第48話 せんぱい
そして舞は一人で部屋を出て、リビングで葉月と雪子とでお茶をする事になった。
しかしそうなると不安なのは、初対面の二人と上手く話せるかどうかだ。しかも相手の第一印象が『すごい人』で、緊張がある。
モダンな雰囲気のあるリビングのソファーに、葉月から促されて座る。
目の前では雪子がケーキを切り分けていた。
「昴君が女の子をうちに連れてくるだなんて、珍しくて張り切ってしまうわねぇ」
そう言ったのは雪子で、彼女が赤坂家と家族同然の付き合いをしているとわかる。
「さっき焼きあがったドライフルーツのパウンドケーキなの。お口にあうといいけれど」
「あれ、そのケーキ、桃山先輩が作ったのに似てますね」
「あら、わかる? そうなの、恵ちゃんに教えてもらったの」
「恵ちゃんの教えたお菓子ならきっとおいしいわよ。例えお菓子作りが苦手な雪子が作ったものでもね」
舞の心配は杞憂だった。二人の母親にあっという間に溶け込む。
どちらも赤坂と緑野に雰囲気が似ていて、七姉妹会という共通の話題があるためだろう。
「そういえば、舞ちゃんはうちの勇一郎を知っているの?」
舞が慣れた味を一口食べると、雪子からそんな質問を浴びる。
「はい。この間はクリスマスパーティーにお邪魔させてもらいました。ご挨拶が遅れてすみません」
「いいのよ、私はその時うちにいなかったし。あら、でもそれじゃ七姉妹会皆ともお知り合い?」
「はい。あっ、緑野先輩と知り合ったのはつい最近ですけど」
どちらかの息子の彼女だとは思われていないようで舞は一安心した。誤解を解く必要だけはなさそうだ。それどころか母親達は七姉妹会についても知っていて、妹についてもよくわかっているのかもしれない。
雪子が少し首をかしげて提案する。
「……ねぇ、その緑野先輩って呼ぶの、もうやめてはどうかしら?」
「えっ?」
「名字で呼ばれると私達もびくっとするの。だから息子達を名前で呼んであげたらいいんじゃないかと思って」
「そうね。私も気になっていたのよ」
「ついでに私達の事も名前で呼んで欲しいもの。『緑野のおばちゃん』なんて絶っ対に呼ばれたくないし」
雪子と葉月からずばりと言われ、舞は確かにその通りだと思った。家族が関われば二人を名字で呼ぶとややこしい。
美しい母親である二人に対し『おばちゃん』なんて呼ぶつもりはないが、彼女達も名前で呼ぶ方がいいとも思う。
「二人と仲はいいのでしょう?だったら昴君も勇君も名前で呼ばれて喜ぶと思うの」
雪子の言葉に舞は想像をしてみる。
『昴先輩』と呼べばきっと赤坂は大げさなまでに喜んでくれるだろう。
彼は舞が妹である事にこだわるのだから、名字で呼ぶ方がおかしいと言っていた程だ。
『勇一郎先輩』と呼べば、きっと緑野もはにかみながら喜ぶだろう。彼は友達付き合いの経験が浅く、名前で呼ばれる相手だって少ないはずだ。
どちらも嫌がる事はなさそうだ。
「……じゃあ、今度先輩達をそう呼んでみます」
「今度じゃなくて今よ。ほら呼んでみて?」
「す、昴先輩と、勇一郎先輩……?」
雪子と葉月はなんとか名前で呼んだ舞をじっと観察するように見つめ、ほうとため息をつく。
「恥じらいぶりがかわいい……控えめな子っていいわぁ……」
「静香ちゃんはわがままで自己主張激しいから、こういう子には癒されるのよね……」
どうやら舞の低い姿勢や名前で呼ぶ事に照れている様が、母親二人は気にいったらしい。
しかし葉月の言った、『静香』の話題が聞こえて、舞はぴくりと反応する。
「あ、舞ちゃんは知ってる?私の娘は静香といってね、事件起こして記憶なくして今海外にいるの」
雪子は自分の娘の不祥事であるはずなのに、簡単に他人である舞に話した。
昴は慎重に悩みながら話したというのに。
「えっと、昴先輩から聞いています。静香さんの事、大体は」
「そう、昴が……」
葉月はそう言ってから深く考えこむ。息子の変化に思う事があるらしい。
「静香はねぇ、二人のお兄ちゃんに甘やかされて育ったものだから、すごくわがままに育っちゃったのよ」
「私はただ母親の雪子に似ただけだと思うけどね」
舞は静香達の小さい頃を想像して見る。優しい実の兄に、なんでもできる半分血の繋がった兄。そんな存在が生まれてからずっと側にいたのなら、それに甘えて自分では何もできない子供が育ってしまうだろう。
「まぁ、わがままでも可愛いけど、舞ちゃんとは雰囲気が真逆でね。だから感動してたのよ」
「真逆、ですか?」
静香がわがままというのは舞には少し意外だった。勇一郎の妹ならばきっとおしとやかで優しいお嬢様だと思っていたのだ。
「そうそう。見た目はちょっとぽっちゃりしてて、ワガママで怠け者でね。勉強も運動もできなかったのよ。人見知りだってしてたわ」
勇一郎の妹といえば彼の好みからハイスペック妹と考えられる。しかし実際は真逆。ダメな妹だったらしい。だからこそ勇一郎もハイスペック妹に憧れたのかもしれない。
「でも記憶を無くして、海外で暮らして、最近はしっかりしだしたのよ」
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