4 古地図を頼りに

 ジュンの言うとおりに、女子3人のぶ厚めスパッツと、腕もなるべく出さないように人数分のアームカバーを買って。

 それらを身に付け、わたしたちは街を出た。


 目的のダンジョンは、街の東に広がる森の中。

 途中までは、街道がある。


 装備品としては、ジュンが長剣ロングソード

 ユウタは短剣ダガー2本。

 わたしとシンディーは片手剣ショートソードと革製の胸当てで、シンディーはそれに加えてさらにあと3本の短剣ダガーを腰とブーツに付けている。

 シーナは革の簡易なアーマーとローブだけだ。


 お金があれば装備品はいくらでも新調できるのだけど……ひとまずはこれだけでもよく揃えられた方かな。

 ユウタとシンディーに至っては、短剣ダガーを戦闘のたびに投げたりして無くすので、定期的に購入が必要だったりもする。


「方向合ってるか?」

「ああ、この方向で間違いないぜ」


 地図を見てくれているのは、盗賊シーフのユウタだ。ただし、ダンジョン内のマッピングは、シンディーが担当している。

 ほんと、シンディーはなんでも出来る。お料理だってものすごく上手だし。

 わたしとシーナの無残さは、ちょっと筆舌に尽くしがたい…ああ、情けない。


「この辺の地形はそう変わってなさそうだしな」


 そう言うユウタが手にもっているのは、一枚の古地図オールドマップ

 古地図オールドマップといっても、ボロボロの紙じゃない。地図自体は、とても綺麗で丈夫なものだ。

 ただちょっとデザインが古めかしいし、地図上の情報も少し古い。


 いつ作られたものなのか、地図に載っている街がなかったり、なにもないところに街が出来てたりと、今の地図とは違うところがいくつかあってね。

 それでも、事前にリサーチすれば、大きな違いにはすぐに気がつくでしょ?

 この辺の森や山などの自然は、地図屋で新しいものと比べてみたけれど、あまり手が加えられた様子もなかった。


 だったら、この古地図オールドマップでしばらくはいいじゃないかって事に落ち着いたのだ。


 地図というのは、とっても高価なもの。

 基本的に、地図というのは魔法の力で造る魔道具。だから劣化も防がれている。

 紙上の地図は、その作られた時の世界の様子を写し取ったものなの。

 実はこの地図1枚に、サレファスの世界の全土が網羅されているんだよ!


 地図を広げた時に表示されてるのは、現在地周辺のみ。周辺って言っても結構広範囲だから困ることもない。

 どんな魔法使ってるのかわからないけど、魔道具ってすごいよね!


「ほら、この辺りだな」

「ああ、なるほど。このバツ印のところかな。こういうダンジョンもちゃんと書き入れてくれてるんだな」


 ジュンが感心したように頷いている。


「さぁな。別にダンジョンだけにバツ印がついてるわけでもねぇし、こないだ入ったダンジョンは印付いてなかったぞ」

「そう言えば、里にも印入ってたよね」


 わたしとユウタの故郷のシリアー族の里。そこにも、バツ印が入ってた。

 この地図には、ところどころそういうバツ印が入っている。でもそれは、ダンジョンや遺跡だけじゃなくて、街とかにも入ってるんだよね。


「それは、魔力刻印だと思うけれど」

「あ、なるほどねー! さっすがシーナ、あったまいいー!」


 そっか魔力刻印かぁ。

 こうした魔道具としての地図には、普通に何かを書き込むことは出来ない。それを唯一出来るのが、魔力刻印。

 地図屋さんで頼めば有料でやってもらえるし、魔力刻印用のアイテムもある。自分で刻印することも出来るみたい。魔力の扱いに長けていないと難しいって話だけど。


「そういえば、リリアこれ買ったの? 高かったでしょ?」

「違うの、これは里を出るときに持たせてくれて」

「俺のばあちゃんがな」


 そう言って、ユウタはシンディーを呼んだ。

 ユウタったら。これ以上古地図オールドマップの話題を続かせないように打ち切ってくれたみたい。

 こういうとこ、優しいな。

 今はまだ、あの時のことを話すのは辛いから。


「はいはーい!」


 嬉しそうに駆け寄るシンディーに、持っててくれとその古地図オールドマップを渡す。

 わたし、シンディーってユウタのこと好きなんじゃないかな〜って思ってるんだよね。気のせいじゃないと思う。

 シンディーはいつも明るいしにこにこしてるけど、ユウタに呼ばれたときの顔は、なんだか嬉しそうに見えるんだよね。


 ほんと可愛いなぁ。


 ユウタに駆け寄ったシンディーは二つ返事で承諾すると、地図を腰に付けたポーチへとしまった。

 あの古地図オールドマップは、シリアーの里を出る時に、長が持たせてくれた物だ。

 外へ行くなら、役に立つかもしれないと。





 シリアー族の長、ジル・タチバナにユウタと共に呼び出されたのは、里を出ると決めてから10日後だった。

 彼女は、若い時は里で1番の歌い手だったそう。

 というか、高齢となった今でもその歌声には艶と力があって、いつ聴いても感動しちゃうんだよね。

 表情も姿勢もしゃんとしてて、憧れの女性だ。


 その長は、わたしとユウタを招き入れてくれると、一枚の紙を差し出した。


「これは?」


 それを受け取る前に、疑問が口をついて出てしまう。

 心当たりが全くない。


「地図か…!」


 それはなんと、高価なはずの地図。

 わたしのかわりに受け取ったユウタが、すがつ眺めつしてその地図を見聞する。

 そしてなんかちょっと古めだな、とつぶやいた。


「それはねぇ、リリアの母親が、私に預けて行ったものだよ 」

「えっ…? お母さんが?」


 わたしの声に、彼女は少し躊躇いがちに目を伏せる。


「ないことを祈ってるけれど、もしもここを出る事があれば、役に立つかもしれないからってさ」


 ほとんどが白髪になってしまった長い髪を触りながら、目をそらして長は独り言のように言った。

 ここを出ることがあれば。お母さん、そんなことを思っていたの?


「まさか、こんな形で現実になるとはね…」


 長の表情はありありと痛ましさを映していて、胸が苦しくなる。

 里の長として、そして大切な家族を持つ者として、どんなに心を痛めたことだろう。

 そしてわたしだけじゃなく、多くの者をこの里から一時的にでも送り出さなくてはならない心情は、どれほどのものだろう。


 わたしだって、里を出るなんて思ってなかった。

 ここで家畜を追い、畑を耕し、歌を歌って生きていくことに、なんの疑問もなかったし、幸せだった。

 それなのに。


「ファルニア、ほら」


 ユウタが地図をわたしの手へと押しやる。

 なんの変哲もない、ちょっとだけ古そうな地図。

 どうして、お母さんはこんなものを残してくれたんだろう。どうして。

 やだな、なんか気持ちが…沈んじゃう。


「ユウタ」

「はい」

「リリアはお前が守るんだよ。シリアーの女の子は大事におし、辛い目に合わせちゃいけないよ」


 その言葉に、ユウタが頷いた気配。

 そして、わたしの頭をユウタの手が優しくなでた。


「ファルニアはほっとくとなにしでかすかわかんねぇから」


 それはいつものからかい半分の台詞ではなくて。

 自分だって辛いはずなのに、なんでユウタはこんなに強いんだろう。


「すぐにとはいかないけど、里に残れた者で、なんとか土地をきれいにはしてみよう。リリアとユウタのところもね。あそこはお前たちの土地だ、いずれ戻って来なさい」


 家畜は残念だったけれど、分けてあげられるように数も増やしていくからね。そう続けた長に、わたしも小さく頷く。

 それは一体何年、何十年先のことになるだろう。

 それでも、そう言ってくれることが嬉しかった。

 わたしにもユウタにも、まだ帰ってくる場所があるんだ、って。


「ばあちゃんも、俺たちが戻るまで元気でいてくれよな」

「孫に心配されるほど弱ってないよ」


 必要なものがあれば遠慮なく言いなさい。そう言ってくれる長に礼を言い、外に出る。

 よく晴れた空が、そびえ立つ山肌に映えていて、まるで現実じゃないみたい。

 本当に現実じゃなければいいのに。


「ねえユウタ、良かったの?」


 彼は何がとは聞かなかった。わたしの言いたいことなんか、だいたいいつもお見通しだから。


「当たり前だろ」

「でも、でもユウタは残ってさ、長を手伝った方がいいんじゃないの?」

「あのなぁ。そんなこと言ったら、また猛反対されるに決まってるだろ」


 ファルニアを一人で放っておけないのは、ばあちゃんだって同じだろ。ぶっきらぼうにそう言って、わたしの手をつかむ。

 その力に泣きそうになる。


「あのな、辛いんだったら泣けよ。今のうちだぞ、ここを出たらそんな暇ないからな」


 胸が詰まる。

 辛いのはわたしだけじゃない。ユウタだってそう。里の皆だってそうだ。

 なのにいつまでも泣いてばかりじゃいられないじゃない。


 そう思うのに、簡単に涙がまぶたを乗り越えた。


 お母さんが残してくれた地図。この地図を頼りに、わたしとユウタはこの里を出る。

 本当は出たくなんてない、ずっとここで幸せに生きて行きたかったのに。


 ユウタの手が頭を引き寄せ、肩を貸してくれる。

 背中に回された腕は、どこまでも優しい。


 泣いてばかりでごめん、わたしが泣いてばかりいるから、ユウタが泣けないんだ。

 本当に、ごめん…。


 もっと、きっともっと強くなって、ユウタに心配かけないようにする。

 一人でだって、大丈夫だなって言われるくらいに。


 だから、だからそれまで…。







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