5 いざダンジョンへ
街道を外れてからは、少し斜面を登ることとなった。
山岳地帯で家畜を追って生活していたわたしやユウタはさほどでもないけれど、シーナやシンディーはちょっと息が切れている。
それでも、シーナの手をジュンが引いて助け、わたしとユウタが交互にシンディーの背を押して。
やっとダンジョンの入り口についたのがお昼過ぎ頃。
そこでわたしたちは軽く休憩し、携帯食を摂った。
ダンジョンの入り口は大きく、真っ暗だ。
この中に蟲がうじゃうじゃいるかと思うと、腰が引ける。
外の光がかすかに差し込む様子を見るに、このダンジョンはどうも下へ向かって続いているみたい。
次も来るかもしれないしなと言いながら、ジュンが
だから、それはそのまま自分のポーチへとしまった。
ここからは、
「じゃあ、シーナ。いつもの、いいかい?」
「ええ」
にっこりと頷いたシーナは、じっとしててと言いながらジュンの背中に回り、両手をかざす。
シーナの魔法で、
補助魔法と言っても、結局のところ本人の能力を引き出すものなんだって。
もちろん、引き出された能力を使うには、自分の気力体力を削る。だから魔法の効果が持続しているうちはいいけれど、切れた時の疲労が大きくなる。
だからあまり重複して付与しない方がいいというのがシーナの見解なので、いつもこの二つだけにしてもらってるんだ。
「はい、じゃあリリアね」
「うん、お願い」
そっと背中に触れるシーナの手。そして短い呪文のあと、ほんのりと背中から熱が広がった。
この瞬間は、わたし結構好きだな。
「うん、元気出てきた!」
大きく腕を回しながらそう言ったシンディーは、何かを思い出したように手を打った。
そして腰のポーチから、小さな布包みを三つ取り出す。巾着状になっていて、中になにか入っているようだ。
その巾着を、わたしとシーナのベルトに紐で結びつけた。
「あら、これは?」
「蟲よけだよ!」
そう言って、ぎゅっと巾着を指で潰してくれる。
途端に、なんというか、ちょっとだけ清涼感のある香りが漏れ出てきた。
蟲よけ!!
「シンディー! ありがとう!」
思わずシンディーに抱きついてしまい、ジュンの笑いを誘ったけど、気にしない。
やっぱりシンディーは、女の子の気持ちわかってるなぁ。
これから蟲が出ると思うと本当にお腹が痛くなりたいくらいだけれど、少しでもよけられるならありがたいよ!
「世話の焼けるお姫様たちだなぁ」
「もう! だって仕方ないじゃない!」
「そーだよユウタの無神経」
わたしとシンディーに噛み付かれて、ユウタは呆れ顔だ。
ふんだ、どうせ男の子にはこの気持ちはわからないのよ。
「まあ、蟲だったらいいけどね。うっかりルートを外れると、大型の魔物が出ることもあるそうだから、気を抜かないように」
「魔物かぁ…それもやだな…」
魔物はこういう、昔意図的に作られた遺跡やダンジョンに沸く魔法生物。
獣を魔法の力で歪めたのか、最初からそう意図されて作られたのかは、もう誰も知らない。でも、とにかくとっても気持ち悪い姿なことは確か。
それに、倒しても倒してもどこからか沸いてくるから、近頃では魔物は生物なのかどうかと議論されることもあるんだそう。
意図的だったとしたら、よっぽどセンスがなかったか、侵入者を怖がらせる必要があったかなんだろうとはシーナの弁だ。
「ギルドで確認したルートには湧いてないみたいだけど、油断はできないわね」
そうだよね~。
こういうとこは、常識が通じないからなぁ。
もう、なんで昔の人は魔法戦争なんかしてたんだろう。
「蟲だって、束になってかかられたら危ないわ」
ほんとシーナの言うとおり。
小型って言っても、小指くらいの大きさから手のひらサイズくらいまで様々だし、そんなのに全身とりつかれたら…。
うう、自分で想像しといて気分悪くなってきた。
入る前からこれじゃダメだな。
「じゃ、元気出すためにもリリアに明かりを頼もうか」
そう言ったジュンに、シーナもいいわねと頷いた。
わたしも頷く。
明かりかぁ、もちろんこういう生活に必要な魔法はわたしだって使える。こういうのは、里でも必要だったから。
そういう意味では、農耕民族のシリアー族って
何を歌おうかなと考える間もなく、ユウタが静かにハミングを始める。
ちらりとその顔を見上げると、楽しげに笑った。
歌のことになると、ほんと楽しそう。それはわたしもだけどね。
ユウタの声に合わせて、自然と喉から歌がこぼれ出す。
「今宵の月は綺麗ですか?
あなたが独りで戦って
たくさんの言葉を飲み込んで
頑張りすぎているのなら
月を見るたびに聴いて
同じ月を見上げて
わたしは…」
歌っている時が、幸せ。どこにいたって。
この曲は、兄さんが作曲してくれた大切な曲。
リリアの声に合う気がしたからって言ってたけど、本当はわたしのためにつくったんだって、ユウタには話してたみたい。
きらきらとわたしとユウタからこぼれる淡く黄色い光が、昼間の光の中に混じってまぶしい。
兄さん、わたし、ユウタや仲間と一緒になんとかやってるよ。
「…そこで幸せになれるよう
わたしは歌うために生まれてきた
あなたの手を取るように
優しい月の光に歌を乗せて
あなたが笑って…」
やがて黄色い光が収束し、丸い光源となってわたしたちの上に浮かんだ。
明かりの出来上がりだ。
その明かりの周りを、ひらひらと光が舞う。
何も特別なこともしてないし、明かりのための歌でもない。でもこうして歌で魔法が使える。
それをあまり不思議に思ったことはなかったけれど、外に来るとわかる。
わたしたちシリアー族は、本当に、歌を歌い家畜を追い、ただ土地を耕して生きる為に生まれて来たんだって。
だって、歌を歌うって、呪文の詠唱にしては長すぎるもん。
シーナは呪文の詠唱で魔法を使うけれど、その詠唱は短い。
魔法陣を使う人は、人によるけどもっと短くて済むらしいし。
でもいいんだ、わたしはシリアー族であるわたしが好き。
こうして外で生きることになって、そのために対外的な魔法を必要としているけれど、本質は変わらない。
ずっとメロディを伴奏してくれているユウタと、かすかに微笑み合う。
ユウタだってきっとそう。きっとどこでも、誰とでも、歌って生きるんだ。
「…歌っている
どんなにあなたを愛しているか
あなたがそこで輝けるよう
あなたがそこで幸せになれるよう
わたしは歌うために生まれてきた
この歌があなたに届くように」
歌い終わると、光源を残して光が空気に溶けていく。
ユウタの手が、一度わたしの頭をなでた。
こういうとこ、優しいんだけど子供扱いしてるよなぁ、ユウタは。
「ありがとう。じゃ、行こうか?」
ジュンの声に、おーッ! と片手を上げたシンディーが、早く行ってよとユウタの背中を押す。
「こらチビ、俺を盾にすんなって!」
「チビじゃないわよー! 蟲がいたら全部ユウタが仕留めてよね!」
「ばッ…出来るか! それよりちゃんとマッピングしろよ」
「わかってるわよー!」
騒々しい二人を笑いながら、ジュンがシーナの背を押し、わたしとシーナは並んで歩き出す。
しんがりをジュンが歩いてくれるんだ。
気を付けろよというジュンの声を聞きながら、一歩、ダンジョンへと踏み出す。
わたしたちの移動に合わせて、光源もふわふわと付いてきて、ダンジョン内を照らしてくれる。
結構遠くまで光が届くみたいで、みんなの姿やちょっと先までよく見えた。
蟲は…まだいないみたい。
よーし、頑張ろう! できるだけ…うん…。
挿入歌 「アルト」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054892578523/episodes/1177354054892625712
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