第41話 愉快

とっぷりと暮れた夜。三里塚の前を、一騎の騎馬が一陣の風と共に凄まじい速度で駆け抜けた。それに遅れて、十数騎の騎馬が怒声と共に駆け抜けていく。彼らは各々得物を振り回し、前を行く騎馬に怒声を浴びせている。野盗だ。


彼らは必死に馬を駆り、馬は口の端から泡を吹いて必死に駆けているが、前の騎馬に追い付く様子は無い。それどころか、じわりじわりと引き離されてさえいた。野盗の先頭、首領らしき男が叫ぶ。


「てめえら止まれえ!止まれッつってんのが聞こえねえんか!」


彼に振り返りニヤリと笑うと、騎手は馬腹を蹴った。馬はさらに速度を上げ、野盗達をぐいぐい引き離していく。野盗達は躍起になって馬腹を蹴るが、速度は上がらない。豆粒ほど小さくなった前の騎馬は、宿場町の光のなかに飛び込んでいった。


※ ※ ※


「いや~、危なかったな!」


ジュバルはゲタゲタ笑って酒瓶を傾けた。


「嘘つけ。余裕だったろう。」


ウェザンは、ジュバルの喉へとみるみるうちに消えていく酒を眺めながら言う。ジュバルは空になった酒瓶をドンと置き、唇をペロリと舐めた。


「バレてたか。」


「バレるも何も……」


ジュバルはもう一度ゲタゲタ笑って、酒場の奥に一声かけた。すぐに酒瓶が運ばれてくる。


「まあ呑め、俺の奢りだ。」


ウェザンは瓶に口をつけ、すぐに置いた。ジュバルはその間にすでに瓶を半分空にしている。彼はウェザンの瓶に目をやると目を丸くした


「呑まねえのか?」


「酒は苦手でな……」


言い終わるか言い終わらないかの間に、ジュバルは瓶を傾けている。ウェザンは呆れたように首を振り、頭を押さえた。


「お前は何なんだ……」


また空き瓶をドンと置き、ジュバルは目を丸くした。


「あれ?言ってなかったっけ。俺はジュバルだ。」


ウェザンは眉間にシワを寄せる。


「それは聞いた。何故私を助けた?」


「面白そうだから。」


即答して、ジュバルは今度は料理を頼み始める。ウェザンは頭をかきむしった。


「だから何なんだそれは!意味が分からん!」


ジュバルは不思議そうにウェザンを見る。


「『面白そう』は『面白そう』だ。それ以上でもそれ以下でもない。」


ウェザンは目の前のとぼけた顔を睨む。


「私のどこが面白そうなんだ!ふざけてるのか!?」


「ふざけてなんかいないさ。俺は人の動きを観察するのが好きでね。あんたは観察がいがあると思った。それだけだ。」


ウェザンの眉がひくひく動く。


「だから……!」


ジュバルはため息を吐いた。


「良いか?俺は、あんたを嘲笑ってその反応を見てみようと思ったんだ。どんな反応がでるか楽しみだった。そしたらあんた、怒るでも泣くでもなく、ただその場にくずおれてボーッとして、それから地面を殴り始めた。こりゃ普通じゃねえ、死なすにゃ惜しいと思ってあんたを救ったんだ。」


「なんだ……それは……」


ウェザンは思い切り机を叩いた。


「なんだっ!それはあっ!ふざけてるのかっ!」


酒場の人間が一斉にウェザンの方を見る。


「ま、ま、ま、落ち着け落ち着け。」


「落ち着いてられるか!」


ジュバルは辺りをちらりと見回し、笑みを圧し殺した。


「目立つ訳にゃいかねえだろ?落ち着けよ。」


ウェザンは初めて辺りを見て、それから荒々しく腰を下ろした。その目は相変わらずジュバルを睨み付けている。ジュバルは辺りに目をやって、ふうと息を吐いた。


「ともかく、俺はあんたを助けたんだ。それがありゃ理由なんてどうでも良いだろ。そんなことより……」


ジュバルはニヤリと笑って身を乗り出した。


「これからどうするつもりだ?」


ウェザンの顔が暗くなる。


「そうだな……馬を調達して、ノグノラへ向かう。そして、全てを元通りにして、リバンザ様に謝り……命でも絶つか……」


ジュバルは目を丸くした。


「おいおい悲観的だな!そんなんじゃ面白くないじゃないか!」


ウェザンは暗い目で丸い目を見返す。


「もう、私に従うものなど居ない。失敗したんだ。どんな顔をして姫様に会えば良い?生きていたってしょうがないだろう……」


「一度の失敗で諦めるのか?」


「なに?」


ウェザンは驚いたようにジュバルを見る。ジュバルはにこりと笑った。


「あんたに協力してやる。」


「な……!」


ウェザンは激しく目を瞬いた。


「何だって出来るぜ?戦争も、調略も、単なる護衛でも――」


「馬鹿を言うな!」


再び大量の目線がウェザンに浴びせられる。ウェザンはちょっと会釈をすると、ジュバルに身を乗り出した。声を押し殺す。


「私はもう失敗したんだ!挽回出来ないところまでな!希望など無い!やり直しなど出来ないんだよ!」


ジュバルは笑顔を納め、真顔になった。


「でも、あんたはやり直したいんだろ?」


「は?」


「やり直したいんだろ?自分の気持ちに正直になれ……あんたは本当は何がしたいんだ?」


沈黙。二人の視線がぶつかり合う。ウェザンはごくりと唾を飲み込んだ。苦しそうに目を外し、うつむく。


「出来ることなら……やり直し……たいさ勿論……姫様を守りたい……あいつを、追い出したい……でももう無理なんだよ……」


ジュバルはにっかり笑う。


「良く言った。俺がなんとかしてやろう。」


ウェザンは驚いたように顔を上げた。


「何とかできる筈が――」


「うるせえなあ」


ジュバルは椅子にもたれる。


「俺が協力するのは決定事項だ。お前ごときがグダグダ言って変わることじゃない。ともかく俺をノグノラとやらに連れていけ。いくらこき使っても構わん――た、だ、し」


ジュバルは、笑みを浮かべた。底知れない、何か、妖気のようなモノが滲み出る。一瞬にしてウェザンの全身に鳥肌が立った。


「面白いもん、見せろよ?」


ウェザンは、頷くしか出来なかった。


「よし……」


ふっ……と不気味な気が消え去り、ジュバルは明るい笑みを浮かべた。


「ま、頑張ろうぜ――ああ来た来た。」


二人の前に料理が並べられる。


「悪いね、無理頼んじゃって――よっしゃ食うぞ~。」


ジュバルは手を擦り合わせ、舌なめずりをする。ウェザンは料理にちらりと目をやって、ぎょっとした。四本の足らしきモノが付いた得体の知れない動物がカリッカリに焼き上げられている。


「何だ……これは?」


目を上げると、ジュバルは既にソレにかぶりついて、旨そうにモグモグ口を動かしている。


「ん?土ネズミの丸焼き。なかなか旨いぞ?」


「土ネズミ……」


ウェザンは皿に目を落とし、ぶるりと体を震わせた。


「たっぷり食っとけよ?」


「え?」


ジュバルは上目遣いにニヤリと笑った。


「一週間は、食う暇なんてねえからな。」

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