第3話 夕暮れの教室

「で、突然空からこの子が落ちて来た、と」


美しい銀色の髪をかき上げながらセシルはダンに確認を求めた。


「人間一人をそのまま飛ばす転移魔法なんて高度ね。少なくとも私たち学生レベルの魔法じゃないわね」


隣に座るソフィアが会話を繋ぐ。指の先程の小さな竜巻を作っては、小さな風を少女にぶつけて遊んでいる。


「ああ。落ちてくる時、確かに空には黒い穴が開いていた。空の上からじゃなく、別空間から急にって感じ。あれは転移魔法だろう」


ダンとカトリーヌは、学校の空き教室に少女を運び込んだ。そして、同級生のソフィアとセシルに助けを求めていた。


「俺とソフィアの故郷、ニングヘイムにも転移魔法は勿論あるよ。ただ、ニングヘイムは精霊の国だからな。協力な魔法を使うには精霊を触媒にする。空の穴にその片鱗が見えなかったのであれば、俺たちにも分からないな」


セシルは魔法で掌に精霊たちのイメージを出現させながら答えた。


「そっかぁ。私たちスタンガルドの魔法でも、あなたたちニングヘイムの魔法でも無いかぁ。一体、どの国の転移魔法なんだろう」


カトリーヌは大きく息を吐きながら天を仰いだ。四人は各々に思考を巡らせるが、答えは出そうになかった。その沈黙を破るように、机の上に寝かされた少女が意識を取り戻した。


「う、ぅぅん…」


一同は咄嗟に後ろに飛びのき、魔法陣の盾を作り出す。ダンは少女に向かって声を掛けた。


「おい、お前!大丈夫か?」


「…何?誰?どこなの…ここは?なんか…頭がボーっとするわ」


少女はしっかりとまつ毛の乗った大きな目を瞬かせながら周りを見回した。やがて、どこかの部屋にいること、そして四人の青年たちが自分を警戒していることに気付くと彼女もまた、四人に警戒の目を向けた。

 

「あなたたち、誰?」


「お前こそ、誰なんだよ」


ダンが答える。


「てか、さっきのこと覚えてないのか?」


「さっきの事ってなに?私、自分の部屋で本を読んでいたの。…まさかあなた達、強姦とか?私、汚れちゃったの!?」


少女はパニックになった。それを見て、セシルは魔法陣を解き、少女に向かって笑顔を投げた。


「ごめんごめん。そんなんじゃないよ。この二人が言うには、君はこの近くの森に、空から降ってきたらしい。僕たちは君を心配して、介抱していたんだよ」


セシルの笑顔と、警戒を解いた姿に少し安心したのか、少女も肩の力を抜いた。


「セシル!魔法陣を解いたら危険よ!」


ソフィアが忠告する。


「大丈夫さ。彼女の動きを見ただろう?意識を取り戻して僕たちを確認しても、無意識に魔法陣を展開しなかった。攻撃の意志は無いよ」


セシルは少女に背を向け、ダンたちに向かって両手を広げた。


「それも…そうね」


ソフィアもセシルに倣って警戒の意志を解いた。ダンとカトリーヌも、それに続いた。セシルは改めて少女のほうに向き直り、会話を続けた。


「っていう事なんだ。君を介抱はしたけれど、誰か分からなければ助ける事も出来ないし、ある程度は警戒していなきゃいけない。君の事を教えてくれないか?」


「私の事って…。いいわ。でも交換条件よ。まずここがどこか、教えてくれない?」

 

少女は四人に向かって姿勢を整え、真っ直ぐに見据えた。少しの沈黙の後、カトリーヌが口を開いた。

 

「ここは知を司る国スタンガルドよ。そして今いるのは私たちの学校ノヴァリアの中」

 

「スタンガルド?ノヴァリア?何を言っているの?ここは東京じゃないの?」

 

少女は混乱しているようだった。

 

「そういえば、オカルト系サイトで見たことある。電車でうとうとしていたら、いつの間にか違う県の知らない場所にいたって…」

 

少女はどうやら状況を整理しようとしているようだった。

 

「何ブツブツ言ってんだよ。ほら、こっちはちゃんと答えたぜ。で、お前は誰なんだよ」

 

ダンがぶっきらぼうに話を戻した。

 

「私は…英玲奈。羽鳥英玲奈。十島高校の2年生よ。17歳。って言っても、あなたたちの服装を見る限り、高校って言葉が伝わるか怪しいわね」

 

英玲奈はまじまじと四人の服装を見直した。制服のように統率はされているものの、肩や腰に付けたアクセサリらしきものは様々で、ブランド品には見えなかった。

 

「エレナ…さん?私たちも同じ17歳。安心してちょうだい」

 

ソフィアが努めて優しい声で語りかけた。

 

「けどあなたの言うように、大分文化の違いはあるようね。それに、トウキョウ?どこの都市だろうか。ダウニーヘイム?イヴァンガルド?」

 

「だうにー?いばん?全然分からないわ…一体どこなの、ここは」

 

エレナは、ますます混乱しているようだった。

 

「まあ良いわ、きっとここはあなたの知らない国よ。じゃあ、また教えて欲しいんだけど、転移魔法は自分で使ったの?」

 

ソフィアは先ほどと変わらず、穏やかな口調で話しかける。

 

「転移魔法?…魔法?冗談でしょ。ファンタジー小説じゃないんだから」

 

からかわれていると感じたのかエレナは少し強い口調で返した。

 

「あなたこそ…何を言っているの?まだ頭が混乱しているのかしら。魔法は出せる?どんな魔法でも良いわよ」

 

ソフィアは試しに胸の前に小さな魔法陣を作り、そこから更に小さな妖精のエフェクトを作って見せた。

 

「嘘…でしょ?本当に魔法なんて…うぅ!うぅぅぅ」

 

突然、エレナの脳内に衝撃が走った。その場にしゃがみ込み、頭を抱える。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

四人はエレナに駆け寄る。

 

「魔法…スラブレー…アビス…」

 

エレナの口から言葉がこぼれる。

 

「おい!お前!エレナ!」

 

ダンはエレナの肩を掴んで体を揺すった。

 

「大丈夫!やめてって。大丈夫よ」

 

エレナはダンを振りほどいて一歩後退った。

 

「もしかしてこれって…さっきまで読んでいた本の中…なのね」

 

エレナはひとりごちたのか、再びゆっくりと立ち上がった。

 

「大丈夫。全然受け止めきれないけど理解はしたわ。ここは、魔法の世界なのね」

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