」

「本当よ……そんなに腹筋とか割れちゃって、見せびらかしたいの? バッカみたい、(なによ馬鹿兄貴、ちょっとかっこいいじゃない)」

「あ、ごめんすぐに着替えるよ」


 僕は急いで寝間着代わりのTシャツと短パンに着替えた。すると英子がジロジロと僕の事を見てきた。


「どうしたの英子」

「別に……ただ、どうして兄貴がそんな筋肉が引き締まったキモイ体になったのか知りたいから話しなさいよ」

「キモイ体とか言うなよ、それにこれは自衛隊で訓練してたら誰だってこうなるよ」

「どんな訓練よそれ」

「えーと、詳しくは言えないんだけど……」


 僕は英子と母さんに自分が自衛隊でどんな訓練をしていたか、当たり障りのない範囲で答えた。すると英子はあからさまにドン引いて、母さんは信じられないと言って口を押えて驚いた。


「兄貴、それってブラック企業みたいじゃないの、早くやめなよ」

「えっ、まぁ確かに理不尽なことも沢山あるけど、それ以上にやりがいがあるよ」

「はぁ? 意味わかんないし、具体的にどうやりがいがあるっていうのよ」

「えーと……」


 何だろう。やけに英子が僕に突っかかってくる。


「まずは、厳しい訓練を乗り越えて信頼しあえる仲間ができる」

「けどその間に壊れてやめてく人達もいるんでしょう? そんなの嫌よ」

「ぐっ……否定できない、けど他には演習で任務完遂したら達成感がある」

「あっそ、じゃあ兄貴がする任務って何よ、どうせ大した任務じゃないんだろうけど」

「なんだと!? 僕の任務は偵察だぞ」

「はっ? 何よその偵察って」

「それは……」


 僕は偵察について素人の英子にも分かるように説明した。まず僕は自衛隊の機甲科で偵察隊というところにいる。そこでオートバイに乗って偵察に行く仕事をしている。ここで偵察について説明すると。要する少数精鋭で一番初めに敵陣に乗り込み、敵がどこにいるのか、又は戦地はどんな地形か等、見に行ってそれを味方部隊に報告する事だ。ほかにも斥候なんて呼ばれたりもする。本当はもっと細かいこともあるけど、英子に分かるのはこのくらいだろ。


「少数精鋭なんて言葉なんて初めて聞いたわ、どういうこと?」

「もぉ、わかんないかな、要するに優秀な小人数の隊員で敵が大勢いるところを見に行くってこと」

「えっ? 自衛隊って大人数で並んで鉄砲を一斉に撃つんじゃないの?」

「いつの時代だよ、まぁ確かに演習――あっ、模擬戦みたいな訓練の事ね、それに大人数が参加して空砲を打ち合うこともあるけど、僕がいるところはそうじゃないんだよ」

「そんな、じゃあ兄貴はいつも一人で敵に囲まれているの、そんなの危ないじゃん!」

「まぁ、一人ってわけじゃないけどよくあることだね」

「そ、そんな……兄貴が」


 英子はガクッと項垂れた。この反応はもしかして、僕がすごいところにいると理解して、今まで馬鹿にしてたことを後悔して落ち込んでいるのかな。


「……兄貴は、いつもその演習とやらでどうなってるの?」

「えっ、そうだな……いいところまで行くんだけど、結局、敵役に見つかって戦死判定を貰うよ、他にも捕虜になったりしたよ、いやぁ、あの時は参ったよ、あはははっ!」

「――っ! 笑い事じゃないよ兄貴!」


 英子が突然大声で僕に怒鳴った。いったいどうしたんだ。


「英子ちゃん落ち着いて」

「何言ってるの母さん、こんなの落ち着けるわけないじゃん」

「英子、なんで怒ってんだよ、それと母さんにあたるなよ」

「――っ、この馬鹿兄貴!」

「……英子?」


 英子の眼には涙が浮かんでいた。僕はそれに驚いてなにもいえなくなった。そんな僕に英子は訴えかけた。


「兄貴は、訓練だから死んだり捕まったりして大丈夫だと思ってるの? でもそれが本当の戦争だったら兄貴はもう死んでいてここにはもういないってことなんだよ!? 今はマ国とか言うのが表れて警察や兄貴達自衛隊が戦ってるってテレビでやってたし……そんな状態なのに、本当に戦争になるかもしれないのに、兄貴はへらへらと笑って戦死したなんて言って、馬鹿じゃないの、こんなに私が心配してるのにわからないなんて、もう知らない、兄貴なんて本当に戦死しちゃえ!」


 英子は二階へと僕を置いてあがった。僕は馬鹿だ。確かに英子の言う通りだ。僕は戦いをなめていた。その後僕は呆然として立ち尽くしていると母さんが僕に話しかけた。


「ねぇ聞いてちょうだい、お母さんも英子ちゃんと同じ気持ちなの、だって今は世間では英子ちゃんが言うように戦争になるかもって大騒ぎしてるの、だからあなたの事が心配なの……ねぇ、あなたはマ国って人達がいる危険な場所に行かないわよね?」


 母さんは今にも泣きそうな表情で僕に問いかけてきた。だから僕は答えた。


「あははっ、大丈夫だよ母さん……母さんは僕が本当はドジだって知ってるでしょ、それが自衛隊でも僕はドジなんだ、だから本当はいつも後方の安全な場所で雑用しかしてないんだ、さっき言った偵察も嘘、本当はその人たちに僕は憧れているから、何も知らない英子に見栄を張って僕がその憧れの人達と同じことをしてるって言っただけなんだよ」

「そうなの、じゃあ本当は安全なところにいるってことなのね……だったら安心ね……って、やだこれじゃ母さん不謹慎ね、他の自衛官の仲間の皆さんは今危険な場所にいるのに」

「本当だよもぉ、絶対に外でそんなこと言わないでよ」

「わかったわ、それにしてもあぁ、よかった安心した」


 母さんは涙をぬぐって笑顔になったが、やはりどこか無理してるようだった。


「そうだわ、いつまで家にいるの?」

「えーと、明後日まで」

「ずいぶん早く帰るのね、もう少しゆっくりできないの?

「ごめん、どうしても仕事があるからその日に帰らないといけないなんだ」

「そうなの……だったら次はいつ帰ってこれるの?」

「うーん、これから僕も忙しくなるかと思うから中々帰ってこれなくなると思うし、連絡も取りにくくなるかもしれない、けど大丈夫だから心配しないでよ母さん」


 僕はそう言うと母さんを後にして、英子の元へと向かった。さすがに英子の気持ちに気が付かなかったのは僕が悪かった。だから謝ろう。英子の部屋の前に立ってノックして呼びかける。


「英子ごめん、僕が英子が心配してくれてることに気が付かなくて……だから仲直りしたいんだ」

「……兄貴、入ってきて」


 僕はゆっくりと英子の部屋のドアを開けて中へ入った。英子の部屋は中学生女子の部屋らしく、好きなアイドルのポスターや、可愛い小物だらけだった。僕には無縁の部屋だ。


「兄貴、人の部屋をじろじろ見ないでよ」

「あっ、ごめん」

「いいよ、それよりそこにある机の前に座って」


 僕は英子に促されて、部屋の中央に置いてあるピンクの丸机の前に座った。すると英子も机にやってきて。お互い机を間にして向き合って座った。こうして真正面から妹を見て。二年前に見たときより英子が成長していることに気づいた。


「ねえ、兄貴が自衛隊に入隊する日の朝を覚えている

「もちろん覚えているよ」

「じゃあ、その時私は居た?」

「いなかった……確か寝坊してたよね」

「そうよ! 私あの時、本当はちゃんと起きて兄貴の見送りをしたかったのに……」


 英子はその日の事を思い出して、よっぽど悔しかったようで、話している間ずっと眉に皺が寄っていた。妹をこんな表情にさせるなんて僕は最低な兄だ。反省しないと。


「兄貴はいつもそう、年が離れているからどうしても追いつけない、幼稚園の時も小学校の時も中学校の時もそう、そしてこれからも……私はもっと兄貴と遊びたいのに、もっと楽しい話をしたいのに、けど家に帰れば兄貴がいつでもいるからこの私の願いはいつでもかなうと思ってたのに、なのに兄貴は自衛隊に入隊して遠くに行っちゃって……寂しいじゃないのよ馬鹿」

「ごめんな英子、そのことに気が付かなくて、僕は鈍感だった」

「本当に鈍感……それで兄貴、正直に答えて、兄貴は戦争に行かないよね、いなくならないよね、私さっき兄貴に戦死しちゃえって言って後悔してるの、本当はそんな事思っていない、だから許して、うわああああん」


 英子は僕に抱き着いて泣き出した。あぁ、こういうのも懐かしいな。英子が小さいとき、よく泣いて、僕がこうやって抱きしめて泣き止ましたんだ。そのことを思い出すと。当時と同じように英子を優しく抱きしめてあげた。


「英子、僕は気にしてないから泣くな、僕は大丈夫だから、それに安全なところに今は配属されてるから戦死しないよ」

「本当に?」

「あぁそうさ、だって僕は自衛隊でエースって呼ばれてるんだぜ?」

「何よそれ」

「ダメな奴ってことさ、だから危険なところに配属されないよ、自慢じゃないけど僕なんかがいたらミスして味方に損害を与えちゃうから、いつも後方に回されるんだ」

「ぷっ、あはははは! 兄貴ってやっぱりドジなんだね、だったらさっき私に話した内容は何なのよ」

「あれは僕が見栄を張って嘘を言っただけ、そのことについて謝る、だから英子、お前のお兄ちゃんは本当はだめな奴だから戦争にはいかないし連れていかれないから安心しろ」

「けどテレビでやってたマ国のテロ事件はどうなるの、戦争には発展しないの?」

「しないしない、多分もうすぐ奴らは鎮圧されるから大丈夫」


 僕の話を聞いて英子は良かったと呟いて泣き止んだ。それを見届けた僕は自分の部屋に戻って寝ることにした。


「兄貴、お休みなさい、また明日」

「お休み英子……(ごめん英子、あとの事はまかせる)」

「ん? 何か言った兄貴」

「別に……」


 僕は部屋に入り、電気を消してすぐにベットに飛び込んだ。


 ごめん、ごめん、ごめん、母さん、英子……僕はもうこの家に帰ってこれないんだ。だって僕はもうすぐ……。


 マギユース国の本拠地――異世界へと派遣されるんだから。


 その日の夜。僕は枕に顔を押し付けて、声を押し殺して泣いた。

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