第2話 色褪せない恋心

 人が恋に気付くとき、世界で一番綺麗な色の花が心に芽生えるって小説で読んだことがある。その花は好きな人との幸せが続く限り枯れることは絶対にないって。でも、幸せって養分が無いならその花はすぐに枯れてしまって二度と同じ花は咲かないんだって。先生たちにも花が咲いてるのかな? もしそうだとしたらずっと咲き続けて欲しいな。

 そんな小説みたいな物語が好きだから、今までも心のどこかで憧れ続けてたのかも。人が幸せそうに恋愛してるのを見るのが好きだし、恋愛小説みたいに人が結ばれていく様が大好きだし。この部活に入れば先生たちの話も色々聞けるかもしれないし。なら、ここの部活を断る理由が無い。小説書けなくても大丈夫って言ってたし、青原先輩も優しいからきっと楽しくやって行けるはず。


「本当にここの部活で大丈夫ですか? 色々と夏くん……青原くんが迷惑かけちゃうかもだし……」


「天野先生が助けてくれるんでしょ? 困ったときは何でも相談して良いって言ってくれましたよね」


「そうですけど……」


 やっぱり、小さい頃からずっと面倒見て来た幼馴染の弟だから心配になるのも無理はないよね。私がしっかりしないと、頑張って青原先輩のフォローを出来るくらいにはなりたい。何かの縁があってこの部活に入ったんだもん。やるからにはとことん頑張りたい。


「青原先生は天野先生と同い年ですよね?」


「ん? うん」


「いつから仲良くなったんですか?」


「ん~分からん。物心つく前からずっと一緒に居たから、気付いたら仲良くなってたみたいな」


「兄さんたちは昔からずっと仲が良かったんだけど、結愛姉も最近は全然遊びに来ないし」


 前までは遊びに行ってたんだ。天野先生も仕事から離れると普通の女性なんだし、イメージが違っても全然気にならない。そもそもイメージ通りだからむしろ安心した。

 そういうのって少しだけ憧れる。仲の良い先輩に仲の良い先生、プライベートで遊びに行けたら楽しそうだし。私も先輩たちと仲良くなって遊びに行けたりするのかな? 今日出逢ったばかりだけど、これからもっと仲良くなれるんだと思うと嬉しいな。教室でも誰かに話しかけて仲の良い人を作らないと。


「昔は海(かい)くんゆーちゃんって呼び合ってたのに」


「それ以上言うと赤点付けるぞ」


「僕が悪かった」


 私にもそういう人が居たら良かったんだけど。幼馴染なんて呼べる人は居ないし、近所に友だちが住んでるなんてことも無かった。中学で一番仲が良かった友だちはモデルのお仕事で海外に行っちゃったし。何もかもが羨ましく見える。


「小説……楽しいですか?」


「楽しいとはまた別だよ。小説って言うのは自分の欲望や理想論の塊なんだ。もしもこうだったら、こん

な世界があったらっていう欲望なんだよ」


「私も書いてみて良いですか?」


「っ! うんっ! 書こう!!」


 白馬に乗った王子様も人を繋ぐ赤い糸も、憧れたことは無かった。ありふれた日常の中の些細な幸せの積み重ねが大好きなんだ。出逢って惹かれ合って恋をする。一生を一緒に生きて行こうと決意できる強さと優しさ。今の私には先生たちが笑顔で話し合っている姿が眩しくて仕方がない。もし実在するなら何色だって良いから糸が二人を結んであげて欲しいって心の底から願える。それは先生だからじゃない、この世界で好きな人が居るのに勇気が出ない人の背中を力いっぱい押して大きな声で叫びたい『頑張れ!』って喉が潰れるまで応援し続けたい。優しい恋の色も、人の優しくて暖かい色も。きっと言葉や文字じゃ表現できないことを私は知ってるから感情として物語に残すんだ。その恋を結ぶのは二人だけじゃないことも知っているから。


「出来ました!」


 気が付けば窓の外は夕焼け空が広がって、オレンジ色の光が窓の外から部室を染めていた。私の書いた小説もとい理想論を先生と先輩たちが真剣な表情で読んでいる。なんか自分の欲望をそのまま読まれるのは凄く恥ずかしい。こんなこと思ってるなんて知って変な子だって思われないかな。


「立花さん! 来てっ!」


 部室に連れて来られた時みたいに腕を引っ張られて走り出す。今度はどこに連れて行ってくれるんだろう。疑問よりも楽しみとかワクワクの方が勝っている。この先輩は私の知らない世界や日々の小さな幸せをたくさん教えてくれそうだから。


「この桜は何色に見える?」


 ピンクだって答えようとした時に言葉が詰まった。朝に見た時は確かにそうだったんだけど、この桜の色を一言では表せないことに気付いた。白っぽいのも濃く色付いた花びらも様々で、そんな花びらに夕焼けのオレンジが差し込んでいる。照らされている所も影が出来ている所も、それぞれ色としては全然違う色になっている。これを一言で何色とは言えない。


「……分かんないです」


「そう、それで良いんだよ。僕は色を探してるんだよ。本物の色を」


「本物の色?」


「うん。恋の色や優しさの色、悲しい色や楽しい色。全部頭の中には浮かぶけど人によって違うし文章で表現できるような色じゃない」


「……」


 確かにその通りだ。絵と違って文章には限界があるのも普通に考えれば分かる話だ。でも、だからと言って表現できないままじゃ心の中にある本当に美しい色が誰にも伝わらずに終わってしまう。


「だから僕と一緒に探して欲しい。本当の色を」


「……私なんかで良いんですか?」


「立花さんじゃなきゃダメなんだ!」


 青原先輩が本気でそう言ってくれた瞬間に時間が止まったように錯覚した。風で舞い散る花吹雪も先輩の本気の顔も。他の部活の音も一切聞こえなくなった。まるで自分だけの世界に迷い込んだみたいに。


「……はいっ! これからよろしくお願いします!」


 先輩は私を選んでくれた。私はその期待にどこまで答えられるんだろう? ううん。出来ることを全力でするだけ。こうしてすごく喜んでくれる青原先輩の為にも私はこの部活で頑張って行くって決めたんだ。頑張れ先輩! 頑張れ私! 今出来る最大限の応援を心の中で何度も繰り返した。

 小説の最後の一文は、


『行く末長く続く幸せが、強く激しい風にも白く冷たい雪にも負けないくらいの思いの強さを私は信じています』


 部室に戻って来た時、先生が二人きりで何かを話しているのを見て反射的に隠れてしまった。私が書いた小説を読んで二人が何かを話している。少し悪いけど中を少し覗くことにした。


「海くんはこの小説どう思う?」


「すげえ綺麗な小説だと思う。心がすごく綺麗な子じゃないと書けないでしょこれ。ゆーちゃんはどう思う?」


「海くんと一緒だよ。凄く綺麗。夏くんの小説は寂しくて悲しい感じがするけど、立花さんの小説は背中を強く押して元気をくれるような感じがする。立花さんなら夏くんのことを支えてくれるはずだよ」


「そうだな」


 手を繋ぎながら窓の外の夕日を眺めている姿を見て心のトキメキが止まらなかった。なんて言うか、もの凄くキュンキュンする恋愛小説を読んだ後みたいな感じで。ゆーちゃんって呼んでたし海くんって呼んでた。どうしようこれ、入るタイミングとかじゃなくて心がキュンキュンし過ぎて足に力が入らない。顔が熱いし、心臓の音が他の誰かに聞こえるんじゃないかってほど煩かった。


「色褪せない恋心か……」


 心の奥底にある私の理想論が言葉として零れ落ちてしまった。

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