第18話 寝室

 リバンザはゆっくりと目を開けた。その目に映るは自分の家の天井。


「起きられましたか。」


 ぼんやり横を向くと、ユラ・ウタの柔らかな笑顔があった。一流の医師だからかは知らないが、真っ白い髪に囲まれた丸い顔はつやつやしていて、全く年齢を感じさせない。リバンザは体を起こそうとした。


「ッツ!」


 顔を歪め、パッと頭を押さえる。包帯の感触。ウタが優しくベッドに押し戻す。


「ご無理をなさらないでください。姫様は四日も寝込んでいらしたのですよ?」


「四日……か。」


「お体に無理が来ている証拠です。ただでさえお体が弱いのに無茶ばかりするからですよ全く……無理はしないと約束されたからここを離れましたのに。」


「ごめん。」


 ウタはちょっとびっくりした顔をした。


「頭を打って変になりましたか?珍しく素直だこと。」


 リバンザは苦笑して天井を見上げた。


「遠征はどうだった?」


「ウェザンの手紙の通り、七回戦って七回とも勝ちました。ラドゥはもう大はしゃぎですよ。いい年して。」


 ウタは全くあの男はとかなんとかぶつぶつ呟いた。リバンザは薄い微笑を浮かべる。


 コンコンコン


 ウタが廊下の方に振り向いた。


 あのー、リバンザの様子は。


 くぐもった声が聞こえてくる。ウタが全くもう、と呟いて廊下に出て行った。


「お目覚めになりました。」


 少し嬉しそうな声だった。


 え?じゃあ


「ダメですよ。病人に無理をさせるもんじゃありません。だいたいあなたは何ですか。何度も何度も……男がひょこひょこ女の家にくるんじゃありません。敬語だってなってないし……」


 洪水のようにつづく小言に、扉の向こうにいる人はへどもどしている。リバンザは笑って枕もとの鈴を鳴らした。小言が止み、パタパタ足音がしてウタが寝室に顔を出す。


「いいよ、ウタ。入れてやって。」


 ウタがしかめっ面をして何か言いかけた。


「人と話した方が気がまぎれるから。」


 リバンザが言うと、ウタは渋々姿を消した。扉の開く音。


「え?良いのか?」


「『良いんですか』です。姫様が良いっておっしゃるんですから仕方ありません。」


 パタパタスタスタトストス


 しかめっ面のウタに連れられて、トゥバンとガンザンが現れた。リバンザは二人に軽く微笑んだ。トゥバンの顔が驚き安堵笑み心配へと移り変わる。ウタが寝台脇の椅子に座った。


「姫様が疲れてらっしゃるように見えたらすぐ帰ってもらいますからね。」


 トゥバンにリバンザが微笑みかける。


「良く来たな。いったいどうしたんだ?」


「リバンザ……様、に、お話したきこと、がありまし申して……えー。」


 ガンザンが口を開けたまま目を泳がせる。リバンザがふふっと笑った。


「普段通りの話し方で大丈夫だ。面倒くさいだろう?」


「あ、うん。それじゃあ。」


 トゥバンは恥ずかしそうに笑うと、咳払いを一つした。


「話っていうのは、俺の首飾りの事なんだ。」


「ほう?」


 ガンザンが目配せをすると、トゥバンが首飾りを外し、手に乗せる。一見おもちゃのようなそれが、チャラリと音を立てた。リバンザが目を細める。


「その首飾り……誰から?」


 トゥバンが顔をあげる。


「トンクルのおばばからだ。肌身離さず持っておけと。」


 リバンザが何か言いかけて口を閉じる。


「ふむ。で?」


「それで、五日前にあのー、が爆発しただろ?」


 リバンザがうなずいた。


「その時、この首飾りが真っ赤に光って燃えるように熱くなった。それからが爆発したように見えたんだ。リバンザも見てただろ?」


「いや、おそらくその時は気絶していた。」


 微妙な空気が流れる。トゥバンが一瞬目を伏せてまた口を開いた。


「あと、を追い詰めたとき、が俺に触れたらまたこれが光って、は灰の山になったんだ。そんなの、普通ありえないだろ?それで、リバンザに聞くしかないってなって。」


「なるほどな。」


 リバンザは天井を向いた。トゥバンはリバンザの横顔を見つめる。沈黙、沈黙、沈黙。リバンザが顔を戻す。


「おそらく、その首飾りは”炎鳳”を封じている。」


 トゥバンを睨みつけていたウタが目を見開いてバッとリバンザを見た。ぽかんと口を開けている。睨まれていた方はきょとんとした顔だ。


「えんほう?って何だ?」


 リバンザは目を閉じ、息を吸った。


「炎の鳥、赤き大鳥、炎の源泉、太陽の主、帝王鳥、東方大護神……などとも呼ばれる。全ての敵を焼き払う最強の矛。」


 リバンザは目を開ける。


「要するに、この帝国の皇帝が代々継承してきた力、すなわち皇帝の証だ。その力を身に宿すものだけが、帝国の統治権を持つ。」


「え?」


 トゥバンは首飾りを一瞬凝視し、それからリバンザに目を戻してもう一度首飾りに目を落とした。


「私はてっきりトゥバンが継承していたのだと思ったが……。まさか首飾りとはな。どうやったのかは分からないが、相当な腕だなそのおばばとやらは。」


「へえ……」


 トゥバンは首飾りから目をあげた。


「これがあれば、ウォー・リャンを倒すことが出来るんじゃないのか?」


 リバンザは笑みを浮かべた。


「ああ。もしその力の存在が世の中に知れれば、ただでさえガタガタなウォー政権は跡形もなく崩れ去るだろう。ウォーは殺されるか追放されるか……ただ。」


「ただ?」


「今はまだその力を知らしめる時ではない。」


 トゥバンは首を傾げた。


「なぜ?」


「この国はまがりなりにもウォーがいるお陰で形を保っている。もし我々がウォーを玉座から蹴落としたとして、その先にこの国を預かる存在がいない。民は我々が統治するのでは納得しないだろう。諸外国だって虎視眈々と領土を狙っている。」


「そうか……」


 トゥバンは顎に手を当てた。


「じゃあ、あとは中身に合う器を探すだけだってことか。」


「そういうことだ。」


 一瞬の沈黙。


「あ、そうだ。」


 トゥバンが真剣な顔をする。


「もう一つ話したいことがある。いいか?」


 ウタが身を乗り出して口を開こうとした。


「ああ」


 一足早くリバンザが答える。ウタは目をぐるりとさせて体を戻した。


「あいつが死ぬ間際に言ってたんだが、白仙軍討伐軍が闘武月の二十日にしゃーはんどぅ?に集まるらしい。」


 ウタがガタンと椅子を揺らした。リバンザの眉にしわが寄る。


「信用できるのか?」


「かなり必死に言ってたから、信用できると思う。」


「ほう……。それはまずいな。」


 リバンザは天井を向く。


「本格的な討伐軍となると、とても跳ね返せない。」


「なんで?白仙軍は十二万からなるって聞いたけど。」


「誰の話だ?」


「……ラドゥ?って人から自慢された。」


 リバンザはため息をついた。


「全軍では、だ。白仙軍は、各地にあるいくつかの反乱軍をまとめた連合軍に過ぎない。本軍自体は四千人程度だ。全軍集結には三か月はかかる。」


 トゥバンの額を汗が伝った。


「闘武月の二十日って……」


「一週間後だな。ここに到着するまでさらに一週間ほどか。」


 ウタがひっと息をのんだ。トゥバンが床に手を着いた。リバンザがほう……と息を吐く。


「正念場だな。ウタ、ワンロンとラドゥを呼んでくれ。」


「え?でもお体が――」


「負けたら体の心配もできなくなる。」


 ウタはごくりと唾を飲み込んだ。


「勝つぞ。」


 リバンザの目が決意で光った。

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