色付く心と桜色
幸永 芽愛
第1話 初めての連続
今日は特別な日。目覚まし時計よりも早く起きて新しい制服に身を包む。朝の身支度もいつもより念入りにする。いつもの二倍くらい鏡と向き合いつつ上手く整わない髪型を何度も整え直す。
「行ってきます!」
いつもより大きな声で家を飛び出して桜吹雪の舞う通学路を走る。目に見える何もかもが輝いて見える。桜の花びらが川に浮かんでいるのも、雲一つない青空の明るさも。何もかもが新鮮で初めての感覚。今日から私は高校生だ。何もかもが新しい生活に胸を弾ませて学校への道のりを走った。
校門には大きく『入学式』と書かれたプラカードが立てかけられていて、その周りには紙で作られた造花が飾られている。中庭に咲く桜も、青々とした芝生も、これから始まる高校生活の期待を大きくさせた。
「……?」
桜を見上げて微笑む一人の男の子。多分この学校の先輩だと思うけど、一人で桜を見上げて微笑んでいる。その姿が何故か特別に見えた。どう言葉にすれば良いのか分からないけど、一段と輝いて見えた。
そんな私に気付いたのか、男の子はこっちを向いてにっこりと微笑んで学校へと入って行った。日差しで顔は良く見えなかったけど、綺麗な茶髪がはっきりと見えた。もう一度逢えたら良いな。何となくそんな事を思った。特別な感情も何も無いけど。
って、こんなことしてないで早く教室に向かわないと。ほとんど全力疾走で教室へと向かった。この高校に友だちは居ない。中学の友だちはみんな別の高校へと行っちゃったから。だから、この高校で友だちが出来るか不安だ。他の子たちは中学が同じだったりしてわいわい楽しそうにしている。そんな輪に入って行けるはずもなく、自分の席で一人寂しく時間を潰すことにした。
「えーっと……」
自分の名前を探して席を確認する。立花 桜(たちばな さくら)。これが私の名前だ。お察しの通り春生まれで、誕生日は四月十二日。親が桜好きって言うのもあってこの名前になった。髪色も少し茶色っぽくて身長も高い訳じゃない。これと言って得意なことも無いし、これ以上ないまでの普通だ。
「……」
黒板から少し離れていることと両側の窓から離れていること以外は文句が無い。暇を潰せるものも無い。話せる人も居ない。幸先が悪すぎる。
「今から体育館に向かいます! 廊下に並んでください!」
今日は待ちに待った入学式当日だ。今日からこの学校の生徒として、高校生として歩み始める。中学も楽しかったけど、高校生は憧れでもあったから余計に楽しみだ。
「校長先生から新入生へ挨拶があります!」
最初は校長先生の挨拶からだけど、校長先生の話が長すぎる。校長先生の話だけで二時間も潰れた。その分他の先生の挨拶が驚くほど短かったし。でも、これで入学式も終わったし。後は教室に戻って部活見学にでも行こうかな。
体育館から教室へと向かう廊下も相変わらず一人ぼっちで寂しい思いをしつつ、中庭へ寄り道することにした。中庭に咲いてる桜が凄く綺麗だったから見ておきたかった。
「あ、さっきの……」
この学校に着いた時も居た先輩だ。さっきは顔も良く見えなかったけど、近くで見ると凄くかっこ良かった。さっきも見えたけど、綺麗な茶髪で少し寝癖が立っている。
「あ、こんにちは。新入生?」
「はい。さっきも居ましたよね?」
「うん! 桜が好きなんだ!」
桜を見上げて嬉しそうに微笑んでいる。自分の名前を呼ばれて好きって言われてるみたいで凄く恥ずか
しかった。
「君も桜が好きなの?」
「はい、私の名前でもあるんで」
「桜ちゃんか……すごく良い名前だね!」
なんて満面の笑みで言うから少し照れてしまう。きっと先輩はそう言う特別なことに鈍感な人なんだろう。
「先輩は何年生ですか?」
「僕は二年生、二年三組の青原 夏海(あおはら なつみ)だよ。よろしくね」
「夏海先輩……私は一年二組の立花 桜です」
これが私の人生うちで一番大きな出逢いだって今はまだ気付くはずもなかった。ただの優しい先輩だってその時は思っていたから。
教室に戻っても話す友だちなんて居ないから、何か時間を潰せないか辺りを見渡してみる。みんな部活の話で盛り上がってる中で、一人の女の子が音の子を見つめて頬を赤らめている。その視線に気づいた男の子が友だちに見えないように小さく手を振って女の子に合図している。そんな男の子を見て嬉しそうに口元を抑える女の子。そっか、中学から付き合ってる子もいるもんね。きっと、一緒の高校に通うために頑張ったのかな。
なんか、そう言うのって凄く憧れてしまう。大切な人とずっと一緒に居る為に悩んだり努力したり。高校生だから恋愛とかも普通になってくるのかな。
大切な人、私にもそう思える人が出来ると良いな。恋愛なんて今まで考えたことも無かったけど、無関心な訳じゃない。色んな小説を読んだりしても憧れたりする気持ちはある。でも、そんなの私なんかには無関係だし、そう言うのは物語の中だけだって決まってるし。だから、恋をしてる人たちの幸せそうな顔を見るのが大好きなんだ。なんて言うか、心が温かい感じがするし、こっちまで幸せになる気がするから好きだ。いつかきっと、私も物語みたいな恋が出来たら良いな。
「席に着いてください! ホームルームを始めます」
体育館に移動する前はよく見ていなかったから気付かなかったけど、すごく可愛い先生だ。身長も少し低いし、支えてあげたくなるような感じがする。
「このクラスの担任をさせていただく天野 結愛(あまの ゆあ)です。よろしくお願いします!」
きっとこの先生は良い人だと思う。何を言うにも全力で真っ直ぐ話しているし、きっと相談とかも真摯に受け止めてくれるに違いない。後で少し話してみようかな。
「えっと……血液型はA型で歳は二十二歳! 好きな事は恋愛小説を読むことです!」
顔を真っ赤にしながら話す姿は小動物みたいだった。きっと初めての担任ですごく緊張しているのかも知れない。
「何か困ったことがあれば何でも相談してください! 先生が何でも解決してあげます!」
この人は先生って言うよりも仲の良いお姉ちゃんみたいな感じで親近感が湧いてきた。クラスでは話せる友だちが居ないけど、担任の先生が優しくて良かった。それが一番の救いだ。
「この後は部活見学など自由にして貰って構いませんので! 色んな部活を見て回ってくださいね!」
そっか、部活考えてなかった。高校生にもなると色んな部活があるから迷っちゃうよね。とりあえず色々歩いて探し回ってみようかな。
「立花さん! 少し時間貰っても良い?」
教室に駆け込んできた青原先輩。私が返事をする前に腕を引っ張って教室から連れ出された。少し先生とお話ししたかったのに……
「どうしたんですか? 急用ですか?」
「うん! 他の部活に入られる前にうちの部活に呼んでおきたくて」
つまり強制入部って事だ。否定する間もなく部室に連れて来られた。他の部活も見て回りたいのに断り辛くなっちゃった。どうしよう、部室に居る他の先輩もこっちを見て目を輝かせてるし。
「ここって何部ですか?」
「ようこそ我らが文芸部へ!」
「文芸部? 何をするところなんですか?」
「言い方を変えれば小説部だよ。あ、難しく考えないでね! 普段はお菓子食べながら話し合うだけの部活だから!」
そんな部活アニメとかでしか見たこと無い。こう言うのって活動記録とか残さないとこの部活自体が消えちゃうって説明があった気がするけど。ここの部活も潰れるまで時間の問題なのかな。
「でも、私は小説なんて書けないし……」
「大丈夫! 居てくれるだけで良いんだ!」
「でも、活動しないと部活が……」
「大丈夫! 僕が書き続けてるから!」
なんで私はこの部活に勧誘されてるんだろう? 小説も書ける訳じゃないし、仲の良い人が居る訳でもない。この場に居る人たちを笑顔に出来る訳でも無いし。
「あれ? 新入部員? おかしいな……ここには新入部員なんてくる訳ないんだけどなぁ」
気だるそうに入ってきた先生が文芸部の顧問かな? 怒ると怖そうだけど、凄く眠たそうにしてるし、基本怒ることはなさそう。
「あ~っと、ここの顧問をしている青原 海斗(あおはら かいと)だ。よろしくな。って言っても多分
無理やり連れて来られたのかも知れないけど、他に入る部活が無いなら入ってやってくれ」
「は、はい……」
見た目とのギャップが凄い。スーツ着てるし、眼鏡も赤い淵のオシャレなやつだし、綺麗に整った真っ直ぐの黒髪でいかにも真面目そうな先生なのに話し方のギャップが凄い。
「前よりも顧問らしくしろよ! 兄さん!」
「学校では青原先生と呼べって何回言わせるんだよ。それと、俺が顧問らしくしなかった時なんて無い」
「え? 先生と青原先輩は兄弟なんですか?」
「あ~うん。出来の悪い弟だけど面倒見てやってくれ」
お兄さんが学校の先生をしてるってどんな感じなんだろう? やっぱり仲が良いから勉強とかも教えてもらえるのかな? 少し羨ましいな。
「立花さん? ここの部活に……あ」
「天野先生?」
青原先生を見た瞬間に動きが固まってしまった。それはもう石みたいに一ミリも動かなかった。顔も真っ赤だし、きっと体調が悪いのかも知れない。
「あ、結愛姉も来たんだ」
「もう! 学校では天野先生って呼びなさいって言ってるでしょ! 夏くんは昔からそうなんだから」
「結愛姉? 夏くん?」
「兄さんと結愛姉は幼馴染で、小さい頃からずっと遊んで貰ってたんだ」
青原先輩には仲の良い先生が二人も居て羨ましい。きっと勉強も捗るし成績も心配しなくて済むんだろうなぁ。良いなぁ。
「でも、青原先生と天野先生って仲が悪いの?」
「なんで?」
「目も合わせないし、話そうとしないし」
「あれは恥ずかしがってるだけだよ」
なんで恥ずかしがるの? 幼馴染って事は小さい頃からずっと一緒に居るって事だよね? 同じ学校を卒業して同じ学校で働いているのって良いことだと思うんだけど。あ、
「もしかして天野先生って青原先生のことが――」
「立花さん。それ以上は言わない方が良いよ」
「え?」
「去年そのことを言い過ぎたせいで二人の科目だけ評価が最低ランクになっちゃったから」
そんなに知られちゃいけない事なのかな? 私も成績が悪くなるのは嫌だからこれ以上は何も言わないようにしておこう。それよりも、なんで天野先生はここに来たのかな? 顧問でも無いし、私に用事があったのかな?
「天野先生はどうしてここに?」
「結愛姉はここの部活に遊びに来るんだ。たまにだけど」
「そうなんですね!」
「遊びに来てる訳じゃないんですよ! 違いますからね!」
必死に弁解する姿もどこか小動物っぽくて可愛いなぁ。こういう可愛い所も、真っ直ぐで全力な所も青原先生が天野先生を好きになる理由なんだろう。いつか二人が大好きだって言い合えあるようになるのを近くで見たい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます