第23話 邂逅

 クドは、昇る太陽を睨みながらイライラと、組んでいる片腕を指で叩いていた。右隣ではユーハが凄いいびきをかいて寝入っている。左隣ではイェンが、こっくりこっくり船を漕いでは我に返るのを繰り返している。


「くそっ!」


 クドはガシャンと音を立てて立ち上がった。ユーハがフゴッと豚のような音を立て、イェンがビクッと震えて何かもごもごと口走った。


「何故敵が来ない!」


 クドは崖の上を睨み付けた。


「さあく戦が……ふぁ……バレたのでは?」


 イェンがのんびりと言う。クドはそれをキッと睨んだ。


「やかましい!そんなことがあるわけないだろう!もっと考えてからものを言え!」


 イェンがびっくりした顔でクドを見る。


「ええいそんな間抜け面をするな!もっとシャンとしろ!」


「ま、ま、ま。落ち着きなされや。怒ったって何にもなりゃあせんだで。」


 クドはユーハに目を向けた。


「……それもそうだな。」


 またガシャンと音を立ててあぐらをかき、腕を組んで目を閉じた。イェンがおそるおそるといった様子でクドに寄る。


「主公、何か食べた方が良いのでは?」


 クドが片目を開けてイェンを見る。


「何故だ?」


「いや、その、空腹だからイライラなさっているのかと……。」


 イェンの声が尻すぼみになる。


「そう思うか。」


「はあ……。」


 突然、クドの喉の奥からクックックと笑い声が漏れた。顔がプルプル震える。イェンは心配そうな顔をする。


「主公、大丈夫で――」


「心配ない。敵を欺くための策だ。」


 クドが小さく言った。


「は。そうでございましたか……。」


 イェンが顔を緩めかける。


「待て。見られているかも知れない。顔は崩すな。」


 イェンは慌てて顔を引き締めた。クドはそれを見て小さくうなずき、再び目を閉じた。


「では。」


 イェンがクドから離れる。横目で見ていたユーハが、むくりと起き上がった。


「もう朝だで!起きろ!」


 ちょっとイラついた感じの大声をあげる。兵士達がモゾモゾと起き上がった。


「早く起きろ!敵が来るかも分からんだで!」


 良いながらユーハがクドに目を向ける。クドは片目を開けて、うっすら笑った。



 同刻、くすんだ目をしたリバンザがトゥバンに向き直った。


「敵は策を練っているようだ。気を付けて行け。」


「ああ。」


 トゥバンは心配そうにリバンザを見つめた。


「大丈夫か?」


 リバンザは無理な笑みを浮かべて見せる。


「私は大丈夫――コホッ。」


 リバンザが口を押さえる。口から離した手のひらを、数秒見つめた。


「大――」


「大丈夫だ。行ってこい。」


 リバンザは再び笑みを浮かべる。トゥバンは何も言えなくなってうつむいた。


「じゃあ、行ってくる。」


 リバンザを見ないままくるりと回り、テントを出ていく。外ではガンザンが待っていた。


「リバンザは?」


「敵は何か策を練ってるから気を付けて行け。って。」


 ガンザンはふうんとうなずいて歩き出した。クドがいる谷底までは約十里。斜面を下り森を抜け、小さな洞穴を通って藪を抜けるとそこに出る。ガンザンは背負ってきた大きな荷物を洞穴の中に置いた。トゥバンは藪から顔を出すと、干し肉をかじっている兵士達が見えた。その真ん中で、クドが腕を組み、目を閉じている。岩のように微動だにしない。その隣の日焼けした男とは大違いだ。


「どうだ?」


「特に気になるところは無い。……やるか。」


 トゥバンは藪から体を引き抜き、崖の縁に立ち上がった。数人の兵士が彼に気づき、指を指す。トゥバンは大きく息を吸う。


「降伏の勧告に来た!」


 こだまが響く。兵士達がどよめく。クドはうっすら目を開けた。ユーハがピタリと動きを止めた。


「貴殿らの補給は断たれている!このままならば貴殿らは二日で食糧を食い尽くし、一週間もすれば乾き死ぬだろう!そうなる前に武装解除し、我々の指示に従えば、命まではとらない!」


 どよめきがさらに大きくなる。一人の兵士が叫んだ。


「じゃ、じゃあ今すぐ投降したい!」


「バカ野郎!お前はほんとに兵士かよ!」


 谷底は喧騒の渦に呑み込まれた。トゥバンはそれをじっと見つめ、微かに口角を上げる。


「それは出来ない!」


 静まり返った。


「なんでだよ!」


 何故だ何故だの大合唱。


「数人が先に解放されるのは不公平だ!全員の意志が一致するまで、誰一人として投降を認めないっ!」


 クドがカッと目を開いて崖の上のトゥバンを見た。


「あいつっ……!」


 ギリリと歯ぎしりする。周囲ではまた大騒ぎが起こっている。ほとんどがユーハの兵士だ。ユーハの怒鳴り声も役に立たない。と、ひょうっと音がして、クドは首もとに風を感じた。


「指示はそこに書いてある!好きな時に開け!」


 クドが見ると、矢文が地面に転がっていた。トゥバンは息を継ぐ。


「そう簡単には決まらないだろうから、三日間猶予をやろう!以降はどんな要望も聞かない!では、意志が一つにまとまることを祈っている!」


 トゥバンはくるりと谷底に背を向けた。


「待て!」


 雷のような大音声。あたりが一瞬にして静かになった。トゥバンが足を止める。クドがゆっくり立ち上がる。


「一月ほど前、関所に狼をけしかけた覚えはあるか?」


 トゥバンがピクリと動いた。ゆっくりとクドの方に振り返る。

「……大いにあるが、それがどうした?」


「やはり、な。」


 クドは小さく呟いた。キッとトゥバンの夜のような目を睨む。


「名を名乗れ。。」


 トゥバンは一瞬意味が分からないといった顔をし、それから薄く笑った。


「トゥバン。トゥバン・トンクルだ。次はそっちが名乗れ。。」


 クドも口角を上げる。


「クド・ラクガルだ。」


 一瞬、空気がピシリと凍った。冷たく鋭い火花が散る。そして、クドとトゥバンはほとんど同時に背を向けた。クドは地面にあぐらをかき、トゥバンは藪の中に消えていく。


「……イェン。私は生涯の敵と生涯の友に同時に会った気分だ。」


「は?」


 イェンが眉をひそめる。クドはククッと笑った。


「ま、分からないだろうさ。」



 トゥバンが藪を抜けて洞穴に出ると、ガンザンが顔をあげた。


「どうだった?」


「面白くなりそうだ。」


 トゥバンは小さく笑った。


「……ふうん。」


 ガンザンは首をかしげて目を閉じた。賢老月一日のことであった。

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