僕と父とあの頃のこと
ユウは自分でいうのもなんだけど、物わかりのいい子だったと思う。
いや、物わかりがいいというよりも、母の背中を見ていたら、我儘なんて言えなかった。
母はユウの前では明るくて涙を見せなかったけど、一度だけユウは見てしまった。
あの日、真夜中に仏壇の前で声を出さずに、肩を震わせて泣いている母の後ろ姿を。
父という人は決して悪い人間ではなかったと今でもユウは思う。
それでも精神的に強い人ではなかった。
仕事熱心ではあったけれど、それゆえに仕事のストレスは酒に、それからその
ちょっとしたことで父の機嫌は悪くなった。
朝、家族で機嫌よく出かけていたのに、出先で機嫌を悪くして、幼いユウと母を置いてきぼりにして、一人でどこかに行ってしまうということも度々あった。
そんな時に父はきまって昼間から酒を飲んでいた。
そうして、帰ってきてからも母相手に言いがかりとも言える暴言を吐く。
こんな時の父には何を言っても余計に怒らせるだけだから、母は黙っている。
すると「俺を無視するのか」と父は母に怒鳴るのだ。
物に当たる時もあって、だからその頃住んでいた家の壁には所々に穴があいていた。
母がその度に目立たないように小さなポスターを貼ったりしていたっけ。
その癖、次の朝には母に昨日は悪かったと謝っている父の姿があった。
その姿をユウはいつも複雑な思いで見ていた。
なんでお父さんは、あんな酷いことをお母さんに言うんだろう。なんで壁を殴って穴をあけたりするんだろう。
謝るくらいなら、しなければいいのに。
そんな父だったけど、休みの日にユウとキャッチボールをしてくれたり、気分のいい時には台所に立って、ユウと母にサンドイッチを作ってくれることもあったのだ。
母はユウに父の悪口を言ったことは無い。
亡くなってからもユウが少しでも父の事で非難めいたことをいうと悲しそうな顔をする。
「確かにね、お父さんに文句言う権利がユウにはあると思うんだ。だけど、わかってあげて欲しい。お父さん、仕事では凄く頑張ってた。そのやり方が不器用すぎて命まで削っちゃったけど。それにね、ユウのこともお父さんなりに愛してたんだよ。大きくなったら一緒に酒飲むんだなんて言ってね」
何が一緒に酒飲むだ、とユウは腹立たしく思う。
散々、母さんに苦労させた挙句に、そんな事思うんなら、そんな風に息子を愛していたって言うんなら、なんであんなに早く死んじゃったんだよ、と。
死んじまったら、もう文句も言えやしないじゃないか。
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