第4話 約束

「兄さん、文芸部の顧問になってよ」


「面倒くさいから嫌だ。他を当たれ」


「最悪来なくても良いし、部活の方は自分で何とか出来るから」


「……わーったよ。一つだけ条件がある」


 なんて成り行きと私欲で文芸部の顧問になった。実際、ここの部活の顧問は他の部活に比べると遥かに楽だし、別に来なくても部員から咎められることもない。ただ、それは夏海との約束であって、他の子たちへの説明を一切していないから色々と気を遣わせている所がある。例えば、立花が時間を変えたり部室以外で活動したりって言うのも俺たちへの気遣いだったり、この文芸部には部員が八人いるのに、立花と夏海しか居ないと錯覚するくらいに気を遣ってくれている。俺とゆーちゃんが一緒に居る時に話しかけてくるのは立花と夏海くらいで、他の子は一切話しかけてこない。俺たちに話しかけることはこの部ではタブーになっているらしい。


「条件って?」


「ゆーちゃんも呼びたい」


「好きにしたら? ただ、部員たちを困らせるようなことはしないで欲しい。もしそうなったらこっちにも考えがあるから」


 交換条件としてここを使わせてもらってるようなものだ。ただ、邪魔はしなくても影響力はあるみたいで、ここの部員の書く物語は俺たちの日記みたいなものになっている。しかもネットやこの学校では好評みたいで、図書室にも本を置いているけど人気だから基本的に借りれない。それほど人気だけど、立花と夏海の小説は群を抜いて人気だ。好評なんて物じゃなくて、部室に続編を望むファンレターが届くほどだ。

 軽い気持ちで顧問になったし実際楽でありがたいんだけど、責任と期待の眼差しが何もしなくても積み重なって行く。文芸部が我が校の誇りだっていう先生も居るし、いつしか俺が凄腕の顧問みたいになっている。


「………」


 あの日、気にするなって言われた俺たちは立花が小説を書いてるのを後ろから眺めていた。夏海みたいにコロコロ表情が変わる訳でもなく、ただただ真顔で書いている。そこに感情が存在していないのかと錯覚するくらい真顔で淡々と書いている。それにしても、ネタ帳も何もないのによく書けるよな。


「……ぁっ」


 何かを思い立ったように、急に立ち上がって夏海の腕を引っ張って部室を飛び出して行った。最近では夏海の腕を引っ張って校内を走り回る姿をよく見かける。その時の二人は見たことが無いくらい満面の笑顔で、俺たちが見たことないくらい笑っている。


「海くん」


「ん?」


「星……見に行こっか……」


 俺の服の袖を引っ張りながらそう呟くように言った。その表情に心が雑巾を絞るみたいにギュってなったのは黙っておく。

 でも、急に星が見に行きたいって言うのはどういう風の吹き回しだ? あの時は笑って返事をくれなかったのに、今になって行こうなんて。


「……うん。二人で行こう」


 俯きながら嬉しそうに微笑むゆーちゃんの顔が可愛すぎて、今すぐにでも写真に収めたかったけど部員も居るし、そこは流石に気を遣わないとって理性をフルに稼働させた。

 翌週、文芸部から出た新作の小説は二冊を除いて星に関する小説だったのは偶然ではない。


「なんで僕まで来なきゃいけないのさ」


「俺はファッションに疎いんだ。服を決めるの手伝ってくれ」


 日曜日、仕事も休みだし今の内に星を見に行く時の服を買いに来た。俺は学校ではスーツしか着ないし、普段着もオシャレとは言い難いような服しかない。夏海にはどうせ服も見えないほど暗いから気にしなくて良いよって言われたけど、気になるものは仕方がない。


「これとこれとこのアクセサリーね」


 渡された服を試着室で着てみると思いのほか悪くない。服屋に入って決めるまで一分経たずにこのオシャレ感。もしかしたら俺の弟は天才なのかも知れない。


「こう言うのは立花さんに聞いたら良かったのに」


「なんで?」


「立花さんが仲良かった友だちが海外モデルしてるって言ってたし。立花さんもその子とよく服を買いに行ってたらしいよ」


 先生と生徒が休みの日に出掛けるのはいろいろと問題な気がするのは俺だけなんだろうか? そもそも、俺が立花を誘うのは教師としての倫理観と弟を気遣う兄の優しさがあるから無理だ。


「服も決まったし、お昼ご飯食べに行こ!」


「そうだな。今日は奢ってやるよ」


「いつも奢って貰ってるけどね」


 星、いつ見に行こうかな? 別に調べなくても知識はあるから、いつの星が綺麗か大体分かるけど、ゆーちゃんの予定とも合わせないといけないし。

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