第15話 少年
二人は無言で廊下を進み、壊れたドアをまたいで自分達の部屋へと帰りついた。二人とも無言で弓矢を置き、椅子に座る。ガンザンが口を開く。
「ワンロンってどこにいるんだ?」
「さあ?」
トゥバンが首をかしげた。
「青髭に聞けば知ってるんじゃないか?あいつがどこにいるかも分かんないけど。」
ガンザンは頭を抱えて深いため息を吐いた。
「誰か知ってそうな人は……」
「あっ!」
トゥバンが叫ぶ、ガンザンがそっちを見た。
「あの、門衛の金銀二人組なら知ってるかもしれない。」
「それだ!」
ガンザンは素早く立ち上がって、足早に部屋を出ていった。トゥバンもあとを追う。二人が石の扉を開けて外に出ると、金銀の輝きが二人の目を射た。トゥバンは眩しそうに目を細める。金銀のユグラス兄弟が笑い合いながら歩いてくる。ガンザンは小走りでそっちに向かった。
「ファイリア、アリイファ、ワンロンがどこにいるか知ってる?青髭でも良い。」
ユグラス兄弟は笑いやめて顔を見合わせた。
「……ワンロンの居場所は分からないが、青髭の居場所なら分かる。」
ファイリアが小さな声で言った。今度はアリイファが口を開く。
「青髭なら、『憩いの家ども』に入って右の廊下の突き当たりの部屋にいつもいるはずですよ。それにしても『憩いの家ども』ってどういう名前なんですかね。ちょっと良く分からないですよねその名付けのセンスが――――」
ベラベラと喋り続けるアリイファを置いて、ガンザンは『憩いの家ども』に早足で戻った。石の扉の前でトゥバンが待っている。
「どうだった?」
「青髭は入って右、突き当たりの部屋にいるって。」
トゥバンはうなずいて扉のなかに滑り込んだ。二人は右の廊下を駆け抜ける。と、大きなかわいいウサギの絵がいっぱいに描かれた扉が見えた。トゥバンは気圧されたように足を緩める。
「本当にあれか……?」
「多分……うん。多分そう。」
ガンザンの顔も若干ひきつっている。ガンザンはコンコンと扉を叩いた。中から声が返ってくる。くぐもってはいるが、確かに青髭の声だ。トントントンと足音がやって来て、ガチャリと扉が開いた。だぼだぼのねまきを着た青髭がひょっこり出てくる。
「おお、ツビンとガンチャンじゃねえの。なんか用か?」
「う、うん。ちょっと大事な話があって……」
ガンザンは扉の隙間から見えるピンクの室内に心を乱されながらも、先ほど起こったことを説明した。青髭の顔がだんだん神妙になっていく。
「つまり、昨日会った少年が変な化けモンになってガンチャンを襲ったと。」
「そう、そういうことだ。」
青髭はう~んと唸ってひとりごちた。
「どうも、『階段下の怪物』とも違うみてえだな。」
「え?」
青髭はパンと両手を打ち合わせた。
「よっしゃお頭のとこに行こう!ちょっとここで待っててくれや。」
こりゃとんでもねえぞと呟きながら青髭は扉のなかに引っ込んだ。
しばらく経って、青髭はちゃんとした状態で出てきた。革の鎧を着て、手斧を持っている。
「よっしゃ行こうか。」
青髭はニカッと笑うと先頭に立って廊下を進み始めた。
「よお青髭。調子はどうだい。」
広間に入ると気だるげな声が投げ掛けられた。ボサボサの長髪の人物が、気だるげに円卓に肘をつき、リンゴをかじっている。目はあっちこっちに飛び跳ねている前髪に隠れて、表情は読み取れない。青髭はそっちを向いて手を振った。
「よおベマ。俺あ絶好調よ!」
「お?」
ベマが青髭の後ろの二人に顔を向ける。
「そいつらが新入りかあ。なかなか良いやつっぽいじゃんよ。よろしくなあ。」
ベマはゆらゆらとリンゴを持った手を振る。
「悪いが、今あ挨拶してる暇はねえんだ。ちょうど良かった、ベマ、お前さんちょっと俺の代わりに管理人やってくんねえか。」
「はあ?」
青髭はごそごそと鍵束を取り出した。
「俺が帰ってくるまでで良いからよ!頼んだ!」
青髭は鍵束を放り投げる。ベマは慌てて鍵束を受け取った。
「おおい、ちょっとお!」
青髭は叫び声を無視してさっさと石の扉から出ていった。トゥバンもそれを追う。ガンザンは扉を潜る前にちょっと立ち止まると、ベマにペコリとお辞儀して外に出ていった。
三人は扉を出て左に曲がり、盆地の縁をぐるりとめぐって白い峰に向かった。途中でワンワンと吠え声が近づいてくる。昨日、いつの間にかどこかに消えていた子狼が合流する。青髭が子狼を見てびくりと体を震わせた。
「どこ行ってたんだ?」
ガンザンが聞いても尻尾を振るだけで、何も答えようとしない。三人と一匹は白い峰の正面にたどり着いた。門の姿は無い。目が痛くなりそうなほど真っ白い岩壁だけがそこにある。青髭がコンコンと岩壁を叩いて口を開く。
「お頭、大事な話があります。」
叩かれたところが一瞬七色に輝き、白に戻る。そこにじんわりと黒い文字が滲み出てきた。
今いく。少し待て。
三人が読み終わるとほぼ同時に、文字は薄れて消えてしまった。子狼が座り込む。ガンザンは子狼に目をやって、軽く撫でてやった。子狼が目を細め、クゥンと鳴いた。と、
ギイィ……
音を立てて白い壁に亀裂が入った。亀裂の縁が七色に輝き、その輝きの下から茶色い門が現れていく。ほんの数秒のうちに屋形つきの巨大な門が姿を現した。門の隙間から白いマントを着た長身の人物が滑り出てくる。リバンザだ。
「青髭、『お頭』はやめてくれと言っているだろう。」
青髭はえへへと頭を掻いた。リバンザは三人と一匹を順繰りに見やる。
「大事な話とは?」
青髭は真顔になった。ガンザンとトゥバンをリバンザの前にぐいぐいと押し出す。
「この二人が説明してくれます。」
ガンザンは手早く自分になにがあったかを説明した。リバンザはふむ……とうなずいた。
「なるほど、分かった。……君たちは、その『少年』とやらがいつまで一緒にいたか覚えているか?」
ガンザンが宙を見て考える。
「ええと……確かノグノラに入る直前くらいまではいたと思う。」
リバンザはトゥバンの方を向いた。
「トゥバンは?」
トゥバンは眉にシワを寄せて首を捻った。沈黙が流れる。
「……思い出せない。というか、その『少年』が誰なのかが全く分からない。」
ガンザンは目を見開いてトゥバンを見た。
「それらしき存在に会った覚えもなければ見た覚えもないか?」
リバンザが問うと、トゥバンはうなずいた。リバンザの口が三日月のようにつり上がる。
「思った通りだ……。」
「え?」
トゥバンが首をかしげる。リバンザは素早く手をあげるとトゥバンの額に触れ、なにやら一言唱えた。リバンザの指が白く光り、トゥバンがぶるりと震えてちょっとよろける。その顔は驚愕の色に染まっていた。
「思い出したか?」
リバンザが手を下ろして問う。トゥバンは頭を抱えた。
「思い出した……。あの子は十才とか言ってて……手当てしてやったんだ……なんで……なんで忘れてた?」
「『少年』は自分に関わる記憶を消し去るような術を使ったのだろう。おそらく、『外門』を通る直前で。だが、内門の結界によってその術は完全には発動せず、君たちの頭のなかに記憶の残滓が残った……。」
「だから思い出せたのか……。」
トゥバンは納得顔でうなずいた。
「ワンロンに至っては、少年と話した記憶が残っていた。……彼は、私と別れてしばらく経ったあと、『少年』が見当たらないと駆け込んできたよ。」
「そうだったのか……。」
ガンザンは昨日の夜、ワンロンがどこかに行ってしまったのを思い出した。
「でも、なんだって『少年』はそんなことを?」
トゥバンが尋ねる。フフン……と白いフードの下から笑いが漏れた。
「主の命だろう。」
「主?」
「心当たりはいくつかあるが、今回は炎京の詐欺師だろう。」
トゥバンとガンザンは目を見張った。青髭がバッと身を乗り出す。
「お、お頭、そりゃまあ……え?」
リバンザは悠然とうなずく。
「『少年』はかなり前――下手をすれば旅立った直後からトゥバンたちを尾行していたはずだ。絶対にここにたどり着いてやろうという執念……私の『目』のことを知らず、結界のことも知らない……まず間違いない。……それにしても階段下か……『見えない』のも無理はないな。」
リバンザはひとりごちて青髭に顔を向ける。
「このままだと面倒なことになる。ベマとワンロンを呼んでくれ。一刻後、階段下に討伐に向かう。」
青髭はたじろいだ。
「階段下……ですかあ。」
「ここの主が入って良いと言っているんだ。時間がない。早くしてくれ。」
リバンザはぴしりと言い放つ。青髭は慌ててうなずくと、「憩いの家ども」に走っていった。リバンザはその場に残った二人と一匹に顔を向ける。
「人手が足りない。君たちも討伐に手を貸してほしい。良いか?」
二人がうなずくより先に、子狼が大きくワンと吠えた。リバンザの口角が上がる。
「なら、半刻後に『憩いの家ども』の広間に集まってくれ。できるだけ重装備で、な。」
そう言ってリバンザは二人に背を向け、門の隙間に消えていった。鈍い音を立てて門が閉まり、再び真っ白な壁に戻る。トゥバンとガンザンは顔を見合わせると、「憩いの家ども」に歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます