白峰変乱
第13話 青髭
千段の階段を降り、門から出ると、コロコロと太った小男がカンテラを持って立っていた。地面に着きそうなほど長い髭はカンテラの光につやつやと輝いている。
「久しぶりだなあワンロン!会えなくて寂しかったよ!」
彼は満面の笑みを浮かべてワンロンに飛びついた。ワンロンは笑って小男の抱擁を受け止める。
「久しぶりだな、青髭。元気にしてたか」
「そりゃこっちのセリフさ!なんか変なもの食ったりとか無かったか?」
ワンロンはちらりとガンザンを見た。
「……あったな。私じゃないが。」
青髭はワンロンの腰から飛び降りると、トゥバンとガンザンに目を向けた。
「おやまあ新入りかい?これまた活きの良さそうなのが来たもんだ!」
「紹介しよう。トゥバンとガンザンだ。」
「ほおほお、ツビンとガンチャンね。」
「いやトゥバ――」
「俺あ青髭ってんだ!よろしく!」
ワンロンは諦めたように頭を振った。トゥバンとガンザンは、青髭がにこにこと抱きしめてくるのをぎこちなく受け止める。それを眺めていたワンロンが、はたと手を打った。
「青髭、あとを頼んでも良いか?」
青髭は振り向いてニカッと笑った。
「いいぞ。けどいったい何で。」
「ちょっと……用を思い出した。」
ワンロンはそう言って、足早に町の方に歩いていった。それを見送って青髭が二人に振り返る。
「じゃ、行こうか!」
青髭は鼻歌を歌いながら、闇の中へ飛び跳ねていく。二人は青髭を追った。青髭の進む速度はかなり速い。二人はだんだん小走りになってゆらゆら揺れるカンテラの光を追いかける。ピタリと青髭が立ち止まった。カンテラの光に大きな石の扉が浮かび上がる。扉の上の方に何かが彫られている。
「憩いの家ども」
青髭は精一杯背伸びして取っ手に手をかけると、ゆっくりと扉を開いた。暖かい光が三人を包む。広い円形の部屋が、ろうそくの光に照らされていた。青髭は部屋の真ん中にある大きな円卓にカンテラを置いた。ガンザンが石の扉を閉める。部屋の左右にはろうそくに照らされた長い廊下が口を開けている。青髭が左の廊下を手で示した。
「あっちに食堂とか風呂とかある。で、こっちが住むところだ。」
青髭は右の廊下に飛び跳ねていく。廊下の両脇には色も大きさもまちまちなたくさんの扉があって、味気ない灰色の岩壁を華やかに飾っていた。青髭は特に特徴がない茶色い扉の前で立ち止まった。体のあっちこっちを探り回し、髭の中から鍵束を取り出した。茶色い鍵を外し、鍵穴に差し込むとカチリと音がした。青髭は満足げにうなってトゥバンに鍵を渡すと扉を大きく開いた。
「ここがお前さんがたの住むところだ。」
部屋のなかには二段ベッドと円卓が一つ、それに椅子が二脚置いてあり、壁には鏡がかかっている。隅の木箱の上に二人の荷物が置かれていた。トゥバンは部屋に入って微笑んだ。
「ありがとう。気に入った。」
ガンザンもうんうんとうなずく。青髭はニカッと笑った。
「そりゃあ良かった。飲み食いするもんは食堂にある。好きなだけ食えば良い。今は人が全然居ねえからな。俺あここの管理人だから、聞きたいことがあったら何でも聞くと良い。」
「分かった。ありがとう。」
「良いってことよ!じゃあな!」
バタンと扉が閉まる。トゥバンはふう……と息をついて椅子に座った。ガンザンは早速ベッドの下の段に寝転がる。と、扉が再びガチャリと開いた。青髭の顔がひょっこり出てくる。
「言い忘れてた!どこに行っても良いけど、この廊下にある階段は絶対降りるなよ!気を付けろ!じゃあな!」
バタンと扉が閉まり、鼻歌が部屋から遠ざかっていった。トゥバンは大きく息をつく。ベッドに目をやると、ガンザンはすでに寝入っていた。スウ……スウ……穏やかな寝息を立てている。トゥバンは大きな欠伸をすると、大儀そうに立ち上がり、二段ベッドの上の方に登っていった。
――――――――――――――――――――
トゥバンは目を開けた。灰色の天井が目に入る。一瞬自分がどこにいるか分からなくなる。下からむにゃむにゃと寝言が聞こえてきた。ガンザンの声だ。トゥバンはああそうかとひとりごちた。音をたてないよう気を付けてベッドを降りると、木箱の上から弓矢と大きめの袋を取り、静かに扉を開けて廊下に出た。カチャリと小さな音を立てて扉を閉める。一瞬、視界の端を何かがよぎった。ばっと顔を向けたが、明るい長い廊下が延々と続いている以外に何も見えない。
……気のせいか。
小さく呟いた。
廊下をたどり、誰もいない広間を通って石の扉をゆっくり開くと、緑の草地の向こうに町が朝焼けに照らされて赤く浮かび上がっていた。冷たい風にトゥバンはぶるりと震える。どうも、「憩いの家ども」は盆地を囲む山をくりぬいて作ったらしい。草を踏み踏み町の外周を回り、昨日転がり落ちてきたあたりにたどり着く。ちょっとあたりを見回すと、ちょっと離れたところで馬が草を食んでいるのが見えた。トゥバンは笑顔で馬に近づいた。
「元気だったか?」
馬は軽くいななく。
「そりゃ良かった。」
トゥバンが馬を軽く撫でると、馬は頬をトゥバンにすりつけてきた。トゥバンはそれをゆっくり撫でてやり、手綱をつけると馬にまたがった。ゆっくりと辺りを走らせる。
「うん、良い感じだな。」
そう言って馬を止め、キョロキョロとあたりを見回す。トゥバンは草地の端のほうに生えている木に目を止めた。
「……よし」
トゥバンは木に向かって走り出す。木まで一里ほどの距離になったところで、左手で矢を数本抜き取り、目にも止まらぬ速さで放った。馬の速度を緩めて木に近づくと、矢は一本残らず幹に突き刺さっていた。トゥバンはそれを見て首を捻り、左手を縦にして幹の中心線に合わせる。
矢の塊は、中心線からわずかに右に寄っていた。トゥバンはうなずいて弓の弦を外す。弓が反り返り、半月のようになった。その両端を掴み、ぐいっとねじると、再び弦を張って馬を返した。木から十分離れてから走り出し、また一里ほどの距離になったところで素早く矢を放つ。木に近づくと、今度は矢は全て中心線の辺りにまとまっていた。トゥバンは満足げにうなずくと、馬から降り、手綱を外して馬の首の辺りを軽く叩いた。
「ありがとな。また来るよ。」
馬は嬉しそうにいななく。トゥバンは微笑んで木に歩み寄ると、木から生えている矢を掴んだ。と、
ガサリ
トゥバンはばっとそっちを見た。一瞬、何かがが茂みの陰に隠れるのが見えた。それになんとなく見覚えがあるような気がして、トゥバンは眉間にしわを寄せ、じいっ……と茂みを見つめる。何も動きはない。風が吹き抜けた。茂みがゆらゆらと揺れる。静寂と微かな緊張。朝焼けの色が空から消えたころ、トゥバンはおもむろに木から矢を引き抜いた。矢をつがえ、茂みを狙う。
「誰だ?答えなければ射る。」
答えは無い。トゥバンは矢を放った。茂みがガサリと揺れ、矢が地面に刺さる音がする。トゥバンは弓を下ろし、ため息を吐くと茂みに入って矢を引き抜いた。土を払い、鏃を見るが特段変わったものは付いていない。
「気のせい、か。」
トゥバンは呟くと木から矢を全て引き抜き、「憩いの家ども」に歩いて行った。
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