2 鉱石採取依頼

「ダンジョンでの鉱石採集依頼なんだけど、どう?」


 シーナが宿に戻ったのは、日が暮れかかった頃だった。そのシーナの姿を見るなり、黒髪碧眼のハンサム、ジュンがそう切り出した。

 難易度は低めだけど、仕事と思えば悪くないと思うけどと続ける。


「いいんじゃね? 俺たちにはちょうどいいだろ」


 ベッドにだらしなく寝そべったままユウタが同意する。

 それに、異論の声はもちろんない。


 ジュンが選んできた依頼なんだから、大丈夫だろう。それが、わたしたちの考え。


 彼は、ジュン・オートリッチ。戦士ファイターとしてはかなり楽天家だけど、判断力の優れたわたしたちパーティのリーダーだ。2つ年上なだけなのに、とっても頼りになる。


 彼と出会ったのは約半年前。

 パーティの中では、一番新しいメンバー。

 彼は元々他のパーティにいたんだよね。だけどなんと、シーナと出会って恋に落ちてしまったの! それで、こちらへと移籍して来たのだ。

 それまで女の子ばっかりでわちゃわちゃしていたわたしたちに、やっとまとまりが出来たのは絶対にジュンのおかげだ。


 そのジュンの恋人が、エルテナシティのお嬢様、シーナ・アンドリュース。わたしより一つ年上の18歳。つやつやの長い黒髪は、毎日違う髪型をしている。これが育ちの良さってやつなのかもしれない。


 わたしとユウタがそうなんだけど、わたしたちは食べるために冒険者になった。身分証明なしに、旅をしながらお金を稼ぐのはなかなか厳しいからだ。


 わたしたちシリアー族やエルフ族のように、国家に属さない人族は多い。

 こういう国家成立前からの先住民族は、国家に属さず独立して生活をする事を認められている。

 逆に言えば、わたしたちは戸籍を持たず、国家からの保護も受けられないってこと。

 申請すれば戸籍はもらえるけど、国家に属することになるから、それ相応の義務を課せられることになる。


 その国家のかわりに、身分証明が出来る手段が、冒険者ギルドへの登録ってわけ。

 冒険者がいるから、危ない害獣モンスターの駆除や貴重な資源の回収などが出来るわけで、かなり重宝されているんだよね。

 だから、最低限の技能を持っていれば、戸籍のない者の身分証も発行してくれる。


 さっきのように、ユウタと街で歌ってお金をもらうことはできるけれど、それではいつまで経っても日銭しか稼げない。生きていけるけど、その先はないって感じかな。

 冒険者には、そうした食うに困ってという人が多い。だから、お嬢様がどうして冒険者になったのか、そのへんはよくわからないところ。

 野宿とかザラだし、お金もないのに、シーナがそれに文句を言ったことは一度もないんだよね。そういうのに文句を言うのは、どっちかっていうと、わたしやシンディーの方だし……。


 シーナはいつも落ち着いていてクールな補助魔法士エンチャンター

 とっても優しいけれど、すっごく皮肉屋さんな一面も持ってる。なんていうか、気品溢れた外見からのギャップが激しいというか、だから余計に怖いというか。


「鉱石ならほら、シーナ見慣れてない? いいの持って帰ったら、結構お金になるかもだしさ」


 ジュンがにこにこしながら、シーナを向く。

 シーナは非戦闘員で、本人もそれをそこはかとなく気にしてるから、活躍の場を作ってあげたいんだろう。

 うーん、ジュンってほんと優しい。

 と、思ったのはつかの間。


「私が見慣れてるのは、加工済みの宝石だけよ。残念だけど、原石の時点じゃ善し悪しなんてわからないわ」

「あー…そっか」


 うん、ごもっとも…。


 ジュンって、リーダーとしては頼りになるんだけど、シーナ相手だと形無しなんだよね。そこが、ジュンのいいところなのかもしれないけど。

 シーナは真顔だ。あれはきっと疲れてるな。


「じゃーあたしとユウタで見るよー」

「んー、まぁそうだな」


 盗賊シーフで、様々な鑑定の技能を学んだユウタはともかく、シンディーは……この子ほんとに、魔法以外なんでも出来るんじゃないかって思っちゃう。

 薬学の知識だけじゃなく、剣の腕だっていいし、なにより博識だし。

 あと、可愛いし。


「ものによっては俺でも加工できるし、鉱石鑑定の技能を上げるのも悪くないな」


 そう言ってユウタは一度笑う。

 そうなんだよね、ユウタは昔から手先が器用だったから。よく、あれこれ作ってはプレゼントしてくれてたっけ。


「リリアはどう?」

「うん、賛成。あっほら、ちょっと魔法の練習もさせて欲しいし、難易度高いとそれも難しいじゃない? ねぇユウタ」

「だよな。余裕をもって戦えるくらいのレベルじゃないと、おちおち練習もしてらんねーしな」


 わたしとユウタは、歌を歌うことで魔法を使うシリアー族。だけど、今現在冒険者として有効な魔法が使えるわけじゃない。

 歌えば魔法の力は発動するし、それで光だって出る。里で必要としていた、生活に関するちょっとした魔法なら使える。

 ただ、それを害獣モンスターなどとの戦闘に使うことはまだ出来てない。

 魔法が発動するのは持って生まれたもので、対外的に使いこなすにはちゃんと訓練しないとだめだ。


 里にいたときは、歌って過ごすのが当たり前すぎて、魔法の力が発動するのが当然すぎて、それをちゃんと使いこなそうなんて考えもしなかった。

 ましてや、危険な害獣モンスターも少ない地域だったから、対獣のために使った事もない。


 ただ楽しいから、好きだから歌ってただけ。

 なんていうか、鳥は翼があるから飛ぶ、みたいな感じに近いかも。


 元々、ユウタは盗賊シーフの技能を里で勉強してた。それはどちらかというと、物を加工したり鑑定したり、現在地を割り出したり、そういう生活に役立てるためだったんだけど。

 生活魔法を使うのは息をすることと一緒だったから、習おうなんて思わなかったんだよね。


 シリアー族の魔法は、歌。だから、シリアー族に魔法を教えられる人は、シリアー族しかいない。

 つまり、わたしとユウタは自力で魔法の練習をするしかないんだよね。

 こんなことなら、里で魔法を習っておくんだったなぁ。


「んじゃ、決まりだな」


 ジュンがにっこりして、わたしたちも大きく頷く。ユウタは、寝そべったままだったけど。


「そろそろ、ギルド契約の更新だろ? まとまったお金が必要だもんな」

「あら、そういえばそうね」


 うわぁ…忘れてた。

 こういうとこ、やっぱりジュンは抜け目ない。


 ジュン以外の4人は、来月更新となる。わたしたち、ギルド登録しに来た者同士として出会ったのよね。

 冒険者ギルドは、登録冒険者の身分を保証し、仕事を斡旋してくれる。その代わりとして、必要最低限の技能と、登録料が毎年必要ってこと。


 まあ正直、シンディーだけは個人でお金を稼ぎ出す能力があるのだけれど、彼女ひとりに頼りっきりになるのはあまりに情けないじゃない?

 幸いシンディー自身、街で薬師の仕事ばっかりしているのは性に合わないんだって。だからなんとか、わたしたちはバランスを取れているというところだ。


 これで実戦も難なくこなすなら、もっと強いパーティに入れるんだろうな。


 いやいや、そんなこと考えたって仕方ない。わたしはわたしに出来ることを精一杯やろう。

 がんばらなくちゃ!





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