第12話 名前

 バスの中。不意に訪れる沈黙がさっきの行動を思い出させた。堂々と自分の気持ちを伝えて先輩の気持ちも聞けた。そんな先輩と今から二人で遊びに行く。あの時は勢いで言っちゃったけど、よく考えてみると恥ずかしすぎる。しかもバスの中だからその恥ずかしさを紛らわすことはどう頑張っても出来ない。

 目も合わせられない。何を話せば良いのか分からない。どこを見ていれば良いのか分からない。こういう時に人は頭の中が真っ白になるって話を聞いたことがある。まさか本当に真っ白になるとは思わなかった。


「……えっと、少し寄りたい所があるから行って良いかな?」


「あ、はい! お構いなく……」


 すぐに途切れる会話と気まずさが広がる空間。世の中のカップルはこの空気を日々耐えてるのかな? 青原先生たちもそんな感じしなかった。でも月奈ちゃんたちはそんな感じしなかったし。もしかして私たちだけなのかな? って言うか月奈ちゃんたちは付き合ってる訳じゃないし、青原先生たちもそうだ。あの人たちはカップルじゃないから例外だ。

 さっきみたいな勢いが大事だ。私だってまだ付き合った訳じゃない。どこが好きか本気で言える訳じゃない。まだ告白もしていない。今まで通りで良いんだ。何も緊張することは無いんだ。


「色……」


「え?」


「見えた気がする。恋の色」


 初めて会った時から思ってた先輩の人とは違う感じ。今ならハッキリと分かった。先輩は人を見てるんじゃなくて、その人の心を見透かすように見てたんだ。でも、今は私のことを見ている。真っ直ぐに見てくれてる。


「どんな色なんですか?」


「……分かんない。薄っすらと一瞬だけだったから。見えたとしても言い表せないと思う」


 色。世界は色で満ちている。夕焼け空のオレンジと赤が混じった色や夏のどこまでも透き通るような深い青。恋をすれば世界が輝いて見えるって言うけど、それも恋の色が存在するからなのかな? 温度や雰囲気、優しさや恋の感情。色があるとするならどんな色なんだろう? それを表現出来たら先輩の目標が達成される。あの時、先輩と桜の木の下に立った時に思った。先輩の色を探すお手伝いがしたいって。今もその気持ちは変わってないけど、探すなら先輩の横に並んで同じ風景を見ながら探したい。


「行こっか」


 バスを降りて駅へと向かう。目的地も分からないまま先輩の後ろを付いて行く。


「どこ行くんですか?」


「ちょっとね」


 曖昧な答え方をする先輩に疑問を抱きつつ後ろを付いて行く。先輩って思ったより身長高いんだ。身長の割には細いような気がする。けど、なんでだろう。頼りになる背中って感じがする。


「ここだよ」


「……っ!」


 見晴らしの良い展望台に着いた。キラキラ光る海面がどこまでも続いている。その景色を見ている先輩はどこか懐かしげな顔をしている。


「僕と兄さんの名前には海が入ってるんだけどね。父さんたちがこの場所に来て決めたって言ってたんだ。それ以来この場所が大好きで近くに来たら寄ることにしてるんだ」


「先輩は自分の名前が大好きなんですね」


 先輩は私の顔を見て微笑みながら即答した。


「大嫌いだよ。単純すぎるし」


 本当に嫌がってる訳じゃないんだって分かって安心した。それなら私だってそうだ。


「私もです。単純すぎるから嫌になります」


「そうかな? 僕は桜って名前好きだけどなぁ」


「それを言うなら私だって夏海って良い名前だと思いますよ」


 潮風が髪をなびかせて頬を撫でながら通り過ぎて行く。海のキラキラってどうやって言えば通じるんだろ? 宝石みたい? 鏡みたい? どれも表現するにはなんか違うような気がする。

 それもこれも、色んなことを先輩と一緒に探して行くんだ。表現出来ないことや伝わらない悔しさをバネにして。文字だけで表現するなんて普通に考えたら窮屈すぎるもん。普通こんなことしようと思わないし。

 普通じゃなくて良かったって心の底から思うけどね。

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色付く心と桜色 幸永 芽愛 @satinagamea

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