8 風と炎と幻影
「フィオ、影はどこに?」
寝起きではあるけれど、みんなの準備は早かった。すぐに身なりを整え、荷物を一箇所に集めて置く。
「あっちだ」
フィオが指差した方向に視線を向けるけど……わからない。
「あれか……」
「あ、ほんとだ」
影をすぐに見つけたのはユウタとシンディーだ。この二人はなんというか、こういうの得意だよね。
ユウタは
うちのパーティには
「リリア、傷は痛むか」
「え……うん、痛むけど、さっき影と対峙した時と比べたら全然……」
そうなんだよね、影が近くにいるにしては痛みが少ないような気がするんだ。フィオは、影との距離が痛みに関係あるって言ってた。近づけば近づくほど痛みが増すって。
そうだとしたら、おかしい。
「やはりか。確証はなかったが、風の感じからしても、あれはリリアを引っ張った奴じゃないな」
「え……じゃあ別の……」
時空の狭間に取り残されて、影になってしまった人……。
「見えたわ」
シーナの声にもう一度目を凝らすと、今度はわたしにもその真っ黒な姿が見えた。
ふらふらと歩くその姿は、まるで傷を負っているかのようだ。
ううん、傷を負っているんだ。いつまでも終わらないあの痛みと悲しみでズタズタにされている……。
影がゆっくりとこちらへ歩を進めて来る。
ここは世界の外。わたしたちも、一歩間違えばああなってしまうんだ。
「リリア。同情するな」
「だって……!」
わかってるよ、わかってるけど出来ない。
だって人だったんだよ。わたしたちと同じ人だったんだよ⁉︎
「ああなっちゃ、もう助かる術はない。葬ってやるのが一番いい。あいつらの苦しみを味わったお前ならわかるだろう」
「うん……」
わかる、それはわかるよ。
あんな苦しみがずっと続くのなら、いっそ殺された方がマシだ。気が狂いそうなあの深淵の苦しみ。それは気が狂ったところで終わらないんだろう。
「お前の薄っぺらい同情なんざ、なんにもならねぇんだよ」
「おい、もっと言い方あるだろ!」
「ないな。これは事実だ」
思わずといった感じで声を上げたユウタに対して、フィオは顔色ひとつ変えない。影をじっと見つめたまま冷静に返して来る。
そうなんだけど、そうなんだけどさ……。
「防御魔法が使える奴はいるか」
「私が」
軽く手を上げて応えたシーナに、フィオが頷く。
「展開しておけ、あいつに触れられるとリリアと同じように呪いを受ける。そうなったらかなり、厄介だ」
「ええ、わかったわ」
「ユウタ、リリア。二人も歌で発動させられるね?」
ジュンの確認に、頷く。
「そうだな。発動できるか確証はないけど、一度出来てるんだからやる価値はある」
「う、うん。やってみる」
そうだ、一人の時だって防御出来てたじゃない。できる、きっとできる。
ユウタを見上げると、しっかりと頷きを返してくれた。
うん、大丈夫。二人で歌えばできるよね。
「シンディーと俺は下がっていよう」
ジュンの顔は珍しく苦々しい。
それはそうだよね、ただでさえシーナを前に出すのに、そのシーナを守ることが出来ずに守られるだけなんて悔しいよね。
でも、そうするのが一番いいっていう判断ができるのがジュンだ。かっこつけて無理しようとしない。
そういうとこが、きっとジュンのかっこいいところだ。
「奴は俺が狩る。風にも守らせるが、狩る段になったらそっちに力を使うから守れないかもしれない。貴様らの身は貴様ら自身で守ることだ」
影が近づいて来るのが見える。きっとわたし達がここにいることに気づいてる。
「いいか。ダンジョンで会った時よりもここでは素早い上に幻覚を見せることもある。騙されるな。同情して引っ張られるな。なにがあってもだ」
幻覚⁉︎ なにか影に同情するような幻覚を見せて来るんだろうか。
幻覚だってわかってても、同情しないっていう自信がない。
「特にお前だ、リリア。下手にあいつの苦しみを知っている分引っ張られやすい。おい」
フィオが顔を向けたのはユウタ。
お前が引っ張られないように守れ。引っ張られそうになったら引き戻せ。ぶっきらぼうにそう言ったフィオに、ユウタが硬い顔で頷く。
「任せろ」
「ユウタ……」
フィオにも、ユウタにも、きっとみんなに心配かけてる。わたし、本当に一人じゃなんにも出来ない。
でも、だから頑張らないと。
同情しないって断言は出来ないけど。でも、あの苦しみを終わらせてあげることが、フィオの言う通りきっと一番いいんだ。
そのために、わたしは同情せずに頑張らなきゃ。
影の姿がゆらいだ。その形を崩しながら、草原の上を滑るようにこちらへ向かって来る。そのスピードは、わたしたちが全力で走るよりも速い。
本当だ、ダンジョンで会った時はあんなんじゃなかった!
ユウタの声がメロディをつむぎ出す。キラキラと光を発するユウタの隣で、わたしも影を見つめて喉を準備した。
影からみんなを守るんだ、わたしの歌を盾にするんだ。
そうだ、蟲だって魔物だって弾けたんだもの。きっと影だって大丈夫。
「天地の理を反転し我が内よりその力を顕現し固定す——守護防壁陣!」
前に出たシーナが素早く呪文を唱えた。途端にシーナの前方に青い光が現れ、わたしたちを取り囲むように半円状に広がった。そのまま、その輝きが固定される。
シーナはこの魔法防壁を維持する限り、ずっと魔力を流し込んでなきゃいけない。シーナのためにも早くしないと。
影がどんどん迫って来る。フィオが防壁から抜けた。風が吹いて、その風に押されるようにフィオの足が動く。
駆け出した。
わたしも、頑張らなきゃ!
「あなたの手を取り歩いた
日々が遠く近く聴こえている
明日がくることが怖くて
歩けない時には思い出して」
キラキラとした光が身体からあふれる。まだ魔法は発動してない。
影はもう目前まで迫っていた。そこへフィオが突っ込むと同時に風が吹き、影を絡め取るように白い暴風が吹いた。
影を握りつぶすかのように風が渦を巻く。
フィオが腕を振るのが見えた。その瞬間に、ぼう! と音が響いて炎が風の渦に乗って吹き上がったのが見えた。
一拍遅れて、熱風が押し寄せて来る。
フィオの魔法だ! やっぱりフィオ自身も魔法を使えるんだ。
炎の中はよく見えない。それでも、影はかすかに赤黒く見えている。そのシルエットは、風と炎で崩れかかっていた。
それでも、崩れても崩れても人の形に戻ろうと————。
「わたしと過ごした他愛ない日々は
きっとあなたを守る盾となる
愛がその胸にある限り」
いけないとわかっているのに胸が痛む。
あんな姿になって、苦しくて辛くて悲しくて痛くて、それなのにさらに攻撃されて死ぬしかなくて。
もう人ではないと言われて、それでも人の姿に戻ろうとする。それは、やっぱり人だからなんだ。自分は本当は、人だったと知っているから。
ああ、どうしよう。悲しい。
これしか助ける術がないなんてそんなの悲しいよ!
————ギャアァァァァァァ……
突然、あたりに悲鳴が響き渡った。それは鼓膜を震わせたというよりは、頭の中に直接響いて来るような悲鳴だ。その悲鳴はおさまるどころか大きくなっていく。
びっくりして耳を押さえたけれど、小さくならない。
なに、これ。あの影の悲鳴なの!?
ユウタがわたしの顔を見て、左手をつかんだ。
ねえ、ユウタ。ユウタにも聞こえてるよね!?
「……翼をたずさえて
飛び立とうともがく雛鳥のように
危うい優しさが時には
傷を付けることもあるけれど
あなたと過ごした他愛ない日々は」
ねえ、あなたはどうして時空の狭間をさまよってたの?
どうしてこんなことになっちゃったの?
こんなに悲しいことになっているのに、それはあなたのせいじゃないのに、こんなに救われない結末ってあるの?
この人はいろんなものと別れ、失ったのに。
「リリア、しっかりするんだ」
目の前にジュンが立つ。ジュンの向こう側では、吹き上がる炎とそれに潰されていく影と、響き渡る悲鳴。
フィオと吹きすさぶ風。
潰されようとする影と重なるように、一人の男性の姿が見えた。その人は、泣きながら時空の狭間をさまよっている。
その口は、ずっと誰かの名前を呼んでいる。おそらくは、大切な人の。
ジュンの青い瞳が、フィオの瞳に重なる。その瞳にあるのは殺意だけ。
その青に飲み込まれる。胸がキリキリと痛んだ。一歩踏み出す。
ジュンを押しのけようとして、ユウタの手に引き戻された。ジュンがわたしの身体を押しとどめようと前から抱きしめてくる。
どうしてみんな、そんなに寄ってたかって。
あんなに苦しんでる悲鳴が聞こえないの!? それとも、聞こえてるのにあの人を救うにはそれしかないって考えてるの?
ジュンの腕をほどこうとしたけれど、ガッチリとしたその腕はほどけない。
声が震えた。その途端に、ジュンの向こう側にわたしから出ている光が収束し始める。魔法が発動したんだ!
「きっと心を癒す糧となる
なにがあっても味方でいるから
それだけは真実
いつか永遠の別れが訪れても」
お願い、あの人を助けたいの!
わたしに力を貸して!
挿入歌「他愛なき日々」https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892625568
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