疾風怒涛

第25話 勝利後

「これで最後か……。」


トゥバンはぞろぞろと谷底を抜けていく兵士達を眺めながら呟いた。もはや八つの谷のどこにも兵士はいない。残ったのは大量の武器と鎧のみ。


「勝ったんだね。」


ガンザンが呟く。トゥバンはちらりと彼を見た。拍子抜けしたような顔。


「まあ、勝ったんだろうな。」


トゥバンは視線を戻す。


「正直、こんなにあっさり勝てるとは思ってなかった。」


「僕もだ。」


ガンザンが笑う。と、


「姫様がお呼びだ。」


二人が振り向くと、ウェザンが複雑な顔をして二人を見ていた。


「ありがとう。すぐ行く。」


トゥバンが言うと、ウェザンは二人に背を向けて歩き出す。


ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザ。


「……見事だった。」


ザク、ザク、ザク……


トゥバンとガンザンは呆気にとられて顔を見合わせた。


※ ※ ※


二人がテントに入ると、肘掛けに寄りかかり、疲れた顔のリバンザが笑みを浮かべた。近くにはウェザンが控えている。


「トゥバン、良くやってくれた。勝てたのは君の策のおかげだ。」


「いやあそんな……」


トゥバンは頭に手をやり、照れたように笑った。


「リバンザが敵を見ててくれたからだよ。」


リバンザはフッ……と笑った。身を起こす。


「さて、我々は十万以上の大軍を武装解除して追い返した訳だ。今、帝国各地の防備は相当手薄になっている。」


「攻め込むつもり?」


ガンザンが首をかしげる。リバンザはうなずいた。


「今、各地に伝令を飛ばし、軍を召集している。うまくいけば一週間ほどで集結できるだろう。」


ふむふむと二人は首を振る。


「北方軍、東方軍、南方軍の三軍に分け、進撃するつもりだ。トゥバン、君には南方軍の大司馬を任せたい。」


「う――え!?」


トゥバンが目を丸くする。ウェザンの顔が真っ赤になった。


「姫様!」


リバンザはアワアワしている二人からウェザンに目を移す。


「何がいけない?大役は実力があるものに任せるのが普通だろう?」


「それはそうですが二人は……」


ウェザンは二人をちらりと見て口ごもる。


「良いよウェザン。俺達みたいなぽっと出がやると不和が生まれるって言いたいんだろ?」


ウェザンはぎこちなくうなずいた。


「まあ、そういうようなことです……。」


リバンザはため息をついてウェザンを見上げた。


「ウェザンはいつもいつも――」


「大丈夫!大丈夫だよリバンザ。実際トゥバンの言う通りだよ。」


ガンザンが慌てたように手を振る。トゥバンもこくこくとうなずいた。リバンザは眉をひそめる。


「……ならワンロンを南方軍の総大将とし、二人を大隊長にしよう。それで良いな?」


「しかし――」


「ウェザン、どうしても心配なら南方軍についていけば良い。それなら思う存分三人を見張れる。それで良いな?」


ウェザンはしぶしぶうなずいた。


「ま、まあそういうことでしたら……。」


「よし、決まりだ。」


リバンザは満足気な顔をして椅子に寄りかかった。


「しっかり頼むぞ。」


二人はこくりとうなずいた。


――――――――――――――――――――


十日後である。


「なんでこんなことに……」


ガンザンが呆然と言う。


「これは本当にまずいぞ。」


トゥバンがガシガシと頭を掻く。


「何とか……なりますよ……多分。」


ワンロンが不安気にあたりを見回す。茶色い大地に写るのは三人と三頭の影だけ。ガンザンの背中に刺さった旗がバタバタとはためく。ヒュオオと寂しい風の音。とどのつまり、三人は完全無欠にはぐれていた。


「あの霧のせいか?」


トゥバンが忌々しげに後ろを見た。つい十分前まで立ち込めていた霧はもう影も形も無い。ガンザンが首をかしげる。


「ハメられたのかな?」


「……そうだろうな。」


トゥバンは顔を戻して目を細めた。


「で、あれどうする?」


五里ほど先、岩山から伸びる崖の先で、灰色の砦が黒い街道を見下ろしている。元々南方軍が攻める予定だった砦だ。東の太陽に照らされて長い影を伸ばしている。ワンロンも目を細める。


「……まあ三人ではどうしようも無いでしょう。何とかして軍と合流しなければ。」


「でも、もしあの霧が罠だとしたら、軍の存在が既にあの砦に知れてる可能性が高いんじゃないかな。だったら、軍と合流しようとしてる間に相手に防備を整えられちゃうんじゃ……」


「ですが、三人ではどうにもできませんぞ。いくらこの作戦は速さが命といえども、三人で突っ込んでは犬死にするだけです。砦と関所では訳が違いますぞ。」


「でも――」


「まあまあまあ、落ち着け、落ち着け。」


トゥバンが二人の間に割って入った。二人を見やり、にやりと笑う。


「良いこと思い付いた。」


二人とも訝しげな顔をした。


「良いことと言うのは……?」


ワンロンの問いに、トゥバンはニコニコして遠くの砦を指差した。


「あれを三人で落とす。」


「は?」


ワンロンが眉をひそめる。


「トゥバン殿までそのような――」


「まあまあ、聞くだけ聞いてくれ。」


トゥバンはワンロンとガンザンに手招きする。二人が寄ってくると、笑顔で口を開いた。


※ ※ ※


「どうだ?」


「まあいけそうな気もしないでもないですが……」


ワンロンの額のシワは未だ解けない。対称的に、ガンザンはやる気に満ちた顔でうなずいた。


「やろう。僕はトゥバンの言うことだったら信じるよ。」


トゥバンはにこりと笑った。


「じゃあ決まりで良いか?」


ワンロンが腕組みをする。


「しかし……私は――」


「この作戦が良いと思う人!」


二本の腕が挙がった。トゥバンはワンロンに笑顔を向ける。ワンロンはため息をついて頭を振った。


「仕方ありませんな……やりましょう。」


「よし!決まりだ。」


三人は馬に乗り、砦の南へと駆けていった。

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