第18話 祭典


 汚れを拭うために私の口元、唇に、指で触れたセイフィード様は、魅惑的に微笑んでいる。

私は、セイフィード様の指の感覚が、まだ私の唇に残っていて身動きできない。

すると、セイフィード様は自分のハンカチで指の汚れを拭き取り、私の手を握った。

そして、

「いくぞ」

とセイフィード様は言うと、私の手を引っ張りながら神殿へと急いだ。

私は恥ずかしいけれど、手を握ってくれたのがとても嬉しくて⋯⋯、私の心は舞い上がった。


 神殿の中も、多くの人がいたが、セイフィード様に特別席が用意されていた。

私も同じくセイフィード様の隣の特別席に座ったが、なんとなく気恥ずかしく肩身が狭い。


 ウー様の誕生日の祭典が始まろうとしている時、私は静かに息苦しさに耐えていた。

苦しい⋯⋯。

とても息が苦しい⋯⋯。

考えないようにしているが、一息つくごとに、変な脂汗が噴出す。

おそらく、コルセットがいつもより数倍きついのに、あんな肉の塊を食べたからだ。

目の前にかすみがかかってきた。


「おい、アンナ。大丈夫か?顔が真っ青だぞ」

セイフィード様は小声で私に話しかけた。


「ちょっ、ちょっと苦しくて⋯⋯」

声を出すのも、苦しい⋯⋯。


「出るぞ」

セイフィード様は私の腕を取り立ち上がらせようとしたが、私はこばんだ。


「で、でも⋯⋯もうすぐ、ウー様が来るかもしれないから、待ちたい⋯です」

誕生日にウー様が神殿に現れる確率は70パーセントぐらいだ。

現れないかもしれないが、私はこのチャンスにかけたい。

どうしても、とどまりたい。


 しかし、セイフィード様は、

「ダメだ、出るぞ」

と言うと私を担ぎ上げた。

それも、お姫様抱っこで。

苦しくなかったら、天にも昇る心地なのに⋯⋯。


 セイフィード様に抱えられ、私達が神殿の別室に入った時、祭典会場から大きな歓声が聞こえた。

ウー様が現れたにちがいない。

私は自分の不甲斐なさで、涙ぐむ。


 セイフィード様は私を優しくソファーに降ろしながら、

「また来年、来ればいい」

と言ってくれた。

でも、来年じゃダメなんだ。

来年になったら、セイフィード様は18歳になって結婚できてしまう。

結婚はしないまでも、婚約ぐらい誰かとしてしまうに違いない。

そう考えたら、涙があふれでた。


「⋯⋯苦しいのか。コルセットを緩めてやる」

とセイフィード様が言うと、私のドレスを脱がせ始めた。

イヤイヤイヤ、セイフィード様、誤解してる。

涙が出たのは苦しいんじゃなくて、悲しいからなのに。

それにしても、この状況は、まずい!

恥ずかしいっていうレベルじゃない。


「セ、セイフィード様⋯⋯だ、だいじょうぶです。少し休めばきっと落ち着きます」

私はセイフィード様を拒もうとしたが、ドレスを脱がす方が早かった。

セイフィード様、手際良すぎじゃないか⋯⋯。

私のドレスは、はだけ、コルセットがむき出しになった。

そのコルセットをセイフィード様は、素早く緩めてくれた。

その途端、私は息苦しさから解放された。


「どうだ? 楽になったか?」

セイフィード様は心配そうに私を見る。

いかがわしい気持ちなんて全く感じられない。


「はい⋯⋯。とても楽になりました」

私は恥ずかしくて、うつむいたまま応えた。

そして、深く深呼吸した。

息と、気持ちを落ち着かせるために。


「そうか」

とセイフィード様が言うと自身のジャケットを脱ぎ、私に羽織わせてくれた。


「⋯⋯今日はせっかくセイフィード様が誘って頂いたのに、迷惑かけて、ごめんなさい」


「慣れているから大丈夫だ、気にするな。何か飲むものを持ってきてやるから少し待ってろ」

とセイフィード様が言うと部屋から出て行った。


静まり返った部屋で私は、大きく深呼吸した。

またどうせ服を着るときに多少コルセットを締めるので、今のうちに空気を吸っておこうと思った。


ふーはー

ふーはーーー

と私の深呼吸音だけが部屋にこだましていたとき、部屋の真ん中が、突如光り輝いた。


「ふぃふぉふぉ、久し振りじゃのぉ。乙女よ」

と相変わらずサンタクロースのように話すウー様が光の中から現れた。


「⋯⋯⋯ウー様!!!」


「いやはや、それにしてもお主の格好、どうしたものかのぉ」


「いや、その、これはコルセットがきつくて⋯⋯。何も怪しいことはしていません」


「ふぉっふぉっふぉっ、若いっていいもんじゃ」


「だから、違うんです!」


「まぁ、よいよい。それで元気にしておったかいの?わしゃ、お主のこと、気にかけておったんじゃ」


「元気は元気ですけど⋯⋯、私、魔力がないんです! どういうことですか! ウー様」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯おぉ! 失念してたわ。そうか、お主の世界では魔力がなかったな、たしか⋯⋯」


「そうです! 今からでもいいんで、私に魔力をつけて下さい。お願いします」

私はウー様を拝みながら一生懸命お願いした。


「それは無理じゃ」

ウー様はアッサリとハッキリ断言した。


「どうして、無理なんですか!? 私はもうこの世界の住人ですし、その神であるウー様なら、なんでも可能じゃないんですか」

私は食い下がる。

このチャンスを逃してなるものか…。


「魔力は魂に宿るもんじゃ。もう、お主の魂は体である物質と融合しとるからのぉ。まぁ、死んで魂だけになったら魔力をつけることは可能じゃ」


「でもでも、神様自身は物質化したり、精神化したりするじゃないですか。私も同じように、一旦私の魂を抜いて、魔力をつけてから再度、私の体に戻してもらうことはできないんですか?」

私はしぶとく、必死に食い下がる。


「そもそも神と人間は、魂も体も、構造がちがうからのぉ。やめておいた方がいいぞ。魂を抜くことはできるが、再度その魂がお主の体に戻る保証はないぞ。体が拒絶する場合だってあるじゃろうし、そもそも、そんなことしたことないからの。危険じゃ、死ぬことになるかもしれんぞ」


「そんな⋯⋯」


「諦めろ、乙女よ。まぁ、今度死んだ時には必ず魔力はつけてやるわい、じゃから安心せい」

ウー様は呑気に笑顔で私を諭す。


「⋯⋯⋯⋯⋯はい」

私は小さな声で返事をした。


「そうそう、大事なことを忘れておったわい。これをお主にやろう、お守りじゃ」

ウー様は私に小さなビー玉のような石をくれた。


「あ、ありがとうございます。でも、なんのお守りですか?」


「少し、気になることがあってのぉ⋯⋯。もしものためのお守りじゃ」


「⋯⋯⋯⋯」

全く持ってわからないお守りということが、私にはわかった。


「そろそろ式典に戻らねば!早く戻って来いと煩いわい。ではな、乙女よ」


「ウー様、来ていただいて、ありがとうございました」


満面の笑みをしたウー様が、光に包まれ消えた。

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