第40話 怨念

 東神家夫人が失踪した直後、ご当主は直ぐに警察へ連絡した。夫人は元々欝病の様な様子もあったという使用人達の証言もあり、徘徊しているのではないかと思われる為、家の裏に続く山林を早朝から警察と消防で山狩りを行ったが見つかっていない。家の前に河が流れている為、河沿いの捜索もヘリコプターと警察犬を使い捜索されたが何も見つからなかった。


 この村では有線を使い、痴呆による老人の徘徊等で行方不明が出た場合は放送で地元民にも情報を流すのだがご当主の判断でそれは止めてもらったそうだ。それは、夜更けに家を飛び出て行った夫人の様子が普通では説明できないような有様だったからのようだ。


 東神家の裏山には定期的に人の手が入れられており、林道にも手入れがされているが、警察犬は全く役にたたなかったらしい。熊や猪といった大きな獣が出没するのでそれに怯えるといった事は考えられるが、尋常ではなくどの犬も怯えてまともな捜索にはならなかったらしい。


 今日も午前中は捜索を行っていたそうだが、何も手掛かりはないそうだ。捜索のヘリコプターも山の捜索に飛ばされていると聞いた。どうりでやけにヘリコプターが飛んでいる音がするなと思ったはずだ・・・。


 そういえばヘリコプターって山で遭難した時の捜索に使うけど、捜索を依頼した家族は後で高額な料金を請求されると聞いた事がある。災害時には自衛隊や警察のヘリが使われるけど、あれは県知事の要請が必要なので、民間の救助ヘリに遭難者の家族が依頼するらしい。


 例えば、民間の救助ヘリを要請すると1時間で済む案件ならば100万円以内で収まる位の要請料が発生するようだ。場所や条件にもよるけど、普通1時間で遭難の捜索が済むなんて事はなさそうだと思う。つまり何日も捜索を要請すればとんでもない金額に膨れ上がる。だから山登りが趣味の人は、もしも自分が遭難することがあってもヘリコプターは頼まなくていいという人がいるみたいだ。



 東神家の裏山の奥というと他県に繋がる深い山々が続き、人の手も入っていないので分け入るのは危ない。山の状態から見ても、人が入った様子も見られなかったという。



 夫人が居なくなった当日は、午前零時過ぎに地震の様な揺れが何度も起き、家に亀裂が入る様な音がした事で、寝ていたご当主とお兄さんは家が崩れるのではないかと思い、部屋に籠っている夫人の元へ駆けつけようとしたそうだが、二人が寝間着のまま出て来た所で、獣の様な唸り声と共に四つ足で這いまわる夫人に遭遇したという。


「家内は人とは思えない様な身のこなしで、そのまま中庭へ続く縁側の大きいガラス張りの窓を突き破り、庭に飛び出ると屋敷の裏に向かって暗闇に消えて行きました。どう考えても、あれにその様な事が出来るはずがないと思うのですが、実際に目の当たりにして、考えも変わりました。私には理解できない世界の話なので、今までお世話になっていた百家神社に来てもらうしかありません。・・・もし、過去の私がもっと注意深く物事に配慮できる者であれば、前妻と息子を失わずに済んだのかも知れないと思うとたまらない気持ちになりますが、今はとにかく妻と息子を守りたいのです」


 ご当主の言葉に百家くんのお祖父さんは頷いた。


「昔から因縁のある井戸の事ですから、私共の方で対処させて頂きます。家に残っている文献によると、当時は恨みの念が強く、祓うという事は出来なかったという記述がされています。そのため封印を施し、年に一度それをかけ直すという方法がとられたのです」


「あの、長い年月かければ、人を恨む気持ちというのは薄れていくんでしょうか?」


 これはお兄さんの問いだ。


「どうでしょう・・・これは私自身の解釈の仕方ですので他の考えもあると思いますが、人であれば時間が解決しますが、恨む気持ちが強すぎて悪霊に・・・いや、もうこれは怨霊ですね。怨霊になった者はすでに人ではない。それが凝り固まった怨念は凶悪な悪意でしかありません。だから話はもちろん通じず、祓うという事ももはや簡単ではありません。もし一時祓えたとしてもまた戻って来ます。だから当時は封じるしかなかったのでしょう。怨念を鎮めるように常に気にかけ祈りを捧げる事を続けていれば様子も違っていたのではないかと思うのです。―――――東神家の場合、結果として長い年月のうちに封じられたまま忘れられてしまいました。祀り、祈り、鎮める約束は果たされていませんので、留まり行き場を失った怨念はますます強く育ち、何かを切っ掛けに噴出してしまった。この何かとは、誰かが故意に封印を切ったのだと思われます」


「・・・一体誰がそんな事をしたのでしょうか?」


「さあ、見ていた訳ではないので分かりませんが、故意と言っても本人の意思などではなく精神に干渉され操られたのでしょう。そういったものに狙われるのはつけ入りやすい心の弱い人です。―――――ですが、その時誰かがそれをしなくても、次の機会に別の誰かが狙われます。もしかしたらご当主だったのかもしれない。それほどにここに封じられていた障りは恐ろしいものです」


 ご当主の問いにお祖父さんは答えた。お祖父さんが言いたいのは、怨霊に操られ封印を切った人を責めても仕方がない事だということだろう。元の原因の“障り”を絶たなくてはこの東神家は後がない状態だ。


「―――――私は、何をすれば良いのでしょう・・・もう、何もかも遅いのでしょうか?」


「いいえ、大丈夫です。まずはもう一度封じて、井戸のあった場所に怨霊を祀る社を作りましょう」


 お祖父さんはそう言った。


 

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