第17話 屋台

 セイフィード様と神殿に行ける日は、もうすぐだ。

日が近ずくにつれ、私の心臓はドキドキ高鳴る。

でも、1つ気になる点が⋯⋯。

それは、シャーロットやゾフィー兄様達に、私が神殿に行くことを言っていないということだ。

大丈夫だろうか⋯⋯、いやきっと言わなければ駄目だろう。

今更、行っては駄目だと言われたら、悲しみで倒れてしまいそうだ。


 ただ、私に甘いゾフィー兄様は親衛隊の仕事で相変わらず留守がちだ。

しょうがないので、次に私に甘いシャーロットに相談することにした。


「ねえ、シャーロット。相談があるんだけど⋯⋯」


「あら、アンナ。相談なんて珍しい事ですこと」


「あのね⋯⋯実は今度、セイフィード様と神殿に行くんだ。シャーロットのご両親に伝えた方がいいかな?」


「⋯⋯そのことなら知っていますわよ。」


「えぇ! どうして? いつ知ったの?」


「いつかは知らないけれど、セイフィード様のお父様から、わたくしのお父様にお話があったそうよ」


「そうなんだ⋯⋯。良かった」


 私は心底、安心した。

それにしてもやっぱり貴族って大変だな。

こっそりデートもできない。


「神殿ですものね⋯⋯神殿じゃなかったら、きっとお許しは出なかったと思うわ」


 シャーロットが何かを察して言う。

そうだよね。

神殿イコール神聖って感じで、浮ついた事はタブーだよね。

今まで散々、セイフィード様とイチャつく妄想をしたけど叶わなそう。


「セイフィード様と行く日は、ウー様の誕生日なんだ。当選できて凄いよね」


「あら、アンナ。存じ上げなかったのかしら。セイフィード様の家には特別枠がおありになるのよ」


「特別枠?」


 私は神殿に特別枠があるなんて知らなかった。


「えぇ、セイフィード様の家は、神殿に莫大ばくだいな金額を寄付していらっしゃるの。だから特別枠を頂けているそうよ」


 確かに、私も噂で聞いたことがある。

セイフィード様の家は大金持ちだってことを。

なぜなら、セイフィード様の家は魔法道具における特許を数多く保有している。

ここ最近、市場には自分自身の魔力を保持できる腕輪や指輪、ネックレスなどが出回っている。

それら全て、セイフィード様が考えた魔法陣が使われている。

その魔力を保持できる魔法道具は、治癒魔法を施したり、薬草を精製する魔法使いに大人気だ。

その人気の分、特許料の収入は莫大だ。



 そしてとうとう、今日は、セイフィード様と神殿に行ける日。

私はその準備で大忙しだ。

気合い入りまくりである。

メイドに入念に髪をといてもらい、ドレスを着ようとした時、シャーロットが私の部屋を訪れた。


「まぁ、アンナ。そのドレスを着るおつもりなの。よろしくなくてよ」


 私のドレスを見るなりシャーロットは指摘した。


「でも、一番可愛いと思うんだけど」


「確かに可愛いけれど、少し露出ろしゅつが高めだわ。こちらになさい」


 シャーロットが私の衣装タンスから、ライトグリーンのドレスを取り出した。

そのドレスは首元まで布地があり、肌がしかっかりと隠れている。

私が持っているドレスの中で一番露出が少ない。


「それと、コルセットをもっとしぼらなくてはダメよ」


シャーロットはメイドに指示を出し、メイドは私のコルセットを思っ切り締め上げた。


「ぐ、ぐるしい⋯⋯」


 私は思わずうめき声をあげる。

肺が、骨が、つぶれるかと思うぐらい苦しかった。


「淑女に我慢は必要よ。わたくしは⋯⋯、アンナのお気持ち知っていますわ。セイフィード様のことは、はっきり言って嫌いだけど、アンナの応援はさせて頂くわ」


「ありがとう、シャーロット。でも、どうしてセイフィード様のこと嫌いなの?」


「セイフィード様は、アンナを振り回し過ぎだわ。それにアンナを独占してますわ。だから嫌いなの」


 シャーロットはホッペをふくらませた。

シャーロットは誤解してる。

私がセイフィード様を振り回してる。

それに、セイフィード様は私を独占なんかしてない。

セイフィード様にとって私は、からかいがある奴隷だ。


 そして私がドレスを着た後、シャーロットがお化粧をしてくれた。

準備が整った私は鏡をのぞき込む。

鏡の中の私は、どこかのプリンセスのように上品で可愛らしかった。

自分でも照れるぐらい。


「素敵だわ、アンナ」


 シャーロットも珍しく褒めてくれる。

準備が全て整った時、セイフィード様が私の家まで迎えに来てくれた。

シャーロットも、侯爵夫人も少し離れた場所で私達を見送ってくれる。

やっぱり闇の精霊に祝福されているセイフィード様は、苦手みたい。


「ご機嫌よう、セイフィード様」


 私はいつもより丁寧にお辞儀した。


「⋯⋯⋯⋯」


 セイフィード様はなぜか無言だ。


「⋯⋯どうかしましたか?」


「何でもない。馬車に乗るぞ」


 セイフィード様は貴族男性らしく私の手を取りエスコートしてくれる。

それにしても、セイフィード様のためにこんなに気合い入れたのに⋯⋯、少しは褒めて欲しかった。


「あの、セイフィード様、今日は誘って頂きありがとうございます」


「あぁ。で、ウー様に会えたら、何をお願いするんだ?」


「それは、内緒です」


 そのお願い事はズバリ、私に魔力をつけて貰うことだ!

魔力をつけて貰ったら、私はセイフィード様に告白して⋯⋯、両思いになり⋯⋯婚約して結婚。

もう何度も妄想⋯⋯じゃなくシミュレートした。

ムフフフ⋯⋯。


「ふん⋯⋯どうせ、くだらないことだな」


 他愛のない話をしていたら、私達が乗った馬車はすぐに城についた。

私達は前に来た時と同じように、城の天空園から天界の神殿広場へワープした。


「うわ。凄い人混み」


 思わず私の口から漏れる

それほど神殿の広場は凄い人でごった返していた。


「⋯⋯これは確かに凄いな。アンナ、迷子になるなよ」


「はい」


 私は、これはチャンスと思い、セイフィード様のマントをつかんだ。

本当は手を握りたいけど⋯⋯。


 神殿広場は、ウー様の誕生日だからか、以前にも増して屋台の数が多い。

屋台からはとても、いい匂いがする。

私は、出掛ける前にミルクティーしか飲んでいなかったので腹ペコだった。

お腹が鳴りそう⋯⋯と思った瞬間、「グーギュルギュル」と全くもって可愛くない音が私のお腹から響いた。


「ククッ、アンナのお腹も分かりやすいな」


「⋯⋯自分でもそう思います」


私は恥ずかしくて、うつむいた。

顔が急上昇に火照ほてる。


「まだ時間あるし、何か食べるか」


「はい! 食べたいです。いい匂いがして、とろけちゃいそうです。セイフィード様、早く行きましょう」


 私は本当に腹ペコだったので、セイフィード様のマントを引っ張り、一番いい匂いがする屋台に駆け寄った。

その屋台が売っている食べ物は、パンにとても大きな肉の塊がはさんであるサンドイッチ。

物凄く、ボリューミー。

とてもじゃないが上品には食べられそうにない。

いくら何でも私でも躊躇ちゅうちょする。

しかし私が躊躇ちゅうちょしている間に、セイフィード様はそれを1つ購入してしまった。


「どうぞ」


セイフィード様は、その巨大肉サンドイッチを私にくれる。

そして、セイフィード様はとても面白そうに私を見つめた。

いくらなんでも、困る。

流石に困る。

私はその大きな肉の塊を見つめながら、体が固まってしまった。


「アンナ、早く食べろよ。冷めるぞ」


セイフィード様は、私がこの巨大肉サンドイッチをどうかぶりつくかを、ワクワクしながらじっと見る。


「セイフィード様は食べないんですか?」


「そうだな、じゃあ一口貰うか」


とセイフィード様は言うと、私が持っている巨大肉サンドイッチを一口食べた。

それも、口元を汚す事なく上手に一口食べた。


「いい味だ。アンナも早く食べろ」


 もう私は食べるしかない。

意を決して私は食べた。

おっ、美味しい~。

だけど、かぶりつく度に、肉汁が溢れて、口の周りにその汁がくっ付く。

大きな口を開けなきゃいけないし、恥ずかしい。

セイフィード様は気を遣って見ないどころか、じっと愉快そうに見ている。


 私が、口の周りに付いた汚れを取るためにハンカチを探していたら、セイフィード様が私の口元に指で触り、汚れをぬぐう。

口元だけじゃなく、唇もセイフィード様の指先がでていく。


 その瞬間、私の思考はストップし、セイフィード様の指の感触だけが胸にとどろいた。

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