9 解放と希望の歌
収束していく魔法の光。
自分の声がよく聴こえない。それでも、喉を空気がいっせいに通り抜けて空気を震わせているのがわかる。
わたしやっぱり、あの影を、あの人をこんな形で、魔物みたいに倒してしまいたくない。
痣がうずく。なんだか、あの人と呼応しているように感じられる。
ううん、呼応しているんだ。わたし、わたしまた影に同情しちゃってる!
でも、でもどうしようもない。頭でわかってても気持ちを割り切る事が出来ない。
魔法の光が揺れた。
発動できる、今だ!
魔法を放とうと意識を向けた瞬間に、収束していた光が一気に弾けた。
その光がいく筋も矢のようにきらめき、影へと飛ぶ。
ううん、正確には影を燃やし尽くそうとしている炎へと。
尾を引いて落下した矢が炎と風を切り裂き消して行く。
「リリア、お前ッ」
「ユウタ力を貸して! お願い! ジュンもお願いだから! あの人を歌で助けたいの!」
ユウタは驚いた顔をしたけど、すぐにメロディを奏で出した。
厳しい顔のジュンの腕もわたしを離し、後ろを振り返る。
そこには、炎と風から自由になった影が揺らめいて人型に戻ったところだった。
——ウオォォォオォォォ……
泣いてる、あの人泣いてるよ!
助けを求めてるんだよ!
もう助からないなんて嘘だわ、だって、わたしを引っ張ったあの人は、わたしの歌で少しだけど哀しみが和らいでいたもの!
「お前ッ……!」
「影の苦しみは歌で和らぐの、フィオ!」
わたしを殺しそうな目でにらんできたフィオに叫び返す。
そのわたしの声に一瞬だけ、フィオの気が影からそれた。
影がぞろりと動く。その姿が崩れてこちらへ弾けた!
「シーナ!」
ジュンの叫び声。
ダンジョンにいた時とは速さが全然違う。あっという間に目の前に迫ったそれは、シーナの魔法障壁に一度弾かれた。
シーナのくぐもった悲鳴が聞こえ、その背がよろめいたと同時に、魔法障壁がかき消える。
ふらつくシーナに駆け寄るジュン。その二人に向けて再び弾けようとふくらむ影。
そして、わたしの手を離して、歌いながらその2人を庇うように前に出たユウタ。
影が弾け飛び、一番前にいるユウタへと飛び出した!
ユウタの身体を包み込んだ魔法の光と影が衝突する。
蟲の時と同じように光は影を弾いたけれど、そのまま張り付くようにしてユウタの光を押して行く。
その向こうから駆けてくるフィオの姿。
でも、薄い光を隔ててほとんどユウタに張り付いてる影に攻撃出来ないでいる。
「ユウタ!」
苦しそうに歪んだユウタの顔。
このままじゃユウタが、ユウタまで影に引っ張られちゃう!
「リリア待って!」
鋭いシンディーの声が上がったときには、わたしはもう駆け出していた。
もう無我夢中だった。ユウタを助けなきゃっていう気持ち以外の感情が吹き飛んだ。
影に引っ張られた時の想像を絶する苦痛も。
「ユウタに触らないで! こっちよ!」
叫んでユウタから少し離れた場所で立ち止まる。
ユウタはだめ、絶対にだめなんだよ!!
そこからはまるでスローモーションのようだった。
影が一瞬揺らめき、膨らむ。こっちへ狙いを変えたのが肌でわかった。その事に全身から冷や汗が吹き出す。
わたしを見たユウタの焦った顔。
上空に飛び出し、一斉に弾けてこちらへと飛びかかってくる影。
ユウタがわたしを呼ぶ声と、目の前に立ち上がったフィオの風の壁。
そこへぶつかる前に姿をひるがえし、ユウタへと向きを変えて一直線に飛ぶ影。
「——う、ああぁぁぁぁぁッ!!」
「いやぁッ、ユウタッ!!」
わたしを呼んだせいで魔法の光が途絶えたユウタに、一斉に影が集結して行く。
その影はユウタの半身を包むようにして取り憑き、徐々に人型に戻り始める。
その影の中で、今までに見たことのない苦悶の表情で悲鳴を上げるユウタ。
いや、ユウタどうなっちゃうの!? 怖い、怖いよ……!!
ユウタの腕や首、顔にみるみる間に赤黒い痣が広がり始める。
腕だけで済んでいたわたしとは比べ物にならないスピード!
このままじゃユウタが死んじゃう!! それも、わたしが、わたしが余計なことしたせいで!
歌わなきゃ、そう思ってハッとする。わたしが攻撃しちゃだめなんだ。ユウタは影に引っ張られた。
つまり、影を倒せばユウタも死ぬ。
「ユウタ、ユウタ歌ってぇ!!」
力の限りに叫ぶ。そのわたしの声に、ユウタは辛うじて視線を向けた。
その瞳には、涙が浮かんでいる。
苦痛と、そして悲しみのためなんだろう。
「ファルニア……手伝って、くれ……ッ」
「う、うん!」
歌のサポートなら大丈夫、そう信じたい。
お願いユウタを助けて!
メロディをさっとハミング。痣に侵されて行きながらもユウタがしっかりと頷いたのが見えた。
同時に大きく息を吸って、二人で喉を開いた。
「夜明けに無数の光あふれて
今目覚めた鳥たちが世界を謳い
どこか……」
ユウタのソロ曲。
希望にあふれた歌。
苦悶しながらもユウタの声もはっきりと聞こえて、わたしたちの身体から魔法の光が一気にあふれ出した。
その光に触れて、驚いたように影が身動ぎする。でも、ユウタをつかんだ手は離さない。
影には顔なんてものはない。それでも、戸惑っているのがなぜかわかった。
「季節は巡って止まることなく
ただ過ぎゆく景色に身をまかせては
遥か遠い故郷の
香り感じている
翼広げて異国の夢を求めて
もう戻らないものをつかもうとしている」
ゆっくりとユウタへ歩み寄る。
ユウタが苦しんでいる。その姿に胸が潰れそうになったけれど、今は我慢。
痣は広がるのを止めてる。やっぱり、歌は影に効果があるんだ!
ユウタに並んで、その左手を痛む右手で握る。涙で濡れた瞳が揺らめく。
頬を伝った雫が自分のものだってことに気づいたのは、一瞬後のこと。
影は魔法の光に包まれ身をよじっている。けれど、もがき苦しんでいるようには見えない。
苦しいのは苦しいけれど、それが薄れているような。
ねぇユウタ、わたしも一緒にやるよ。
今までだってずっと一緒にやってきたんだもの。今度も一緒にやろう。
すっとわたしが伸ばした手を見て、ユウタの目が見開かれた。でも、あえて無視。
そのまま、空いた手で影の腕に触れる。
「________ッ!!!」
一気に流れ込んでくる影の苦しみと悲しみ。
孤独、そして助けを求める悲痛な声にならない叫びと悲鳴。
その深淵の苦しみが、わたしの左手指に新たに痣を形成した。
だけど一度引っ張られた、あの時とは違う。
比べるものじゃないのかもしれないけれど、苦しみも悲しみも和らいでいる気がする。
ううん、歌うごとに明らかに和らいでいる。それに、わたしの指から先に痣は広がって来ない。
わたしもこの人に、多少なりとも引っ張られた。だから、二人でなんとかしなくちゃいけないんだ。
これで一緒に思いっきり歌える。
「……消えゆく
この想いは色あせることなく続く
どこか懐かしい色
今日が終わっていく
いつでも聞こえる君の歌声だけ
胸に抱きしめて歩いて行きたい」
まるでわたしたちは三人で輪になって手を繋いでいるような格好だった。
辛かったよね、今までずっと痛くて苦しくて、でも誰も助けてくれなくて寂しかったよね。絶望したよね。
でも今は、わたしとユウタがいるから。
一緒に、歌ってみない? わたしのこの言葉届いてるかな?
ねえ、一緒に歌おう。今までの苦しみも痛みも辛さも全部全部、わたしとユウタとあなたとで分け合おう。
「……あるものを世界に響かせよう
遠く近く触れる想いに
いつかたどり着きたい
悲しみが、苦しみが、痛みが、寂しさがうすれて行くのが感じられた。
同時に、ユウタの半身を覆い尽くしていた痣が引いて行く。
大丈夫、そんな根拠のない確信が胸の中に広がった。
(——あなたが自由になるまで一緒にいるから)
影が揺らぎ、その真っ黒な色がどんどん抜けていく。
その中から現れた輪郭は、人だった。輪郭が揺らいで容姿はよくわからないけれど、体格から見て茶色い髪の男性に見える。
気のせいだったのかもしれない。でも、ぼやけた顔が、それでも微笑んだ気がした。
「翼広げて異国の夢を求めて
もう戻らないものをつかもうとしている
遠く輝く空の果てから
いつも歌う君へ届けと」
ユウタと顔を見合わせ頷き合う。
徐々に男性の姿も薄れ、わたしがつかんでいるはずの彼の腕の感覚もなくなっていく。
そして最後のフレーズを歌おうと息を吸った瞬間に、空気に溶け込むようにその姿がきらめきながら消えはじめた。
かすかに歌声が聞こえたと思ったのは気のせいだったのか。ううん、きっと一緒に歌ってくれたんだ。きっとそう!
つかんでいた手が空を切る。目の前の空間にはもう誰もいない。
わたしの左手の痣も、ユウタの痣も綺麗になくなっている。
良かった、自由になれたんだ……。
最後にユウタの声が、優しく空中へと溶けこんだ。
「いつまでも自由で豊かな旅は続く」
挿入歌「昇る陽の讃歌」https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054893145556
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます