6 蟲の巣窟
「きゃー! リリア助けてーーー!」
「むりむりむりむり、きゃあ!」
蟲! 蟲蟲蟲!
ダンジョンに入ってからしばらくは蟲もいなくて、シンディーの蟲よけのおかげかなってのんきに考えてたんだけど。
急に出てきたー!
なんかこう、蟲の巣窟みたいなとこに踏み込んじゃった感じ。
一面の壁に蟲が見えた時のおぞましさと言ったら!
しかもこう、足が多いやつとか! にょろにょろしてるやつとか! 全部、全部気持ち悪いッ!
って、また上から落ちてきたッ!
も、もういやー!!
「ほら、がんばってふたりとも」
蟲相手だからだろう、シンディーにかりた
うう、ジュン、こんな時まで様になっててかっこいい……。
「ユウタ、シンディーをフォローして」
「了解! ほらチビ、こっち来い」
「チビじゃきゃーーー!!」
おそらくパーティいち剣の腕があるシンディーも、蟲相手にすっかりパニック。
そんなシンディーの手を引き、蟲を払ってやるユウタ。
ダンジョン入る前に噛み付いてごめんなさいぃ!
「多いわね、ほんと。嫌になる」
冷静にそう言いつつ、蟲を素手で払い落としてるシーナ……あなたお嬢様じゃ……。
いやいや、違う、わたしが情けないだけなんだ、冒険者なのに!
が、がんばらなくちゃ!
「ユウタ! 手伝って!」
「おう、好きなの歌え合わせる!」
いつもわたしが何考えてるかお見通しのユウタの返事は簡潔だ。
う、歌って元気出そう! 歌ってる方が気がまぎれるかも!
ってもうまた落ちてきたっていうか足登って来てるもうもうもう嫌ーーー!
バタバタと足に取り付いた蟲を半泣きで払う。触りたくないけど登って来られるなんてもっといやーーー!
ジュンやユウタに比べて、足を登ってくる数が少ないのは、きっとシンディーの蟲よけのおかげだと思うけど、思うけど!
そうは言ってもいっぱい足に取り付いて来るー!
も、もう歌おう、魔法が何か発動すれば良いのに!
「蒼い
ひとつの光は輝いて
いつか黄色い花を咲かす
世界を見渡すことの出来る……ッ」
わたしの歌い出しに、即座にピッタリと息を合わせてきたユウタのコーラスが入る。
その声は、こんな状況下でもブレず、強い芯のある声。
対してわたしは、本当に怖くて気持ち悪くて、歌うので精一杯。
声も細かな震えが抑えられない。
「……ものでいっぱいで
二人でいつも確かめあった、それでも
辛いときには抱きしめていて
そのままずっと「愛してる」って言って
慈悲の心でなぐさめていて
鼓動をあわせて瞳をとじて……
優しい……」
きらきらとわたしとユウタの周囲で輝く光。
周りは! 蟲だらけだけど!!
歌っている方が落ちつ……くかも! かもだけど!
「届いて……
小さな花の想いは今
なによりも深く輝いて
いつかキレイな想いに届く」
ええい、もうやけっぱちだ!
悲鳴をぐっと押しとどめて、お腹の底から声を出す。
わたしは今、歌の世界にいる。外のことなんて、知らない! 考えない!
一段と輝きを増す光。わたしとユウタの全身を被っているその光は、ゆるやかに瞬く。
その光が一瞬強く光って……。
「蟲が……」
シーナの視線の先には、わたしの足。
シーナとの距離はわずかだ。そのわずかな距離でそれは起こった。
わたしに取り付いて来ていた蟲たちが、まるでなにかにはじき返されてしまったかのように地面に落ちたんだ。
わたしの周囲にいた蟲も、なんだろう、足を登って来ない……? 気のせい? たまたま?
でもでも、すぐそばのシーナの足には、蟲が取り付いている。
ユウタの方を見ると、彼も光を放っている。
そして、ユウタの身体にも蟲一匹ついていない。
わたしの視線に気づいて、ユウタは歌いながら頷いた。かすかに笑いかけてくれる。
やっぱりそうかな、そうだよね!?
蟲を弾いた!? 魔法!?
これ、一緒に魔法使えてるのかも!
普通の
それと同じことが起きてない!?
蟲を寄せ付けていないと気づいたユウタは、その光の中になるべくシンディーを入れてあげようとしてくれている。
「……時には歌っていて
いつか黄色い花を咲かす
世界を見渡すことの出来る……
向日葵の想いを届けたい」
歌が終わる。
光はきらきらとまたたきながら薄れ、消えて。
「ひぃッ、やだもう!」
わたしの足にはまた蟲が取り付き出した。
も、もう! 来ないで!
さっきのが魔法だったとして、蟲を寄せ付けないことが出来るとして、こんなんじゃ歌っても歌ってもきりがないじゃないのよーッ!
「よし、ここは早く抜けよう! 」
「そーだな! ちょっと走ろうぜ。ジュン、シンディー頼む! リリア、シーナ! 走れるな!?」
「う、うん!」
反射的に頷き、その瞬間に肩にぼとりと落ちてきたこぶし大の蟲に悲鳴を上げながら振り払う。
嫌だもう心臓止まったかと思ったッ。
「はい、行くわよ」
シーナの手が背中をはたく。蟲を落としてくれたんだ。
「ありがとうシーナぁ〜」
「はいはい」
おなざりな返事をしつつ、シーナがわたしの腕を叩いた。
先頭で走り出したユウタを追って、全員で蟲の巣窟を駆け抜ける。
「きゃあ落ちてきたッ怖いよ怖いよーッ!」
「払ってあげるから大丈夫だよ落ち着いて」
パニックでほとんど泣いてるシンディーにも、ジュンは冷静だ。しっかりと手を引いて、蟲を払ってあげながら走っている。
「そのまま真っ直ぐ来い! 脇道があるけど入るなよ!」
前方からユウタの声が反響して聞こえて来る。
真っ直ぐ! とにかく前のジュンの背中を追う。
シーナに疲労回復付与してもらっといて良かった!
どれだけ走っただろう、ユウタの言ってた脇道がどこかもわからないまま、わたしたちは足を止めた。
蟲はすっかり見当たらなくなっている。
「つ、疲れた……はぁ……」
「お疲れ様」
ジュンが軽く肩を叩いてねぎらってくれる。
ユウタも同じように、わたしとシンディーの頭を交互になでた。
「や、役たたずでごめんなさい……」
蟲は断じて苦手なんだけど! それはこれからも変わらないと思うんだけど!
でも、ほんと何一つできなかったというか……もう騒いでるだけだったというか。
シンディーはまだ落ち着かないのか、ぐすぐす言ってる。
「まあ、あれは多すぎたね」
「そうだな。さすがに俺も全身が粟立ったぜ」
口々にフォローしてくれるジュンとユウタ。
優し過ぎてもう、情けなさが際立つ。
「でも、リリアとユウタは、収穫があったわね」
「う、うん……!」
魔法……と呼べるのかどうかわからないけど……蟲を身体から弾けたよね、やっぱり気のせいじゃなかったんだよね!
わたしの周囲……って言ってもほんとに足の回りだけだけど、寄って来なくなってたし。ユウタも。
「一緒に魔法使えてた?」
「みたいだな」
ユウタもちょっと嬉しそうだ。
街で歌ったり、戦いながら歌ったり、今まで色々してきた。でも、対外的に魔法使えたかもって思えたのは初めてだよね!
「あれ、強化出来たら役に立つと思うんだよね」
「よし、帰りも歌うか」
う……そうか、帰りもあそこ通らないといけないんだ……さ、寒気がする……。
シンディーの方をちらりと見ると、彼女も帰りのことを考えたのか青ざめている。
わかる、その気持ちわかるよシンディー。
「シンディー大丈夫だよ。帰りはリリアとユウタに両側から挟んでもらいなよ。一度使えたんだから、次も使えるんじゃない?」
そ、そうかな……えっと、どうやってとか、そういう魔法理論わかんないんだけど、大丈夫かなぁ。
シーナみたく理論わかってないから、再現性があるのかどうか。
「リリアぁ、ユウタ、お願いねぇ」
「う、うん、できるだけがんばるよ」
いやいや、ここで弱気になったって仕方ないよね、シンディーのためにも頑張らなくちゃ。
大体、シリアー族の里でも、魔法の理論なんて誰も習わない。でも、魔法使えるじゃない。だから多分大丈夫。うん。
「シリアーって面白いわね。回路の開放に歌を使うなんて。しかも、毎回違う歌でも同じ効果が発動するわけでしょう」
「あ……そういえば」
私が明かりの魔法を使ったのはこれが初めてじゃない。
そして、確かに前使った時は、違う歌だった。
歌が違うとか、考えたこともなかったなぁ。
じゃあ、ジュンの言うとおり、使えちゃったりするのかな? 明かりみたいに?
っていうかシーナ、回路って、なに?
わたし、理論知らないんだってば。でも、聞いても時間かかるかな〜。
ダンジョン出てから聞いてみよう。
「シンディー、マッピング足すぜ」
ユウタが、シンディーが蟲のせいでマッピング出来なかった部分を書き足している。
いつもシンディーに任せてるけど、
手書きの地図を書くのは、里でも必要なスキルだし。
事前に、ギルドでこのダンジョンのマップは写して来ている。でも、こうして自分たちでマッピングすることで、ルートから外れてないかチェックしてるの。
さっきユウタが言ってた脇道とかに、うっかり入り込むことって、想像よりずっと多い。
わたし前にダンジョンで、魔物と戦ううちにルートを外れちゃったことがあるし。あの時は、ユウタにすっごい叱られたっけ。
でも、わたしだって必死だったんだし、あんなに叱らなくてもいいのにな。心配してくれてたのはわかるんだけど、結局ケンカになっちゃってさ。
あの時は結局、シーナから手厳しい注意を受けて、痛み分けになったんだよね~。
だからというか、マッピングしておくことはとっても大事。本当は各個人でしといた方がいいくらいで。
わたしは、苦手なんだけど。
その書き足された部分をジュンがのぞいて、頷いた。
「うん、ルートも外れてないし、距離的にも採集ポイントまであと半分ってとこだね」
にこにこしながらジュンがシーナの方へ向かう。なにか小声で話しかけ、シーナが頷きながら嬉しそうに笑った。
ジュンていつもシーナに軽くあしらわれてるようだけど、シーナに嬉しそうな顔をさせられるんだから、やっぱ凄いな。
美男美女だから嫌味もない。というか、むしろ眺めてたいくらいだよね。絵になるんだよなぁ、こんなダンジョンでも。
二人はちょっと話し、ジュンがわたしを手招き。
行こうかと言って後ろに付いてくれる。
「落ち着いたか、チビ」
「もう、チビじゃないわよぉ~」
「よし、大丈夫そうだな」
シンディーの声にはいつものハリはないものの、もう落ち着いたみたい。じゃあ行こうと歩きだしたユウタの後を、彼女もちょこちょこと付いて歩き出す。
その後を、わたしたち3人が追った。
帰りもあの蟲いっぱいの場所を通るのかと思うと今から憂鬱だけど、魔法の練習になるからがんばらなくちゃ。
なんてわたしは思っていた。この時は、まだ……。
挿入歌 「SUN FLOWER」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892578532
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