悲しき時代遅れ

きよ

第1話

今って、スマホの時代ですよね。

田舎でも都会でも、どこに行ってもみんながみんなスマホを持っています。

でも、いくら便利でもいくら楽しくても、スマホは自分を自制できない人間達をさらにダメ人間にしてしまう、あまりよろしくない発明です。

悪い事は言いません。世の中の人々よ、スマホはやめた方がいいですよ。

スマホは、人と人とのコミュニケーションの機会を奪い、子供の目の焦点をズレさせ、いたるところで事故を招き、社会人の生活を狂わせます。

…というのは建前。実は私だってスマホが欲しいんです。

私?残念な事に、私はまだガラケーなのです。

この前久しぶりに、昔からずっとガラケーを使い続けているMさんに会いました。Mさんは、今年で八十を過ぎるお年寄りです。私の人生の先輩です。久しぶりにMさんを相手にスマホの悪口を沢山言えると思うと私はテンションが上がりました。

あのね、を言いかけたその時、Mさんのバックから素敵な音楽が流れてきました。きっと電話だな、それくらいなら隣で待ってあげようと考えました。しかしMさんが取り出したのはあの使い古しの折りたためる物ではなく、片面がほぼ画面の物でした。

「Mさん、ガラケーは⁉︎」

と思わず聞いてしまいました。それに対し、Mさんは、

「今の若者に負けてられんと思ってね、ちょうど前の携帯電話が壊れたからスマホデビューしてみたんですよ。」

さらっと答えられました。

唯一とも言えるガラケー仲間に裏切られ、私は我慢の限界がきました。そしてそれと同時に電球が私の中でぱっと光り輝いたのです。これこそが私の転換期と言えましょう。

私は駅のホームぎりぎりに立ち、ポケットから手を出しながら、さりげなくガラケーを線路に落としました。

そう、前のが壊れるまでは新しいのは買わない。それは私の強い信念なのです。

古池やガラケー飛び込む水の音。

ガラケーの落ちる音というのはなんと心地良いものなのでしょう。

これで、これからは無理してスマホの悪口を考えるのに日々頭を抱える事がなくなるのです。ようやく安眠の夜が訪れるのです。

この日は、空の隅々まで晴れ渡った、見事な青空でした。まるで祝福してくれているかのようです。

私は大きく息を吸い、携帯会社までの道程を思い浮かべました。

その時。

「あの、携帯落としましたよ。」

見ると、知らない中年のおじさまが私のガラケーをその手に持ってるではありませんか!

「先ほど、今日釣れた魚を数えようとクーラーボックスを開けたのですが、その最中にあなたの携帯がこの中に落ちまして。壊れていないといいのですが。あ、ちゃんと起動しました。大丈夫みたいです。次は、気を付けてくださいね。あれ、心なしか顔色が悪いようですが、どうされたんですか。大丈夫ですか。おーい。」

私は濡れた防水防震のガラケーをポケットに突っ込むと、スマホの悪口をいくつか呟きました。

私がスマホデビューする日はまだまだ遠いようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悲しき時代遅れ きよ @KiyoOrange

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ