田中と中田

中田「なぁ田中」

田中「なんだ中田?」

中田「鳩が歩いていた」

田中「そりゃ鳩だって歩くだろうさ」

中田「でも、せっかく羽を持っているんだ。飛ぶべきだろう」

田中「鳩だっていつも飛んでいたら疲れるさ」

中田「そうだろうか?」

田中「そうだろうさ」


中田「なぁ田中」

田中「なんだ中田?」

中田「僕も鳩のように空を飛びたいな」

田中「またそれか、いったい何回目だ?」

中田「おそらく二桁は行ったと思う」

田中「そりゃそうだろうな」

中田「飛べるかな?」

田中「浮くことは簡単だぞ」

中田「そうなのか?」

田中「あぁ」

中田「どうすれば良い?」

田中「駅前で大声でこの話をすればいい」

中田「ふざけてる?」

田中「いいやいたって真面目」


田中「なぁ中田」

中田「何?田中?」

田中「お前はもう走らないのか?」

中田「もう走らないよ」

田中「飛ぶことよりは簡単だぞ」

中田「でも走らないよ」

田中「本当に?」

中田「本当に」


田中「なぁ中田」

中田「何?田中?」

田中「あの詩、覚えてるか?」

中田「どの詩?」

田中「小学生の頃に習ったあの詩」

中田「だからどの詩?」

田中「たしか『みんな違ってみんな良い』みたいなやつ」

中田「タイトルは?」

田中「忘れた」

中田「忘れたか」

田中「で、覚えてる?」

中田「うん。覚えてる」

田中「俺たちは飛べないけど、俺たちでできることを探すべきなんだろうな」

中田「かもね」

田中「だろ?」

中田「でも、僕は飛んでみたいな」

田中「そうか」


中田「なぁ田中」

田中「なんだ中田?」

中田「なんでいつも『走らないのか?』って聞くの?」

田中「お前がまた走るところを見たいから」

中田「足ならいつも見ているくせに?」

田中「しっかり動いてないと見ごたえが無いんだよ」

中田「そうなのか?」

田中「そうなのさ」


田中「なぁ中田」

中田「何?田中?」

田中「なんでいつも『飛びたい』なんて言うんだ?」

中田「空を飛ぶのは人間の夢だからじゃない?」

田中「じゃあ飛行機で良いじゃん」

中田「自力で飛んでみたいんだ」

田中「じゃあ、バンジージャンプは?」

中田「あれは落下」

田中「スカイダイビング」

中田「あれは滞空」

田中「じゃあヘリ」

中田「だから自力が良いって」

田中「やっぱ無理か」

中田「無理だろうな」


中田「なぁ田中」

田中「なんだ中田?」

中田「僕、飛べたよ」

田中「本当か?」

中田「うん。夢の中でだけど」

田中「夢の中か」

中田「そう」

田中「どうだった?」

中田「人間だったら絶対味わえないような高揚感」

田中「へぇ、少し楽しそうだな」

中田「うん、僕は夢の中で自由自在に飛び回ったよ」

田中「おお、まさに鳩みたいにか」

中田「うん、でも最後は、落ちた」

田中「……」

中田「翼が取れた」

田中「……」

中田「いままで出来たことが突然できなくなる絶望を感じた」

田中「そうか」


田中「なぁ中田?」

中田「何?田中?」

田中「クイズしようや」

中田「クイズ?」

田中「そう、でもただのクイズじゃなくて、『鳩』に関するクイズだ」

中田「面白そう」

田中「だろ?」

中田「わざわざ考えてきたの?」

田中「うるさい、じゃあまず練習問題」

中田「よしこい」

田中「鳩は最高時速何キロで飛ぶ?」

中田「いきなり難しくない?」

田中「分かる?」

中田「分からないよ」

田中「答えは時速157キロでした」

中田「はやい」

田中「じゃあ練習問題第二問」

中田「次こそは」

田中「エジプトでハマームと言われているおいしい動物の名前は?」

中田「……流れ的に鳩?」

田中「正解」

中田「難易度の差」

田中「じゃあ本番いくぞ」

中田「嫌な予感」

田中「アメリカなどでよく使われた紳士の帽子はシルク?」

中田「それはハット」

田中「トランプの柄はスペード、クラブ、ダイヤ、もうひとつは?」

中田「それはハート」

田中「他人をひどく罵ること」

中田「罵倒」

田中「ボールを打つもの」

中田「バット」

田中「胸をでかくするもの」

中田「パッド」

田中「がんばれ!」

中田「ファイト」

田中「そろそろうざい?」

中田「うざいって言うかくどい」

田中「そうか……中田に教えてもらって……」

中田「……『ハッと』した?」

田中「正解!」

中田「うざい」


中田「なぁ田中?」

田中「なんだ中田?」

中田「初めて僕と競争したとき覚えている?」

田中「たしか、小学校の運動会だったっけな?」

中田「そう、僕が第一レーンで田中が第四レーン」

田中「そういえばそうだったな」

中田「あの頃は足の速さ、同じぐらいだったのにな」

田中「……世の中足の速さが全てじゃないから気にするなよ」

中田「……うん」


田中「なぁ中田?」

中田「何?田中?」

田中「中田は……」

中田「……何?」

田中「いや、何でもない」

中田「そうか」

田中「あぁ」


中田「なぁ田中?」

田中「なんだ?中田?」

中田「飛べるかな?」

田中「飛べないよ」

中田「本当にそうか?」

田中「人間なら飛べない」

中田「でもイカロスは飛んだよ」

田中「それはおとぎ話だからだよ」

中田「おとぎ話とか神話は当時、その話のもとになる事が起こったから話が作られたのじゃあないの?それなら飛べた人がいたという事も事実だ」

田中「じゃあ蝋燭が溶けて落ちた人がいると言うのも事実だな」

中田「……」

田中「だから、人間は何でもできるという傲慢さを棄てて、確実にできることをしっかりと行わなければならないよ」

中田「それじゃあつまらないよ、人間は日々成長しながら生きていっているんだ」

田中「『夢』と『現実』を履き違えるなよ」

中田「……」

田中「だから俺は中田が帰ってくることを待っている。これは『現実』で叶う事だから」

中田「……」

田中「ごめん、言い過ぎた」

中田「いや、大丈夫」


中田「なぁ田中?」

田中「なんだ中田?」

中田「鳩がそこにいる」

田中「本当だ」

中田「さっきからずっといるんだ」

田中「鳩も暇なんだな」

中田「鳩は良いよね」

田中「なにが?」

中田「存在」

田中「存在?」

中田「そこにいるだけで『平和の象徴』としてみんなの心の支えになる」

田中「なるほど、じゃあ鳩にでもなってみるか?」

中田「僕は飛べたらそれでいい」

田中「そうか」


田中「なぁ中田?」

中田「何?田中?」

田中「人間が飛ぶことなんて無理って解っているだろ?」

中田「解っているよ」

田中「じゃあなんで『飛びたい』なんて言うんだ?」

中田「夢だから」

田中「そんな夢捨てちゃえよ」

中田「この夢を捨てたら、何も残らなくなる」

田中「そうなのか?」

中田「そうなんだ」


田中「なぁ中田」

中田「何?田中?」

田中「もし、走るとしたら、いつ走れる?」

中田「もう走らないよ」

田中「もし、だ。もし、の話だ」

中田「だから、走らないよ」

田中「そこを何とか」

中田「……」

田中「どうか頼むよ」

中田「もう走れないよ」

田中「……」

中田「……」

田中「なぁ中田」

中田「何?田中?」

田中「嘘だろ」

中田「ほんとだよ」

田中「ほんとなのか」

中田「うん」


田中「なぁ中田」

中田「何?田中?」

田中「飛びたいか?」

中田「飛びたいな」

田中「そうか」


中田「なぁ田中」

田中「なんだ中田?」

中田「もう聞かないの?」

田中「あぁ、もう聞かない」

中田「そうか」


中田「なぁ田中」

田中「なんだ中田?」

中田「鳩が歩いていた」

田中「そうか」


中田「なぁ田中」

田中「なんだ中田?」

中田「君は走らないのか?」

田中「走りたくもないよ」

中田「そうか」


中田「なぁ田中」

田中「なんだ中田?」

中田「明日、飛んでたらごめんね」

田中「飛ぶのか?」

中田「もしかしたら」

田中「もう会えなくなるか?」

中田「かもね」

田中「そうか」

中田「そうさ」






中田「なぁ田中」

田中「なんだ中田?」

中田「走ることはほんとに無理なんだ」

田中「そうなのか」

中田「そうなんだ、でもね」

田中「うん」

中田「歩くことはできるかもって」

田中「そうなのか?」

中田「そうなんだ」

田中「本当か?」

中田「本当さ」

田中「じゃあもう飛ばないのか?」

中田「うん、もう飛ばない」

田中「そうか」

中田「そうさ」

田中「そうか」

中田「そうさ」

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