第19話 会議
リバンザがウタに支えられながら居間に入ってきた。円卓を囲む人々が一斉に彼女を見る。彼女はゆっくり円卓を回ると、窓の前の椅子にふらりと座った。
「さて、始めようか。」
疲れきった声。ベマがゆらりと立ち上がる。
「情報班からの報告。一週間前にシャーハンドゥに送った情報班員から鳥便を受けた。それによると、白仙軍征伐軍は少なくとも十万。下手したら十二万にもなる。」
「もっと正確な数は出せないもんかね。」
ウェザンがイライラした声で言う。
「これは食糧消費からの概算だから、そんなに正確な数は出せないんだあ。一人一人数える訳にもいかないし、相手の軍編成も分かんないから。」
ウェザンが忌々しげに舌打ちした。これだから新入りは……だの何やらぶつぶつ呟く。ベマはちょっと首をかしげて報告にもどる。
「できるだけ進軍を妨害するようにと指示しておいたけど、そんなに日を稼げないと思う。せいぜい一日、うまくいったら二日くらいなもんだなあ。」
「いや、一日だけでもかなり大きい。ありがとう。座ってくれ。」
リバンザは震える手で茶を飲んだ。
「次……」
顔に大きな傷がある筋肉隆々の男が立ち上がる。
「では、将軍ラドゥから報告させていただきます。現在白仙軍本軍の戦力は約三千五百。緑軍、火華軍、西庄軍に協力をあおいでおりますが、少々てこずっておりまして……正直なところ援軍は来ないものと思われます。」
部屋がざわりとざわめいた。
「三千五百……か。」
リバンザは茶をすする。
「トゥバン、弓兵の訓練は進んでいるか?」
「う――はい。かなり良くなってきてます。」
「そうか……よし。」
リバンザが姿勢を正した。ちょっと息を吸う。
「作戦を立てよう。」
パチンと指が鳴り、円卓に地図が浮かび上がった。ノグノラを中心とした地図だ。リバンザが地図に手をかざす。
「敵は
ノグノラの西、一本の広い谷が明滅し、拡大される。赤い丸がいくつも現れ、縦に連なった。
「谷を通るならこのように軍勢は縦に長くならざるを得ない。そして緑谷は森に被われている。そこで――」
小さな青い丸がたくさん現れる。
「このように兵を伏せておき、各地から散発的に矢を射かける。こうすれば敵はどこに敵がいるか分からず、緊張感を持って慎重に進まざるを得ない。そして夜。」
明かりが消えた。赤い丸が光る。青い丸がまとまって、いくつか大きな丸ができた。
「各所に夜襲をかける。そこまで必死にならなくていい。攻撃しては退き、攻撃しては退きを繰り返す。釣られてきた兵は適当にいなしておく。」
青い丸が各地で赤い丸にぶつかっては跳ね返った。
「夜襲部隊と突っつき部隊はくるくる入れ替え、こちらが疲れないようにする。これを三日続け、その次の日は襲撃を止める。代わりに間者を数人投降させ、将軍が死んだだの適当なことを言わせる。そして敵がぐっすり眠っているところを襲撃する。」
赤い丸がバラバラになって方々に散っていった。明かりが戻る。
「どうだ?」
「素晴らしい作戦だと思います。」
ウェザンがにこにこして言った。ラドゥも大きくうなずく。ガンザンもワンロンも釣られたようにうなずいた。
「よし、じゃあこの作戦で――」
「待った。」
目線がトゥバンに集中した。トゥバンが眉にシワを寄せて円卓を見つめている。
「なんだお前姫様に向かって――」
「ウェザン、静かに。どうした?」
リバンザの問いにトゥバンは顔をあげた。二人の目が合う。
「もっと良いことを思い付い――きました。」
ウェザンの顔が真っ赤になった。
「もっと良い案がある?でしゃばるなこの――」
「静かに。」
ウェザンが黙った。リバンザがため息をつく。
「聞こう。」
トゥバンが円卓に身を乗り出した。
「寡勢で大軍に勝つ方法は夜襲、奇襲、を始め色々あるりますが、結局一番良い方法は『戦わずして勝つ』ことです。それができれば先に繋がる。そこで、だ。――」
トゥバンの口が動くにつれてリバンザの顔に驚嘆と納得の色が浮かんでいく。
「――どうかな?」
トゥバンが口を閉じてリバンザと目を合わせた。リバンザは大きくうなずいた。
「それでいこう。異存は無いな?」
円卓の面々が次々にうなずく。最後にウェザンが小さくうなずいた。
「凄いな、小僧。いったいどこで戦術を身に付けた?」
ラドゥが唸る。
「族長が古い戦術の本を持ってて、暇なときに読んでたんだ。」
トゥバンは恥ずかしげに笑った。リバンザが椅子の背に寄りかかる。
「では、各自この作戦に向けて準備を進めるように。これで会議を終わる。解散。」
「はいはい早く帰ってください。姫様は疲れてます。」
ウタに追い立てられ、みんな居間から出ていった。
「ウェザン、あなたも早くお帰りなさい。いつまで居座って――」
「姫様。」
強い声だった。ウタが黙る。リバンザがわずかに身を起こした。
「なに?」
細い声。ウェザンが身を乗り出す。
「姫様、得体の知れない者の意見を聞くのはお止めください。もっと信頼できるものを――」
「得体の知れない?誰のこと?」
ウェザンはちょっと言葉に詰まった。
「……姫様がここ一、二年で雇った者達です。」
「私は信頼して問題ないと判断した者だけを仲間にしてる。私の『目』がポンコツだとでも言いたいの?」
「あ、いや、そういう訳では……」
ウェザンの声が尻すぼみになる。ウェザンはコホンと咳払いした。
「と、ともかく、新参者を重用するのはお控えください! 彼らがどんな本性を持っているのか分かったもんじゃありません。姫様のために言っているのです。我々古参は不安でならないのです。」
ウェザンはリバンザとじっと目を合わせた。沈黙。
「……考えてみる。」
ウェザンはほっとしたような顔をして頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「ただ――」
ウェザンがパッと顔をあげた。リバンザの目に強い何かが宿った。
「距離を置くにしろ、新参を使うのは止めない。」
ウェザンが憤然として立ち上がった。ガタンと椅子が倒れる。ウェザンがリバンザをきっと睨んだ。リバンザは臆することなくウェザンを見据える。
「……そのうちお父上の二の舞になりますぞ。」
「私は父上とは違う。」
冷たい鋭い声だった。ウェザンはくるりと背を向け、居間から出ていく。バタンと扉が閉まる音。ウタがおどおどとリバンザの肩に手を置く。
「さ、いきましょう。」
「ねえウタ。」
ウタがびくりとした。
「は、はいなんでございましょう?」
「ウタは、どんな時でも私の味方になってくれる?」
ウタがびっくりした目でリバンザを見下ろし、それから、すっ、と優しげな顔になった。
「もちろんですよ。私はこの命果てるまで姫様に尽くします。」
「そう。良かった……」
ちょっと泣きそうな声だった。
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