6 命の恩人

「そんなことがあったのか。よく頑張ったね」


 わたしの話を聞き終えたジュンが、真っ先にねぎらってくれた。

 ひとまずわたし達はピンク色の草原に腰を下ろしていた。フィオもまだ体調が優れないのか、そっぽを向いているけど大人しく座っている。

 うーん、無表情だけど話は聞いてるはず。


「フィオ、リリアを助けてくれてありがとう」


 それにちらりと目線を向けはするけど、フィオは答えない。

 ジュンと同じ色の青い瞳は冷たいままだ。


 こうして話す前にまっ先にシンディーが謝って、わたしも一緒に弁解したけど、それにも無反応だったし。

 フィオってなに考えてるんだろう。わからないけど、フィオは気がついてすぐにわたしの痣が広がったことを気にしてくれてたよね。

 心配してくれてるんだよね?


「みんなは? あの大型の魔物倒せたの?」

「いいえ、私たちじゃどうにもならないわ」

「えっ?」


 倒せなかったの?

 でもみんな無事で、ここにこうしているのに。あんな大物から逃げ切ったのかな?


「俺も魔法でジュンを加勢したんだけどよ、全くダメージ受けてなかったな……」

「私の魔法もダメだったわ。微かに動きを鈍くできたような気がしただけね」


 そ、そうなんだ……。

 シンディーの片手剣や短剣じゃ、あんな大きい魔物にそもそも太刀打ちできないだろうし。


「けど、多分、誰かが助けてくれたんだ」

「そう、魔物の後ろから急に炎が上がってさ。あれがなかったら、俺も川に落ちてただろうなぁ」


 ジュンたら、なに呑気なこと言ってるのよ! 川に落ちちゃった身としては全っ然笑えない。

 それにしても、炎?


「魔法だったと思うわ。凄い勢いだったけど、私たちを避けるようにして魔物だけを焼いてたもの。あんなコントロールが出来るなんて相当の手練よ」


 あの勢いの魔法を放たれたら、普通は私達ごと丸焼けね。そのシーナの台詞に背筋が寒くなる。

 ちらりとフィオの方を見ると、彼女はそっぽを向いている。


 フィオが風の精霊魔法以外を使ったところは、わたし直接は見てない。でも、明かりの魔法を使ったのはフィオで間違いないでしょ? 

 たしか精霊魔法以外の魔法は詠唱がいるって教えてくれたよね。ってことは、やっぱり普通の攻撃魔法だって使えるんじゃない?

 ううん、むしろフィオの強さを思えば使えない方がおかしい。


「もしかして、その時風とか吹いてた……?」

「あー、そういえば風がびゅうびゅう吹いて炎をおっきくしてた気が……え?」


 答えながら気が付いたみたいで、シンディーの視線がフィオへと向いた。ぽかんと開いた口が、小さくわななく。


「フィオなの……? フィオが助けてくれたの?」


 みんなが息を飲む。

 フィオはかすかに視線だけをわたしたちに向けたけれど、すぐに逸らした。なんの反応もしない。


 今までもそうだったよね。フィオは、聞いたことには答えてくれる。話は通じる人だ。そのフィオが答えない時は、答えたくないことを言い当てられた時。

 違う時は違うって、はっきり言うものね。


「フィオ、ありがとう。わたしだけじゃなくて、みんなまで助けてくれてたのね!」

「そうだったんだね。ありがとう、助かったよ。俺たちだけじゃ、どうしようもなかったと思う」


 そっか、フィオやっぱり本当はいい人なんだ。大型の魔物を押さえてみんなを逃がそうともしてくれてたし。

 それならそれで、こんな態度取らなきゃいいのにな。


「なにか勘違いしているようだが」


 フィオの視線がこちらを向いた。その瞳は、凍りついた湖みたいに冷たい輝きを帯びている。


「俺はお前らと馴れ合うつもりはない。そもそも貴様らは足手まといでしかない」

「でも、見捨てようとしてないよね?」


 ジュン、鋭い! やっぱり大人だなぁ。


「リリアを助ける義理はないし、リリアを助けるにしても足手まといの俺たちを助ける必要はない。違うかな?」

「そうだな。俺たちがあの穴みたいなやつを無事に越えることができないって知ってても、捨て置くことは出来たんだよな?」


 今まで仏頂面で黙っていたユウタも深く頷いている。

 そうだよね、フィオはわたしを助ける必要なんて全くないわけで。でもそのまま影を狩ればわたしが死ぬのを知っててそれが出来ないのなら、フィオには良心があるってことだ。

 穴を越えるにも、わたしだけじゃなくみんなを助けて無事に越えさせてくれたし。


「なあ。あんたがリリアを助けてくれるつもりなら、もうちょっと歩み寄れねぇか?」

「なぜ俺が合わせる必要がある?」

「そんな必要はもちろんないけどよ。けどあんたが俺たちを見捨てない気なら、俺たちも足を引っ張らないで済むようにしたいしよ」


 フィオの表情は変わらない。


「リリアはこのままだと命が危ないんだろ? でも俺たちじゃどうにも出来そうにねぇしよ。助けてくれないか」

「ユウタ……」


 風が吹いて、フィオの髪が揺れる。フィオは表情を変えないまま、無言で自分の荷物を開けた。そこから取り出したのは、事が済んだら返してくれるって言ってたわたしのポーチ。

 あの中には、お母さんの形見の古地図オールドマップが入ってる。

 それをフィオは、わたしへ向かって放り投げた。


「えっ!?」


 慌てて受け取ろうとしたけど座ってるから手が届かない。と思ったら、横から伸びたユウタの手がキャッチしてくれた。

 さすが盗賊シーフ


「フィオ、これ返してくれるの!?」

「地図を見てみろ」


 ポーチを開けて古地図オールドマップを取り出す。

 折りたたんでいたそれを広げると————。


「えっ、なにこれっ」

「なんだよこれ」


 わたしとユウタの声が重なった。

 だって見慣れたはずの古地図オールドマップから地図が消えていたんだから!

 今までわたしたちの世界サレファスが描かれていたはずなのに、今はなんというか……ただの羊皮紙って感じ。

 わたし、フィオに騙されてんのかな?


「前にも言ったが、その地図は別の世界アガニスタのエルフが作った。裏に魔力刻印があるだろう」


 フィオの言葉に、地図を裏返す。確かに、そこには文字のようなものがたくさん書きつけられている。

 だけど、わたしには読めない文字だった。


「それはアガニスタのエルフが使う古代文字だ。サインがしてある」

「アガニスタの、エルフ……」

「多くの地図はエルフが作っているのは知っているか?」


 そ、そうなの?

 首を傾げたわたしに代わって、シンディーが頷く。


「サレファスではそうだよ。エルフとか、他にもいるけど、たいてい長寿種が仕事にしてることが多いかな」

「へ、へぇ……そうなんだ」


 シンディーって、本当に博識なんだよね。その歳で薬師になるのだけでも天才的なのに、いつどこでそんな知識を身につけたんだろう。

 天才ってそもそもわたしたちとは持ってるものが違うんだろうか。って、こんなこと考えてる場合じゃないや。


「うん。やっぱりさ、世界中を回るってあたしたちみたいな70年くらいしか生きられない種族だと難しいんだよ」

「アガニスタでもそうだ。その地図は、サレファスだけじゃなく他の世界の地図も入っている。移動すれば変わるように設定されているんだ」

「え、なにそれ。そんなこと出来るの?」


 フィオによると、この地図はやっぱり結構古いものらしい。裏の魔力刻印されたサインは、この地図に情報を書き込んだ人たちの名前なんだって。複数の世界の地図が入っているから、それだけ多くの時間とエルフの手を経ているのだそうだ。

 なんだか、すごいものをお母さんは持っていたんだ……どうしてこんなものを持ってたんだろう。お母さんは、シリアーの里を出たことすらないのに。

 聞きたいけどもう聞けない。


「全部の世界を回ることは無理でも、長寿だからいくつかなら回れる。その世界のエルフに地図を提供してもらえれば自分で回る必要もない」

「そうやってこの地図を作ったってこと?」

「そうだ」


 う、うーん、凄いけど話が見えない。これって、フィオなりの歩み寄りなの?


「いいか、今地図は表示されていない。つまり、ここは世界の外側だ」


 世界の外側……。

 やっぱりここは、時空の狭間なんだ。


「貴様らの目に写っているものも、そう見えているだけだ。ここは草原ではないし、奇抜な色彩の世界でもない」

「あたし聞いたことある。世界同士は魔法で繋がれているって。でも人はその魔法を認識できない人も多くて、簡単に時空の狭間に落っこちちゃう。だから、迷わないように人の目には道に見えるようにしてるんだって」


 その道から逸れずに歩いていけば、やがて向こう側の世界へと出ることが出来る。でも、道から逸れてしまうと迷ってしまって出られなくなるんだそうだ。

 つまり、このピンク色の草原は道じゃない。わたしたちは、ここから出るための道を見失っている状態ってことだよね。

 そして、出られなくなった人は長い時間さまよい続けて、時空の狭間の力によって影になるんだ……。


「ここは時空の狭間だ。貴様らを抱えて飛んだせいで穴からずいぶん遠くに流れたが、俺なら出ることが出来る 」


 や、やっぱりフィオがみんなを無事に越えさせてくれたんだ……。


「だが、一度でもはぐれたら生きて帰れないと思え」

「フィオ……!」


 風が吹いた。きっとフィオの風だ。


「あなたは、どうして私たちを助けてくれるの?」

「それを聞いてどうにかなるのか」

「いいえ。でも、正直どうしてなのかわからなくて」

「理由がなければ助けない。そうだな、お前はそうなんだろう」


 フィオの辛辣な言葉に、シーナの顔が一瞬だけど引きつった。

 うわぁ、シーナを敵に回すとややこしいっていうか怖いんだけど。

 で、でもこの場合はフィオの言うことももっともな気もするし。


「そうかもしれないわね」

「だが、そうだな」


 フィオがちらりとわたしを見た。


「個人的にはシリアー族に思うところはある。だからだ。これで満足か」

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