7 ひとときの休養

 フィオがシリアー族に思うところがある?

 え、なんだろう気になる……。

 フィオは、わたしが歌ってるところを見たって言ってた。それでシリアー族だって知って、それが助けてくれた理由の一つだったんだ。


「それって……」

「お前には関係ない話だ」


 わたしの台詞をフィオが鋭く遮った。その瞳が剣呑に輝く。

 うん……そうだよね、うん。わたしには関係ないよね。でも、フィオはシリアー族を大切に思ってくれてれる、の?


「えっと、でも、ありがとう。シリアー族を気にかけてくれて」


 それにフィオは視線を向けただけで答えなかった。ってことはこれ肯定だよねきっと。

 なんかフィオのことちょっとわかってきたかも。

 だんまりが肯定になってるなんて本人は思ってないんだろうな。そう思うと、フィオって意外と嘘の付けない正直者って気がする。


「ユウタも、彼もシリアー族なの」


 ユウタの肩に手をかけてそう紹介すると、かすかにフィオの眉が上がった気がした。

 なぜかはわからないけど、フィオは本当にシリアー族を気にかけてくれてるんだ。


「リリア、腕は痛むか。ここへ来る前と比べてどうだ」

「えっ? あ、なんか痛むところが広がって……でも、強さで言ったら、ここに来る前の方が痛かったかな」


 今だってにぶく痛んでるけど、穴に入る前の方が痛かった。

 でも、影はこちらの方が本分で、痣の広がるスピードも早いって言ってたのにどうしてだろう。


「そうか。影はちょっと遠くにいるようだな。流されすぎたか……」

「影との距離によって痛みが変わるってことなの?」

「そうだ」


 そっか、だから穴に飛び込む前……つまり影と対峙した時が今よりも痛かったんだ。


「どの道、影はお前を狙って来る。だがいつかはわからない」


 ピンク色の草原がざわめいた。その流れから、吹き渡る風がわたしたちを中心に四方へと広がったのがわかった。

 自然な風ならありえない。フィオの風だ。


「捜してやる。貴様らは、せいぜい足手まといにならないように今のうちに寝ておけ」

「あ、ありがとう……!」


 そうだ、わたしがフィオに助けられて目覚めた時、すでに外は夜だった。あれから何時間経ったっけ。わたしは寝ていたようなものだったけど、みんなは……。

 今まで必死だったけど、よく見たら確かに疲れが見える気がする。シーナの疲労回復リカバリーも、疲労が効果を上回ってしまえば蓄積される一方だ。


「フィオ、ありがとう。なんの役にも立たないかもしれねぇけど、俺たちに出来ることがあったら言ってくれ」

「寝ろ」

「ぷっ————」


 フィオの声は冷ややかだったけど、ユウタの台詞に対する返事としては予想外すぎて、思わず吹き出しちゃった。

 じろりとフィオに睨まれたけれど、さすがにもう怖くない。

 フィオ、態度がぶっきらぼうなだけで、もしかしたらかなりのお人好しなんじゃないのかな。


「あなたは寝なくていいの?」

「心配されなくても寝る。捜すのは俺じゃない」

「あ、精霊魔法? すごいすごい!」


 シンディーは精霊魔法に興味があるみたいで、さやさやと草原を渡る風を嬉しそうに眺めている。

 いろんなことに興味があるから博識になれるのかもしれないなぁ。


「見張りはいるかい?」

「いらん。時空の狭間に落ちた害獣モンスターがいることがあるが風が見張っている」

「そっか。じゃあ甘えさせてもらうよ。ありがとう」


 ジュンが頷いて、わたしたちに眠るよう促してくれた。

 ピンクの草は柔らかいし、気温だってちょうどいい感じだし、このまま横になって眠れそう。

 うーん、5時間くらいは気を失ってた身としてはみんなより寝てる気がするけど、色々あったしやっぱり眠たいかも。


「リリア、寝ろよ」


 ユウタの手がわたしの頭をなでて、自分だけさっさと横になった。ぽんぽんと地面を叩く。


「も、もう! 子供じゃないんだから!」

「よく言うよな。さんざん心配かけといて」

「そっ、そうだけどっ」


 うう、なにも言い返せない。

 瞳を閉じたユウタは、すぐにすうすうと寝息を立て始める。


 疲れてたよね。わたしの心配ばっかりして。

 ごめんね。まだまだ一人じゃなにも出来なくてさ。

 今も心配かけてるよね。


「リリア、寝なよ?」


 そっとかかったジュンの声に小さく返事をして、わたしもユウタの隣に寝転ぶ。

 気持ちいい風がほおをなでていく。

 腕はにぶく痛んでいるけれど、それでも今この時はとっても平和。

 まるで自分の命がかかっているなんて嘘みたいだ。


 こうして寝転んでみたら、急に眠たくなってきた。

 そういえば、シリアーの里にいた頃も、よくこうして外で寝転がってたっけ。家畜を放牧に連れて行って、草を食べさせてる間とかね。

 寝転がって歌いながら空を眺めて。

 畑を耕して家畜を追う生活は、今の暮らしと比べたら刺激は少ない。だけど、幸せだったなぁ。

 もちろん、今は信頼できる仲間がいて刺激のある日々で、それはそれで楽しいと思えるけれど。


 楽しい、かぁ。楽しいって思っちゃっていいのかな。

 でもわたしがずっと悲しんで暮らしてたら、それはきっとお母さんもお父さんも、兄さんも弟も、望んでないと思う。

 だから、だから良かったのかな……。


 でも懐かしいな。

 自分の仕事が終わったユウタがよく来てくれて、それで一緒に寝転びながら歌ったよね。曲も作ったよね。

 ずっとそうやって大きくなったんだよね。

 ユウタはいつもわたしを子ども扱いするから、寝てると頭ばっかりなでてくる。あぁ、ほら今みたいにさ……。

 あたたかい手が髪をなでてる。子ども扱いしないでって怒ってばかりだったけど……もう眠いから……うん、気持ちいい。


 ユウタはどう思ってるのかな、里に帰りたいと思うのかな。それとも、このまま外で暮らしたいと思うのかな。

 わたしはどうだろう。まだよくわからないや。

 考えるのは後にしよ……ねむ、い……。



 ◆ ◇ ◆




「季節は巡って止まることなく

 ただ過ぎゆく景色に身をまかせては

 遥か遠い故郷の

 香り感じている」




 ユウタが歌ってる。

 ふっと瞳を開くと、目に入ったのはピンク色の草原。そして、身体を起こしているユウタの腰あたりが見えた。

 わたしは、左側を下にしてくの字になって眠っていたみたいだ。


 もう一度瞳を閉じてみる。

 柔らかな草の感触。ほおをなでる気持ちのいい風。低くて甘いユウタの歌声。

 ああ、幸せだなぁ。

 ずっとこの時間が続かないかな。




「……君の声を頼りに

 心はいつでも飛んで行ける

 何処へだって自由の翼で翔けて行ける


 いつかは消えゆく運命さだめだとしても

 この想いは色あせることなく続く

 どこか懐かしい色

 今日が終わっていく


 いつでも聞こえる君の歌声だけ

 胸に抱きしめて歩いて行きたい

 陽はまた昇り……」




 右腕がにぶく痛んだ。現実はこれかぁ。

 またこんな幸せをなんの心配もなく味わえるように頑張らないとね。

 あぁ、でももうちょっと……。


「おい」


 フィオの声。ん、わたしを呼んでる?

 草を踏む音。

 ユウタの歌が途切れて、返事をしたのが聞こえた。

 ユウタを呼んでたんだ。


「お前はリリアと同郷か?」

「ああ、そうだぜ」

「長の名は?」

「タチバナだ。ジル・タチバナ」


 少し間が空いた。

 なんで長の名前を?


「知っているのか?」

「いや、知らん。シリアーの里に行ったことがあるが、別の場所だな」


 へえ、そうなんだ。

 だからわたしたちのこと気にかけてくれてるのかな。

 どこの里に行ったんだろう。わたしたちの里を出た人の中には、別の里の親戚を頼って行った人もたくさんいた。

 みんな、元気かな。


「フィオは、その、シリアーの里に行ったことがあるからリリアを助けてくれたのか?」

「違う」

「じゃ、なんで……」

「貴様らには関係のない話だ」


 フィオ、やっぱりそこは答えてくれないのかぁ。でもその言い方、やっぱりなにかシリアー族と関わりを持ったことがありそうな気がする。

 その、行った事あるっていう里のシリアー族と知り合いなんだろうか。


 ゆっくりと目を開いて、頭を上げる。気が付いたユウタが、緑の目を細めて笑った。風で揺れた髪が淡く光った。

 すっと伸ばされた手が優しく頭をなでる。その感触がちょっとくすぐったくて、思わず声を出して笑っちゃった。

 無事に会えて良かった。ユウタが子ども扱いしてくるのも、今は嬉しいな。

 こういう時のユウタには、優しさしか感じない。ほんと、いい奴だよね。


 身体を起こして辺りを見回すと、少し離れた場所にフィオの姿が見えた。

 風を受けて彼女のポニーテールがゆらゆらと揺れている。

 その瞳は鋭く辺りを見回し——ユウタを見た。


「そいつらを起こせ」


 フィオが顎で、まだ眠っているジュン達を示した。


「近くに影がいる」





挿入歌「昇る陽の賛歌」https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054893145556

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