第10話 大きな一歩と距離の関係

「………」


 静寂に包まれた部室。先輩も先生たちも居るけど、小説を書いているときは周りの音が一切聞こえなくなる。自分の理想や妄想を形にしてみんなに共感を求める。私は小説が好きだ。自分自身が小説のキャラになった感じがするし、書いていて楽しいって言うのが一番だ。

 理想を文字で語る。もしも世界がこんな感じだったら、もしもこんなに幸せな恋があったら。私が願う妄想をストーリーにする。私の代わりにキャラがそれを体験してくれる。


「立花さん?」


「はい? どうしました?」


「さっきから呼んでるのに……まぁ良いや。今度の土曜日一緒にお出掛けしようよ」


 先輩とお出かけ。いつかは私から誘おうと思ってたけどこれは願っても無いチャンスだ。普段何を考えてるのか分からない先輩のことが分かるかも知れない。


「私と先輩でですか? 二人きりですか?」


「うん。嫌かな?」


「いえ、喜んで!」


 先輩と二人きりでお出掛け出来る。なんかよく分かんないけどワクワクする。あの誰とでも仲良くなるけど心の底が読めない先輩が誘ってくれるなんて。これは先輩の期待に応えるために色々と力を入れて行かないと。

 土曜日まで日もあるし、色々と準備して置こう。なんて呑気なことを考えてると日が経つのは一瞬で、あっという間に土曜日が来た。結局普段通りだし、いつもと違う点なんかない。


「お待たせ! 待った?」


「いえ、今来たところです」


 待ち合わせは朝の十時にショッピングモールの入口。先輩が来たのは二十分早い九時四十分。ちなみに私が着いた時間は九時。映画館以外のお店は開店する前の時間だ。

 先輩の私服姿を初めて見たけど、なんて言うか意外とおしゃれするんだって。意外とって失礼かもしれないけど。


「今日は何をするんですか?」


「ん? 本を買って、服を見て……どこか行きたい所ある?」


「どこか行きたいところ……」


 そんな急に言われても思い付かない。せっかく二人でお出掛け出来るんだからリラックス出来て楽しくて何でも話せる良い雰囲気の場所。


「水族館行きたいです!」


「じゃあここでの用事が済んだら行こうか」


「はいっ!」


 先輩は私と二人でお出掛けをしようって誘ってくれた。何故二人きり? 先輩はこのお出掛けは仲の良い人の普通のお出掛けだって思ってるのかな? それともデート………いやいやいや。私は何を考えてるんだろう?


「どうかした?」


「いえ、大丈夫です!」


 やっぱり私は先輩のことがよく分かんない。誰にでも優しくて、仲が良い人も多い。そんな先輩なのにどことなく心の壁を感じる。だからこそ先輩のことをもっと知りたいって思ったんだけど。今日が絶好のチャンスだ。


「あれ? 青原くん!」


「天日? 望無は?」


「自販機に飲み物買いに行ってるんだ」


 腰まで伸びる綺麗な金髪。お姉ちゃんと同じ感じがするけどこの人もアイドルとかしてるのかな? ここまで綺麗な人だと芸能事務所も放っておく訳には行かないよね。スカウトとかされそうだし。

 そんな金髪さんが私に気付いて近寄って来た。ここまで綺麗な人に近付かれると謎の緊張感がある。


「初めまして! ボクの名前は天日 幸(あまび こう)。よろしくね!」


 笑顔の眩しさが人間じゃなくて天使とか女神がアニメとかで微笑む時と同じくらい眩しい。


「私は立花 桜です。一年生です」


「よろしくね!」


 すごく良い人だっていうのは何となく伝わってくる。先輩が幸さんと話しているのを後ろから眺めながら歩く。友だちと一緒に楽しい話で盛り上がってる方が先輩も楽しいから私が空気を壊すようなことをしてはいけない。だけど、この寂しさは何だろう?

 こういう時って不意に悲しくなったりする。理由は分かんない。先輩たちが悪い訳じゃないし、私が悪いことをしたわけでもない。なのに。


「メアちゃん!」


「コウちゃん? 待っててくれたら良かったのに」


 桜色のショートヘアで赤黒い瞳。この人もアイドルか何かしてるのかな? 顔も可愛いし、髪色と瞳の色が誰にもない個性を持っている。アニメに出てくる可愛い系の悪魔みたいな見た目してるし。


「青原くんも来てたんだ。そっちの子は?」


「立花 桜です。よろしくです」


「私は望無 芽亜(もちなし めあ)。よろしくね」


 先輩たちが三人で話している。私は先輩の後輩だし、友だちではない。先輩は私の知らないことを教えてくれるけど先輩のことは何も教わってない。幸さんも芽亜さんも先輩の色んなことを知ってるのかな? だとしたら嫌だな。だって先輩のことをいっぱい知りたいし、いっぱい知るために一緒に色んな所に遊びに行ったりお出掛けしたりしたいし。先輩から二人きりでお出掛けしようって誘われたとき凄く嬉しかった。私は先輩の何? ただの後輩なの? ただの後輩だから誘われたの? 嫌だ。そんなの嫌だ。私は先輩の特別になりたい。


「夏海先輩っ!」


「立花さん?」


 服をつまんで先輩を呼び止めた。勢いで何か言おうとしたけど、どれも言葉にするのが難しい言葉ばかりだ。それでも、それでも私は……


「今日は私とデートの約束なんですから! 放って置かないでください!!」


「……そうだったね。ごめん」


「そうだったの? そうとは知らずに声かけてごめんね! ボクたちはもう行くから楽しんで来てね!」


 芽亜さんの手を引っ張って走って行く後姿を見て気を遣わせてしまった事に罪悪感があった。今度学校であったら謝ろう。それに、先輩にも迷惑を掛けちゃったし。わがままな後輩でごめんなさい。


「じゃあ行こっか!」


 急に歩き始める先輩は何故かもの凄く笑顔だ。今まで見て来た先輩の笑顔よりもはるかに明るくて温かかった。


「桜! 早く行こ!」


「っ! はいっ! 夏海先輩っ!!」


 傍から見ればほんの少しだけ、とても小さな一歩だけど。それでも、私からすれば星にも届きそうなく

らい大きな一歩だった。先輩との距離はあとどれくらいあるのかな? 手を伸ばさなくても、少し動かせば触れ合える距離。そんな距離すら躊躇う私の手を握って微笑んでくれる。

 その笑顔は私に幸せをくれる。

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