3 冒険者ギルドにて

「えっ…鉱石採取って、時空越えの依頼まであるの!?」


 翌日、依頼を受ける手続きを冒険者ギルドで済ませてから。

 鉱石採取の依頼は結構いいよねと、他の依頼募集の張り紙も見ていたんだけどね。そこで、その文言を発見したんだ。


 そこには、ここサレファスの世界から時空間移動をして、アガニスタの世界に行くって依頼も掲示されてたの。アガニスタにしかない鉱石を採取するんだって。

 そんな依頼、冒険者ギルドに普通に来るんだ!?


 実のところ、他の世界との交流は一般的ではないけれども、確実にある。

 見たことがないから実際のところはわからないけれど、世界を繋ぐ門だか扉だかがあるんだそうだ。そこから行き来が出来るのだということは、周知の事実。

 わたしたちみたいな弱小パーティは知りようがないことだけれど、上位パーティの中には、時空間移動を主にしているパーティもいるらしい。あくまで、噂だけど。


「あちらにしかない鉱石ってのは魅力的ね」

「ほんとだねー! シーナも見たことない宝石があるかもよっ」

「そうね、ちょっと見てみたい気になるわね」


 珍しくシーナも興味を示しちゃってる。

 うんうん、わかるなぁ。他の世界かぁ、どんなところなんだろうなぁ。


 なんでも、もっと昔は、今よりもずっと魔法を使える人が多くて、威力も大きくて、魔法がずいぶん発達してたんだって。

 魔法で戦争してたってことは、歴史にも残っている。

 各地に無数に散らばるダンジョンとか、遺跡とか、そういうのはその頃意図的に作られたものなんだそう。


 時空間移動も、その時代に確立されたものとか。


 ていうか、扉でどうやって時空間移動するんだろう?

 わたしがそうして考え込んでいると。


「お前は行かなくてもいーんだよ」


 そう言ったユウタが、軽くわたしの頭をはたく。


「んもう! 何するのよっ」

「いやまるで、いつか行ってみたーい! って言い出しそうだからよ」

「だって行ってみたいじゃないのよ~。他の世界だよ? どんなかなぁ興味あるなぁ」


 そう言って依頼書を読むわたしの頭を、ユウタの手が無言でぐしゃぐしゃとかき回した。


 ちょっと、もう!

 一体なんでこんなことするのよっユウタのバカ!


 くしゃくしゃになったプラチナブロンドを一生懸命整える。髪が腰に届くほど長いもんだから、絡まったりして大変だ。


「リリア、やってあげる」


 優しい声でシーナが言って、わたしの後ろに回った。

 髪を解いてくれながら、どうしてユウタはそう思うの? と直球の質問を投げかける。

 その返事を待つ間に、シーナはわたしのロングヘアを編み込みの入ったまとめ髪にしてくれた。


「だってほら、サレファス以外の世界にはシリアー族はいないだろ? だったら…」


 シリアー族はここサレファスの世界の固有種だ。だから他の世界には身を寄せられそうな場所もないし、下手に目立てば危ない目に合うことになるかもしれない。

 そう言ってユウタはそっぽを向く。


 なんだかぶっきらぼうだけど、心配してくれてるみたい。

 ユウタって、ほんとに優しいんだから。でも、ちょっと子ども扱いしすぎだよね、いつもいつもリリアはほっとけないって。


「一理あるわね。珍しいってのも大変ね」

「だろ? シリアーは長寿でもないし、絶対数が少ないからなぁ」


 エルフ族だって数は少ないけれど、彼らの強みは長寿なこと。そして、他の世界にもいて生息域が広いことだ。

 それに比べて、シリアー族は人間とほぼ寿命は一緒。それなのに母数が少ないから、気を抜くとすぐに人口が減る。種の存続は、今のシリアー族には大きな課題なのは、さすがにわたしも知ってる。


 わたしが里を出ると決めたとき、長が猛反対したのもそのせい。将来子供をもうけられる若い純血のシリアー族を、外に出したいはずがないんだ。

 たぶん、ユウタと一緒なら里を出る事を許してくれたのは、戻って来て欲しいからだ。できれば、シリアー族の、純血の子どもをもうけて。


 混血になるにつれて、シリアー族の歌の力は失われていく。そして何代か後には、魔力もなくなっていって、完全に人間になっていく。

 昔発達していた魔法がだんだん使えなくなって、魔法が衰退しつつあるのも、いろんな種族間の交流が出来たことで、混血が進んだからだって里の長は言ってた。

 だから、ユウタが一緒に行くならと許してくれたんだろう。

 出来れば、血統を守って欲しいと。


 それはわたしもなんとなく感じてたけど、そればっかりはね〜。

 だってユウタだもんなぁ。ユウタを伴侶として生きるわたしの姿はなんだか想像しにくい。近すぎて。


 外に出た以上、わたしもユウタもシリアー族以外の伴侶が出来る可能性の方がうんと高いから、それはちょっと申し訳ないなとは思うけど。

 その可能性は低いけれど、一緒にいればゼロではない、そこにかけたんだろうなぁ。ほんと、ごめんなさい。


 数が少ない上に、こうして混血が進んだら、シリアー族はいつかいなくなっちゃうのかな…なんか複雑な気持ち。ただでさえあの時、減ってしまったから…。

 でもでも、わたしは他の誰でもなくユウタが一緒で本当に良かったと思ってる。わがままかもしれないけど。


「さすがに行きたくても行けないだろうけどな、俺たちには」


 他の張り紙を見ていたらしいジュンが、いつ見てもハンサムな顔に爽やかなほほ笑みを浮かべ、こちらへと顔を向ける。


「それより、今から行くダンジョン、小型だけど多少蟲が多いから気をつけろってさ」

「!!」


 さらっと言われたそのセリフに、全身が総毛立つ。ちらりと横を見ると、シンディーも同じように全身に鳥肌を立てている。

 小型の蟲がうようよ…き、気持ち悪っ。


「えーと、わたしお腹痛くなってきたなぁ、留守番してようかなぁ」

「あっ、あたしもあたしも! あいたたた…」

「なんだその棒読みの台詞は」


 呆れたようなユウタの視線は気にしないことにする。

 うう、想像だけでほんとにお腹痛くなりそう。


「そう…。ユウタが子ども扱いするのもわかるわね」

「う…」


 さっきまで味方だったシーナはにべもない。

 ユウタは無視できるけど、シーナは無理かも…。


「まぁお子様には荷が重いようね。お土産をいい子にして待ってるのよ?」


 そのシーナの顔は、途方もなく優しい。

 こ、怖い…。

 蟲とシーナとどっちが怖いか…やだやだ、どっちも怖い。


「そうだな。鉱石が売れたらなんかおもちゃ買って来てやるからな」

「もう! ユウタのバカ!」


 し、しまったぁ…!

 反射的に言い返しちゃった。

 おそるおそるシーナの表情を伺うと、彼女は優しいほほ笑みを浮かべたままだった。

 瞳以外は。


「えーと、あたしお腹治ってきたかも」


 シンディー!

 う、裏切り者~!

 じろっとシンディーを睨むと、すっとユウタの背中に隠れてしまった。

 そこからぴょこんと顔だけだして、シーナに見えないように諦めようよと口だけを動かしてくる。

 だ、だよね…勝ち目ないよね…。


「えーと、わたしも治ってきたかも~」

「はいはい」


 呆れたようなユウタの両手が伸び、わたしとシンディーの頭をなでる。

 もう、ほんとに、子ども扱いして!

 …って、当然だよね。


「ちょっと分厚めのスパッツ買っておこうか、出費は抑えたいところだけど、怪我したら元も子もないからね」


 ジュンが涼しい顔でそう言い出して、わたしとシンディーは沈痛な面持ちで頷くしかなかった。

 神様、どうか蟲は最小限で! お願いします!

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