第128話 火水祭・1

No128

火水祭・1



 本日は【火水祭】。いつも通りに目を覚まし、身支度を整えて宿の食堂へと向かった。

「おはようございます、ロゼッタさん」

「おはようさんだよっ! 今日から祭りだからしっかり楽しんで、たくさん金を落としてくるんだよ!」


「ハハハ、それだけの価値があればしっかり落としますよ」

「なら、さっそくウチに落とすかい? 朝から冷たいエールは頼むかい?」


「はい、昨晩のエールは最高でしたから。朝から冷たいエールも最高でしょうね!」

「なかなか粋な男だねっ! テーブルで待ってな、朝食と一緒に持っていくから!」

 と、満席に近い食堂を見渡し壁際の隅のテーブルに座る。


 "餌付け亭" の食堂には、冒険者や旅人、商人、船乗りといった感じの連中が朝食を食べていた。その朝食が置かれてるテーブルには、エールの入った木のコップが目立つ。


 やはり冷たいエールは珍しいのだろう。魚や肉を食べて冷たいエールで流し込んでからのプハァーっとした顔を見ると、早く飲んでみたいと待ち遠しくて仕方がない。


 そんな事を考えながら朝食を待っていると、

「はい、お待ちっ! あと冷たいエールだね!」

「ありがとうございます! では、いただきます」


 さっそく朝から一杯! 冷たいエールを喉に流し込む。

 前の世界とは炭酸が少なく、微炭酸だが味にはコクがあり深い味わいだ。欧州ビールに近い味で、街や仕入れ先によって味も変わってお気に入りのエールを探すのも一興だ。


 ゴクッゴクッと喉を鳴らしながら、プハァーっと声を出す。やはりエールの飲み方はこれが一番だ。冷たいエールは最高に美味い!


 そう思ってるのは俺だけじゃないよね? 周りの人達も絶対そう思ってるよ。フローラさんにも飲ませてあげたいな....


 そうだっ! アンリエッタ邸に行こう!


 どっかで聞いたようなセリフだが、気のせいだろう。アンリエッタさんならエールサーバーの在庫を持ってそうだし、マダラの影の中にラームエールの樽を入れておけばいつでも冷たいエールが飲めるよな。もっと早く気がつけよ!


 よし、朝食を食べたらアンリエッタ邸に向かおう。と、その前にエールを追加で!


 朝食を食べたあと身支度を整えた俺はマダラを影の中に入れてメイン通りを歩く。


『さすがに祭りの当日となると人の数が多いな....』

『そうじゃな、このような人混みでは自由に動けんから買い出しはセイジロウに任せるぞ』


『分かったよ、気になる露店料理や欲しい食材があれば言ってくれ。あと、先に言っておくけど自分勝手に食べるなよ。俺も食べるし、野営時の食事にも使うんだから』


『わかっておるわ。ケチ臭いセイジロウじゃな』

『お前が自由過ぎるんだよ。ちなみに、保管量は大丈夫だよな?』

『それは平気じゃ。セイジロウの魔力を込めた魔石は十分にあるからの。気にするでない、余裕が無くなってくればワレが伝える』


『分かった。んじゃ、さっそくあの露店の料理から買うか!』

 俺は目についた料理や食欲をそそる匂いのする料理を買ってはマダラの影の中に入れていく。


 さらに、冷たいエールを売ってる店のエールを試飲しては自分好みのエール樽を買っていく。

 そんなこんなで、メイン通りを練り歩いて数時間。自前の時計で時刻を確認すると昼少し手前にアンリエッタ邸に着いた。


「こんにちは、シバスさん。今日はアンリエッタさんに話があって来たのですが、アンリエッタさんはいますか?」

「ようこそ、セイジロウ様。アンリエッタ様は裏庭にいらっしゃいますからご案内します」

 と、いつもの用に執事のシバスさんの案内に従って裏庭に向かう。


 アンリエッタさんは陽射し避けの下で、何かの果実水を飲みながらテーブルに座りながら読書をしていた。その姿は優雅でドラマか映画のワンシーンを見てるかのようだ。


 アンリエッタさんが俺達に気づき笑顔を見せてくれた。

「あら、いらっしゃい、セイジロウさん。それに、マダラちゃんもっ!」

 俺は裏庭に入ると同時に影からマダラを出した。メイン通りでは窮屈な思いをさせたから、ここではゆっくりさせてあげたいしアンリエッタさんが喜ぶと思ったから。


 アンリエッタさんはマダラを見ると、足早に近づいてきてマダラの足に抱きついた。とても嬉しそうに笑みを浮かべながら抱きついてる姿はまるで子供だと思うのは、隣で苦笑いを浮かべてるシバスさんも思ってるはずだ。


「オホンッ、アンリエッタ様。そろそろお客様をテーブルに案内されてはどうでしょうか?」

「あっ! オホホっ、ではご案内します」

 と、テーブル席に案内されマダラはアンリエッタさんの隣に寝転がった。

 メイドのメイリーンさんが冷たい果実水と焼き菓子をタイミング良く用意してくれた。それらをいただき一息ついてから話を始めた。


「セイジロウさん、今日は遊びに来てくれたのですか? せっかくの火水祭なんですから街中を見て回ると楽しいですよ」


「こちらに来る前に通りを少し拝見しましたから。それにまだ祭りは二日あります。楽しむ時間はまだありますよ」


「そうですね、ルインマス自慢の火水祭ですから楽しんでください。それで、今日は?」


 アンリエッタさんは隣に寝転がるマダラを撫でながらそう聞いてきた。その姿を見てるとまるでマダラの主人はアンリエッタさんに見える。が、マダラの主人は俺だからと小さな嫉妬を抱きつつも話をする。


「今日は、エールサーバーの在庫があればいただきたいのと、新しい魔導具の提案です」


「エールサーバーは現在在庫切れだと....シバス、エールサーバーの在庫はあるの?」

 アンリエッタさんは、シバスさんに確認した。


「いえ、現在はありません。火水祭に伴いすべて錬金術ギルドに納めました」

「そう......セイジロウさん。在庫が切れてますが、火水祭が終わりましたら最優先で作らせますからそれで良いですか?」

 と、シバスさんが返答しアンリエッタさんが対応してくれた。


「はい、それでよろしくお願いします。次は新しい魔導具の提案ですが、コップを冷たくする魔導具は作れますか?」


 冷たいエールが飲めるのは嬉しいんだけど、時間が経つほどに飲み物は温くなっていくからな。なら、入れ物自体を冷やせばいいかと考えたんだよね。


「コップを冷たくですか? それは、エールを温くしない、冷たい飲み物を飲んでいたいという事ですね?」


「はい、そうです。暑い日に冷たい飲み物をずっと飲んでいられたら嬉しいですよね?」


「それは、そうです。暑い陽射しの下で働き、火照った体に冷たい果実水、冷たいエールは至福の瞬間でしょう」


 そう、その通りですっ! 


 アスファルトに照り返す陽射しの中、都会のビル群の中で、ドライヤーから出る温風のような風を受けながら飲む冷たい飲料水は、至福なんです!


「作れなくはないですが、販売はしません」

「えっ?」


 あれ? なんか思っていた反応とは違うんだけど....


「セイジロウさんの考えは素晴らしいと思います。自分だけじゃなく他の人達が喜ぶ、楽しむような考えばかりです。ですが、それを喜ばない人もいます」


「......何かあったのでしょうか? 不都合があったのなら話を聞かせて下さい。私に出来ることでしたら力添えします」


 ありゃ、何かクレームとか来ちゃったかな?


「特に何があったというわけじゃありません。そけまで心配する事ないですよ。わたしが言いたいのは、多少不都合があるぐらいが丁度いいのではという事です」


「...不都合ですか?」


「はい。セイジロウさんが出して下さった案は素晴らしいですが、それではエールの消費量が減ってしまいます。温くならないエールが手元にあれば飲む量や至福を感じる瞬間が少なくなってしまい、購買欲が減少するとわたしは考えます」


「それを減らさない、または増やす為にあえて不都合が必要だと? 便利性より不便性が必要だという事ですか?」


「そこまでの両論を話すつもりはありませんよ。実際はやってみないと分かりませんからね。ですが、エールだけの話をしたらセイジロウはどうですか? さっきわたしが言った事に同意を示してましたよね?」


 確かに.....冷たい飲み物が欲しいのは喉が乾くからだ。冷たい飲み物が売っている店に足を運び冷たい飲み物を買う。


 逆なら冷たい飲み物を、欲しがる人がいるから冷たい飲み物を売る。この単純だか明確な流れがあるからこそ物が動き経済が動く。


 利便性を求める事は悪い事ではないが、有りすぎるのも困る。前の世界では、常に利便性や効率化を追及した結果、物や人の流れが悪くなり経済が停滞した。


 たかが、冷たいコップの魔導具を作ったところで二杯買う人が一杯しか買わなかったら売り上げ半減だ。それが、百、千、万と桁が上がったら?


 小さな事かも知れないが、この世界ではバタフライ効果がいつでも起こりうる。安易な考えで好き勝手してはいけないとアンリエッタさんは教えてくれてるのか?


「そうですね、至福の瞬間を自らの手で減らしてしまうところでした」

「いえ、セイジロウさんが作りたいのでしたら作れば良いのです。ただ、今回は辞退したいだけです。他の魔導具師や錬金術ギルドに話を持っていかれてもかまいませんよ?」


「いえ、この話は無かった事に。それに、温くなる前に飲めば済む事ですし、温くなったら冷たいエールを買えば良いのですから」

「はい、それが良いです。欲は良くも悪くも必要です。あら? 今は良いこと言いましたわ!」


 欲は良くも悪くも必要.....ね。

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