第4話 魔法の部屋

「そう。エレナ・ハドリーさんね。宜しくね」


 恰幅の良い女性はエレナに快活に話しかけた。カトリーヌの提案で、こちらの世界ではそう名乗ることになった。苗字と名前を入れ替えただけだが、意外としっくりきたことがエレナは嬉しかった。


「でも珍しいわね。カトリ―が友達を連れてくるなんて」


「来週、合成魔法の実技があってね。エレナが得意だって言うから、教えてもらおうと思って」


 カトリーヌはシチューを頬張りながらエレナに目を向ける。


「そ、そうなんです。カトリ―は優等生なのにね。教えて欲しいなんて、珍しいね」


 エレナはカトリーヌの合図を察して話を合わせる。


「そんな訳で、今日はエレナに泊まってもらうから。お母さん、部屋に入って来ないでね」


「はいはい、大丈夫よ。二人共頑張ってね。そうだ、折角だからエレナちゃんの合成魔法、見せてくれない?」


 屈託のない笑顔で母親が詰め寄ってきた。

 

「ダーメダメダメ!集中しないといけないんだから。そんな簡単に見せられません!」



 そう言いながら、カトリーヌはエレナの背中を押しながら自分の部屋へと駆けていった。

 

「ちょっと待ってね」

 

 カトリーヌはエレナに声を掛けると、自室のドアノブに手を掛け少しの魔力を注いだ。それを受けてドアノブには小さな文様が浮かび上がり、やがてカチャっと音を立てて鍵の外れる音がした。


「今のって、魔法で鍵を開けたの?」


 エレナは興味津々に問いかける。


「そうよ。正確には魔力を使ってドアノブの内部構造を作り替えたの。魔力の弱いイヴァンガルドではカンヌキ型の鍵も多くあるけど、私たちスタンガルドでは魔力による施錠のほうが一般的なの。さあ、遠慮なく入って」


 カトリーヌが扉を開けると、部屋の中はエレナの世界と似た至ってシンプルな女の子の部屋だった。淡いブルーの壁紙に、腰壁がアクセントになっている。壁付けのデスクの上にはいくつかの本や書類が積まれていた。その横にあるのはスタンドライト、のように見えたがコンセントの類は見つからない。反対の壁には大きな本棚が括り付けられていて、様々な本が整然と並べられている。


「ぬいぐるみとか、そういうの無いから。アクセサリは好きよ、それぞれ効果が違うのを合わせるのが楽しいもの」


 カトリーヌが笑う。


「私の部屋もこんな感じよ。落ち着けるわ」


 エレナは壁に掛けられた美しい魔法陣が描かれた絵を指で撫でた。見る角度によって赤から紫、そして青色へ変わる不思議な絵だった。興味深げに絵を眺めるエレナの後ろ姿を流し見ながら、カトリーヌは自分のベッドへ腰を下ろした。

 

「さて。じゃあ、本題に入りましょうか」

 

「そうね。私も分からないことだらけで疲れたけど、このまま眠ってしまうのは嫌。

 もう一度情報を整理しましょう」


 エレナは勉強机の椅子に腰を下ろし、カトリーヌをしっかりと見据えた。


「改めて…私は羽鳥英玲奈(はとりえれな)。日本という国の東京という街に住んで…いたの。家は雑貨店をやっていて、そうね、この家にあるような壺や本やタペストリー、不思議な雑貨を売っていた。昨日…だと思うのだけど、祖父から勧められた本を読んでみたの。装丁がとても綺麗な物語の本。言葉は分からなかったはずだったんだけど、読み進めるうちに内容は理解できた。その本には、多分ここの事が描かれていたんだと思う。そして、そこからは良く覚えていないの…。光に包まれたような感じで、気が付いた時は、あの学校だったわ」


 エレナは簡潔に状況を説明した。


「なるほどね。じゃあ、今度は私たちのこと。まず私の名前はカトリーヌ・ロックハート。カトリ―って呼んで。ソフィアも言っていたけど、同じ17歳。高校って言う組織がどんな団体か分からないけど、私やソフィアたちは同じ学園の生徒なの。ぶっきらぼうだった奴がダン。反対に物腰の柔らかかったのがセシル。彼は学年一の美男子。ってそんな情報はいらないわね。」


 カトリ―の冗談にエレナの表情が和らぐ。


「私とダンはここ、スタンガルド出身なの。セシルとソフィアは精霊の国ニングヘイムからの留学生ね。」


 カトリ―は器用に指を動かしながら、空中に魔法で島のイメージを出現させる。仄かな赤い光に、エレナは魅了された。


「エレナ、聞いてる?」


 カトリ―の言葉に、エレナはハッと我に返った。


「ごめんなさい。あなたの魔法が余りにも綺麗だったから」


「ふふ。ありがと。学校でも聞いたけど、あなたの世界には魔法が無いの?」


「勿論…って言っても、あなたたちには想像出来ないよね。私の世界には、こんな不思議なモノはないの。万物は科学で解明され、電気で機械が動き、生物は遺伝子レベルで解析されているわ」


 エレナは自分の世界の現実を思い出し、少し残念そうに答えた。


「あら。私たちの世界とそんなに違わないじゃない。ニングヘイムでも生物の遺伝子は研究されているし、機械を使って農耕もしてる。若者は学びの園で勉強して、卒業したら自らの魔力で生計を立てていく。電気も使う時はあるけど、非効率なの。魔力のほうが何倍ものエネルギーを生成できるから。」


 そう話ながら、カトリ―はデスクのランプに向かって魔力を放つ。魔力を受けてランプはその輝きを増した。


「私たちの世界は似ているけれど、違う理を持っているようね」


 カトリ―の言葉は、異世界にいても同じ人間なんだという事が伝わってくるようだった。


「ほら。私はいっぱい話したよ。あなたの世界の話を聞かせて。高校って何?学園みたいなモノでしょ?どんな場所?食べ物は何があるの?」


 カトリ―はエレナに顔を寄せる。


「ええ、そうね。じゃあ今度はまた私の話…」


 二人は夜が更けるまで、互いの世界の事を語り合った。

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