STEP4
1 怒りの発露
人の姿に戻って消えていった影。
やっつけた!とかそういう感情は全く浮かばなかった。ただただ、良かったと胸をなで下ろす。
「リリア、さんきゅ」
まだ繋がったままだった手をユウタが優しくにぎり、笑う。
それにつられて、わたしにも自然と笑みが浮かんだ——けど、それは一瞬だった。
ユウタの顔から急に力が抜けたように表情がなくなり、その身体が揺らめく。
ぐらりと傾いだ身体は、急に力を失ってこちらへと倒れ込んで来た。
「ユウタ!?」
必死で支えようとしたけど、細身な方とはいえユウタも男子。わたしが支えられるはずもなく、彼の身体を抱えるようにしてわたしも倒れ込む。
もつれるようにして地面へ落下するわたしとユウタ。その身体は、地面すれすれでなにかふんわりしたものにくるまれ、優しく地面へと下された。
きっとフィオの風だって思ったけど、今はそれどころじゃない。
地面に横たわるユウタは、ぐったりしていて顔色が悪い。
その姿に涙が込み上げる。
呼びかけてみても返事がない。
さっと駆け寄って来てくれたシンディーも、ユウタの肩を叩きながら名前を呼んだ。それにも反応なし。
「シンディー……」
「大丈夫、息はしてるよ」
ユウタの口に顔を寄せて、シンディーが頷く。次に、ユウタの首筋に手のひらを当て、手首に触れて脈を診る。
「うん、大丈夫そう」
「良かった……」
影に引っ張られた後、わたしも長いこと気を失ってた。きっと、ユウタもあの時のわたしと同じように気を失ってしまっただけなんだよね。
大丈夫なんだよね?
足音。
ジュンとシーナがやってくる。そして、フィオも。
フィオの目は、まだ怒りに満ちあふれている。
ユウタの側に座り込むわたしの前に、フィオの長身が立った。
次の瞬間、なにか思う間もなく耳元で大きな破裂音が響いて、身体が投げ出される。
「————っう……」
はじめに感じたのは、地面にぶつけた痣に覆われた右腕の痛み。
フィオに力任せに叩かれたんだって気がついたのは、遅れてやってきたほおの熱と痛みを自覚してからだった。
「ひゃッ!? フィオなななにするの!?」
動揺したシンディーの声。それでも、彼女の腕がわたしを助け起こしてくれる。
その腕に支えられながら、わたしは自分が意外なほどに冷静なことに気付いた。
フィオがわたしを叩いた理由なんて、わかってる。
「貴様、その甘っちょろい同情とやらで仲間を殺す気か」
フィオの言葉は予想通りだったけれど、なにも言えない。
本当にその通りだ。
わたしはあんな事をするべきじゃなかった。そうしたら、ユウタもこんな目に遭わずにすんだんだ。
でもそれだと影は、あの人は救われなかった。その思いもわたし一人の思い込みかもしれない。
結局、あの人を消滅させるという結果は変わらないのだし、救われたかどうかなんで知りようもないんだから。
でも……でも、あの人笑ってた。
あれは、わたしの思い込みなんだろうか?
「ごっこ遊びしか出来ないなら冒険者なぞ辞めろ。反吐が出る」
「けどさ、結果的には無事だったじゃない!」
わたしの肩を抱いて、庇うようにシンディーが叫び返す。
じろりと彼女を睨んだフィオの瞳は、刺すように冷たい。
「結果論なぞなんの役にも立たん」
「そうね。今回は上手く行ったように見えたけど、次はわからない。ユウタはこんなことになっているし、毎回命がけで戦うなんてリスクが大きすぎるわね」
わたしの横に歩み寄って来たシーナが、フィオに向き合う。
「だからと言って、どう考えても自分より歳若くて弱いリリアを、あなたがあんなにも感情をあらわにして叩くなんてらしくないわ」
フィオの眉が動いた。二人の間に、剣吞な雰囲気が立ち上る。
「なにが言いたい?」
「あなたは影に、なにか大きく感情を揺さぶられる原因を持っている」
フィオは答えない。苦々しく歪めた顔をシーナからそらし、何事か毒づいただけ。
今までのフィオの態度からして、答えない時はそれが答えだ。
「それはただの八つ当たりと言うのよ」
「————ッ」
フィオの褐色の肌でもそうだとわかるくらい、一瞬にしてほおに朱がさした。
ぐっと衝動を抑えるかのようににぎられた拳が、微かに震えている。
「……くそったれが」
絞り出すような声でそれだけ毒づいたものの、その拳がシーナを殴ることはなかった。
フィオは影にどんな思いを持っているんだろうか。その思いがあるからこそ、見ず知らずのわたしを助けて、影を狩ろうとしているの?
「少し顔が腫れているわね。リリア、大丈夫?」
「う、うん……」
聞かれて首を縦にふったものの、ほおはじんじんと痛んでいる。
でも、ユウタはもっと痛かったし辛かった。だから、これくらい……。
「あっ、フィオ……」
戸惑ったようなシンディーの声に視線を向けると、フィオがわたしたちに背を向けるところだった。
「フィオ! 待って!」
慌てて立ち上がり、後を追う。
「フィオ、ごめんなさい」
「それは俺に言うことじゃない」
ちらりとふり返った彼女の瞳が、ユウタへと向けられる。
そうなんだけど、でもフィオが怒るのもわかる。わたしは簡単に同情しすぎだ。あんなに、同情するなって言われてたのに。
そうは言っても、感情があふれてどうにもならないのも事実。でもそれはわたしの問題。
その問題でみんなを危険に晒していいわけない。
「あいつは体力を根こそぎやられてる。少し時間がいるな」
そう告げたフィオは、もういつものフィオに戻っていた。
「水と食料をあるだけ出して分けろ。言っておくが、早めにカタをつけねぇと、リリアだけじゃなく俺たちも干からびて死ぬ」
そっか、水……!
水も食料も、わたしフィオの分をもらったんだ。その分、フィオも不利になるのに。
「俺は影を捜す」
風が吹く。その風はピンクの草原を揺らし、オレンジの雲を押し流しながら吹いていく。
わたしのために影を探してくれてるんだ。
「ありがとう」
「お前のためじゃない」
吐き捨てるようにそう言ったフィオは、わたしに背を向けてしまった。
わたしのためじゃないなら、誰の、なんのためなんだろう。見捨てるのは寝覚めが悪いから自分のためだって言いたいのかな?
でも、その意味がどうであれ、フィオはわたしを助けてくれる気なんだ。あんなことをしでかしたにも関わらず。
フィオは、大人だ。だってただでさえわたしたちより長く生きてるはずなんだから。
そんなフィオから見たら、わたしなんて本当に腹立たしいんだろうな。
だけど、フィオ。本当にありがとう。
◆ ◇ ◆
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