第2話 8月11日 追憶――君を忘れない

 八月十一日。


 五日間の休暇を貰った僕は、街に出かけた。そして街にいる間、スマホでニュースを確認すると、マギユース国――以下マ国の起こしたテロ事件に対処するために、昨夜警察の対テロ特殊部隊が現場入りして作戦行動に出たと報道されていた。しかしまだその後の詳細は分かっていないらしく、続報を待つ状態だ。


「うーん……これからもっと大変になりそうだ」


 僕はその後小腹を満たす為に近くのファーストフード店に入り、ハンバーガーを注文して席に着いた。すると近くの席から若い男性二人組の会話が聞こえてきた。


「なぁ、警察の特殊部隊がマ国の連中にしかけたって」

「正直楽勝でしょ」

「確かに……連中の恰好見たけど、どこのコスプレ集団って感じだったしな」

「だははっ! そうそう、あんなコスプレみたいな中世の装備で近代国家日本に喧嘩を売るとか連中の首謀者は破滅願望でもあるんじゃねんのか」

「けどよ、なんかマ国の奴らの中にバケモンみたいな見た目の奴らもいたよな……なんというかファンタジーみたいな、それに実際に昨日テレビのリポータが謎の光を受けたじゃんか……アレ、ほかのカメラマン諸共木っ端みじんになって死亡したらしいよ、多分奴らは魔法を使うんだ」

「おいおい、お前漫画やアニメじゃないんだから、そんなことあるわけないだろ、それとこっちには警察と自衛隊もいて強力な武器を持ってるんだから、あんなふざけた中世装備の連中じゃ相手にならないよ、それより今度お前……」


二人組の会話は、事件の事から別の話題に移った。僕は、何事もなかったかのように店を出た。そしてまた街を放浪する。すると今度は。広場で集会が開かれていた。


『マ国襲撃事件は政府の陰謀だ! 国民よ騙されるな!』

『我が教祖様はおっしゃられた、日本は滅びる、しかし我が宗教の教えに従えば救われる!』

『今こそ一致団結して、マ国に鉄槌を与えよう!』


「うわぁ、どこもかしこも変な集団が事件に便乗してなんかやってるな」


 広場は多種多様の団体がひしめき合ってそれぞれの主張をしていた。内容はどうでもよかったが、当事者でない人達が大騒ぎしているのはなんだか不思議な光景に見えた。しかしさらに不思議なのが、一方でこんなに大騒ぎしているのに、街の人たちは誰も、事件の事を気にしている様子はなく、それぞれの仕事や、予定の為に忙しく移動していることだ。


 関心と無関心。人は自分に関係あることにしか関心がなくそれ以外は無関心。僕はそのことに気が付いた。


「……移動しよう、なんかここには居たくない」

 

 僕は場所を移動して、とある場所へ向かった。



 登山用品店『ロック』


「いらっしゃい! おっ、青年じゃないか、いつもどうも」

「どうも店長さん、買い物に来たよ」


 僕は登山用品店に来た。ここで今から必要なものを購入する。因みに僕はこの店の常連で、店長さんとは知り合いであり、僕が自衛官であることを店長さんは知っている。


「青年、ニュースを見たよ、大変みたいだね……青年もマ国とやらの対処に行くのかい?」

「えっ、いやその……」

「あぁ、ごめん、こういうことはあまり聞かない方がよかったよね、気にせずにうちの商品をジャンジャン買っていってくれ」


 店長さんはそういうと店の奥へと消えて行った。僕はそれを見届けると欲しいものを探した。


 欲しいものリスト――着火剤、ガス、カラビナ、手袋、電池、ライト、食料などなど。


 主に登山やサバイバル生活に必要な物を大量に買い込んでレジへと持っていく。すると、店の奥にいた店長さんが手に何かを持ってやってきた。


「おっ、青年いつも大量にうちの品を買ってくれてありがとう……これはまた、品物から見て長期の訓練に行くみたいだね」

「えっと、その……」

「あっ、悪い、また聞かない方がいいことを聞いちまったな……だからお詫びに、ほら」

「えっ、店長さんいいんですか!?」


 驚いたことに店長さんが僕の購入する商品をすべて半額にしてくれた。そして最後に手に持ったものを僕に手渡した。


「青年、これを持っていけ、本場スイスから取り寄せた、スイス・アーミーナイフだ」


 スイス・アーミーナイフ――日本では十徳ナイフとかの名で呼ばれていたりする。要するにナイフだけでなく、様々な機能が付いた便利なナイフの事だ。それを店長さんは僕にタダでくれたのだ。


「青年、しっかりな、また店に来てくれよ」

「はい、ありがとうございます……また来ます」


 店長さんは僕の何かを察したようだった。その後何も言わずに僕の商品を袋にいれてくれて、無言で店を出るときに僕に敬礼して見送ってくれた。またこの店にこれたらいいな。僕は店を後にして次の場所へ向かった。



 カフェ&バー『ゴシックガール』


「これからしばらく寄れそうにないからな、少し挨拶がてらにここで飲んでいこう」


 他に必要な買い物をすべて済ませると、夕方になっていた。そこで少し酒を飲みたい気分になった僕は居酒屋の通りにきて、いきつけのバー、『ゴシックガール』へと足をのばした。因みにこのお店はいわゆるコスプレしたかわいい女の子の店員がいる店だ。


「いらっしゃいませー……って、あー! 君じゃなぁい、もぉ、久しぶりぃ、さっ、私の前の席に座ってぇ」

「あぁ、久しぶりだねシオンちゃん」


 店に入ると黒色のゴスロリ姿のシオンという名の女の子の店員が僕に声をかけてカウンターの席へと案内した。因みにエースとはこの店での僕のあだ名だ。なぜエースかというと僕は自衛隊ではエースやらかす奴 だからだ。そうした自虐の意味を込めて僕はエースという名前にした。しかしシオンちゃんにはその意味を教えていないので、いい意味で彼女は僕の名前を呼ぶ。


「あれ、他のお客さんは?」

「あぁ、この時間帯はお客さんが来ることがないのよぉ、だぁからぁ、今はエース君だけだしぃ店員も私だけぇ、それにしても珍しいね、いつもこの時間帯にエース君が来ることなんてないのに、何かあったぁ?」

「別にたまたまだよ……それより今日はお酒を貰ってもいいかな」

「あらぁ、本当に珍しいわね、エース君普段はジュースしか飲まないのにぃ」


 シオンちゃんはおっとりとした喋り方で僕の注文を受ける。この子はいわゆる不思議ちゃんである。しかしこの喋り方とルックスでお客さんの人気を勝ち取り、この店のナンバーワン店員になった。僕もシオンちゃんの魅力に取りつかれたお客の一人だ。だからこうしてお店でシオンちゃんを独り占め出来てラッキーだ。


「お酒は何にするぅ?」

「ウィスキーのロックで」

「えー! 以外ぃ、エース君、大人な飲み物をのむんだねぇ」

「えへへ、(よし、シオンちゃんへの掴みはオッケーだ、けど実はウィスキーのロックなんて飲んだことないなだよなぁ、大丈夫かな僕)」

 

 シオンちゃんは後ろを向いて、カウンターの棚にあるウィスキーの入った瓶を取り、それを氷が入ったグラスに入れてマドラーでかき混ぜる。その時の後ろ姿が献身的に見えて、僕は思わずみとれた。


「はぁーい、できましたぁ」

「どうも……あ、そうだ、シオンちゃんも一緒に何か飲もうよ」

「えぇー、嬉しぃなぁ、エース君ありがとぉ!」

「えへへ、(あぁ、シオンちゃんはかわいいな……けどもう僕は)」


 シオンちゃんは自分のドリンクを作って僕と乾杯した。そして僕は飲みなれないウィスキーのロックを飲んで、アルコールがきつくてむせた。その様子をみたシオンちゃんは上品に口を隠して、おかしく笑った。


「うふふ、やっぱりエース君はおもしろいねぇ、それに何だろぉ、前から思ってたけどぉ、他の意客さんに比べて落ち着いてるねぇ……だから私エース君と話してると落ち着くのぉ、うふふ」

「へぇ、そうなんだ、(やったー! 好印象だ、けど冷静になれ僕、きっとこれは営業の言葉なんだ、だから本気にするな……けどシオンちゃんかわいいよ!)」


 僕は気を紛らわすためにもう一口、ウィスキーのロックを飲んだ。うんやはりきつい、僕にはまだ早いお酒みたいだ。それを察したシオンちゃんは代わりの飲み物を出すと言って、店には内緒で別の飲み物を提供してくれた。さすがシオンちゃん。人気ナンバーワンだけある。それに比べて僕はやっぱりエースだ。情けない。


「ねぇエース君、昨日のニュースみたぁ? ○○県で大変なことが起こってるよねぇ」

「そうだね、マ国とかいうやつらがテロを起こしてるって……許せないね」

「うん……じつわねぇ、私の実家が○○県なのぉ、だから今、家族がとても心配で、それで今日お店を休もうとしたんだけどねぇ、シオンを待ってるお客さんがいるかもしれないと思ってでてきたのぉ、けどダメ見たい……私、心配で涙が出てきて、今日はエース君とまともにお話しできないかも、ぐすっ、ごめんねぇ」


 なんてことだ。シオンちゃんが僕の目の前で涙を流し始めた。けれど僕はその姿が美しく感じてしまい、不謹慎な気持ちになってシオンちゃんに声をかけれなくなってしまった。するとシオンちゃんは急に涙をぬぐって笑顔になった。


「本当にごめんねエース君、私もう大丈夫だからぁ……さっ、明るい話をしようよぉ、私はお店のプロなんだからぁ、泣いたらいけないんだよね、えへっ」

「――っ、シオンちゃん!」

「えっ、ひゃいっ! 何エース君」


 行け、言ってしまえ僕の気持ちを。僕はシオンちゃんが好きなのだ、だから今この時に自分の気持ちを言うべきだとおもった。


「シオンちゃん心配しないで、僕が君たちを守る!」

「エース君が……私たちを、守ってくれるぅ?」

「そうだ、だからシオンちゃん、もしよかったら僕と――」

「――ぷっ、あははは、もぉ、エース君ったらぁ、君は大学生なんでしょぉ、だからまずはぁ、私たちを守るより先に勉強しなくちゃいけないでしょぉ?」

「大学生? あっ、そうだった!」


 しまったと思った。実は僕はこの店に来た時、シオンちゃんに一目ぼれして、彼女の好みを他のお客さんの会話から盗み聞いていた。その時彼女は好みのタイプで落ち着いて知的な男性がいいと答えていたので。僕は彼女と話す際につい嘘をついて身分を自衛官ではなく、有名大学の学生と答えてしまっていて、それが今も今まで続いていたのだ。


「そうだったぁ?」

「いや、何でもないよ、そうそう勉強だよね、もう宿題とかも山ほど出て大変なんだよ、いやぁ、大学生も大変だなぁ」

「……エース君」


 完全にしくじった。正直に言って僕は大学なんかに通ったこともないから大学の事を何にも知らないし。頭も悪い。なので進学をあきらめて自衛隊に入隊した。そうして今は二十を迎えている。だからこの店では高校時代の友達で大学に進学した奴の話をもとにそれらしく振舞っていただけだった。


 もうだめだ。シオンちゃんは僕に疑いのまなざしを向けている。この際疑いを晴らすために本当の僕、そして今置かれている状況をいっその事シオンちゃんに話してしまおうか……。



 

 ダメだ、正直に話すことはできない。


 僕は黙り込んだ。シオンちゃんも黙り込んでお互い沈黙した時間がながれた。


「エース君、もしかしてぇ、私に嘘ついて隠してることがあるのぉ?」

「シオンちゃん、僕は――」


 僕は、本当の事は言えないが、シオンちゃんに嘘をついたことを謝ろうとしたその時、店の入り口が開く音がして外から男性客が一人入ってきた。


「――おーい、シオンちゃーん君に会いに来たよー! あぁ今日も素敵だね……ちっ先客エース君がいるのかよ」

「あっ、いらっしゃぁいノンちゃん……ごめんねエース君、またあとで話そぉ……ボソっ、(ほら、ノンちゃん、私が大好きだから他のお客さんとお話ししてると不機嫌になるからぁ)」

「うん、わかってる、けど今日はもういいから会計を済ませてくれるかな」

「えっ、もう帰っちゃうのぉ? 来たばかりなのにぃ」


 シオンちゃんは眉をへの字に曲げて悲しそうな顔をする。その表情に僕はぐっと来たが、ここは心を鬼にして帰る決意をした。シオンちゃんのこの表情は僕だけじゃなく他のお客さんすべてに向けるものなんだ。これは営業だ。だから本気になるな。


「さよならシオンちゃん」

「エース君?」


 僕は会計を淡々と済ませると、シオンちゃんに一言別れを告げて、振り返らずに店をでた。これでいいんだ。


 

「ちょっと待ってぇー、エースくぅーん!」

「ええっ、シオンちゃん!? どうして外まで追いかけてきたの、まだ店にお客さんがいるのに」

「だってぇ、なんかエース君がいなくなっちゃう気がしたからぁ!」


 僕はドキリとした。その間シオンちゃんは一目もはばからずに僕の手を握り不安な表情をして僕に喋った。


「あのねぇ、私変に思うかもしれないけどねぇ、霊感があるのぉ」

「そ、そうなんだ、(さすが不思議ちゃん、でもそこがかわいい)」

「それでねぇ、霊感のせいでたまにお店に来るお客さんの背中に黒い靄が見えることがあるのぉ、そうするとぉ、そのお客さんは二度とお店に来ることが無くてぇ、その靄がエース君の背中に見えたから私思わず追いかけてきたのぉ」

「……っ」


 僕は靄の事を聞いて思い当たる節があったが、それをシオンちゃんに言う気にはならなかった。だってシオンちゃんは今家族の事で心配している。それなのに他人である僕のことまで心配させたら彼女に余計に負担をかけてしまうことになる。それは僕の本意ではない。


「私ぃ、エース君のことが好きぃ」

「えっ、ほんとに!?」

「うん、お客さんとして好き、さっき言ったけど私エース君と話していると落ち着くんだぁ、だから好きぃ、それでね、なんか気持ちがふわふわしてぇ、温かい気持ちになるんだぁ、えへへ、だからぁエース君、いなくならないでまた私に会いに来てくれないかなぁ」

「……えっ?(うわぁあああ! お客としてしかシオンちゃんは僕を見てないのか、これで僕はシオンちゃんにふられてしまったあああああっ!)」


 一瞬期待したが、やっぱりだめだった。ふつうそうだよね。よっぽどのことがないと客と店員とじゃ深い関係になれない。けど何だろう。今回の事で気持ちが少しすっきりした。


「シオンちゃん、ありがとう、僕は君のことが好きだよ、けどごめん、もうここに来ることは本当に無理になんだ、だからその約束はできない」

「えっ、エース君が私を好きぃ? でももう来れないって……えっ?」


 あれ、なんか急にシオンちゃんが顔を赤くして混乱してるような、でももう関係ないな、最期だからきちんとお別れしとかないと。なんだかんだ言って僕は今まで彼女のいる店に通って楽しい時間を提供してもらった恩があるのだから。


「じゃあねシオンちゃん、楽しかったよ! 今まで楽しい時間をありがとう、君の事は忘れないよ」


 ちょっとクサイセリフだけど、心から思ったセリフだ。こうして僕は呆然とするシオンちゃんを置いて帰る方向へと歩いた。


「私もエース君のことをわすれないよぉ! だって私の名前はシオンなんだからぁあああ!」


 シオンちゃんの叫びが後ろの方から聞こえた。この時彼女がどんな表情と、どんな思いで叫んでいたのかは僕は分からない。けど今後も彼女がカフェ&バー『ゴシックガール』をやめない限り。この店の人気ナンバーワン店員はずっと彼女のままだろうということだけは分かった――。



 紫苑――花言葉、(君を忘れない)

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