第47話 ものの多い部屋





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「息子が嫌がる女の子を家に連れ込んでいるように見えたから、母親としてつい蹴りをね、入れてしまったのよ」

「はぁ……」

「私は葉月といいます。舞ちゃん、今日は息子のためにありがとうね」


赤坂が蹴られた痛みから回復するのを待ってから、三人はエレベーターに乗り彼らの住む階へと移動する。

結局舞は赤坂母、葉月がいるという事もあり、赤坂家に上がる事を許されたのだった。

家族がいるから安心して舞を部屋まで上げられる。そういう意味で赤坂は先程『ちょうどいい』と言ったらしい。


「そう言えば雪子さんが来てるのか?」

「えぇ。もう合鍵で入ってご飯作っているらしいわ」

「じゃあ今日の夕飯は期待できそうだな」


家族としての会話をする赤坂は母親似なのだろう。二人は端整な顔立ちと背が高く堂々とした雰囲気がよく似ていると舞は思う。

部屋の前につくと葉月がどこか楽しそうに扉を開けた。


「お帰りなさい! 葉月ちゃん!」


いきなりそんな言葉が三人を出迎える。

エプロン姿の可愛らしい雰囲気のある女性だった。舞は一瞬家政婦かと思ったが、それにしては親しげだ。


「雪子、あんたまた予告なくうちに上がりこんで……しかも勝手に夕飯まで作ってるなんて」

「合鍵くれたのは葉月ちゃんじゃない。これで葉月ちゃんにご飯作れって事でしょ」

「私が外食してたらどうするの」

「その時は昴君に食べてもらうもん」


容姿といい言動といいどこか少女のような雰囲気を持つ女性だ。

舞と変わらないような身長ではあるが、十代には見えない。というよりも実年齢が掴めない。


「舞、勇と静香の母親の雪子さんだ」

「へぇ、緑野先輩のお母さん……ってお母さんっ!?」


一瞬納得しかけたのは緑野と雪子の柔らかく高貴な雰囲気がよく似ていたからだ。しかし驚いたのは雪子が二人の子持ちの母親には見えないからである。


「あら。昴君のお友達?」

「あぁ、後輩なんだ。怪我をしたから荷物を持ってきてくれたんだ」

「すっ、昴君その足どうしたの?」

「右足は転んで捻挫。左足は母親に蹴られた打撲」

「大変!」


心配しつつテンポ良く話すその様子は、雪子が赤坂の母親と聞いても違和感がない。一方本当の母親である葉月は怪我人の息子をほったらかして先に上がって舞にスリッパを出していた。


「雪子さん、舞にお茶を入れてくれないか?」

「はいはーい。とびっきりのを入れますねー」

「舞、俺の部屋はこっちだ」


3LDKのマンション。その中を赤坂に案内してもらう。母親二人はリビングに向かうらしい。

開けっ放しの扉から赤坂の部屋の内部は廊下からまる見えだった。


「汚くはないが、物は多い。気をつけてくれ」

「……確かに、掃除はされてますけど物は多いですね」


床や物にホコリは積もっていない。しかし壁一面に棚が有り、その棚に物がやたらとつめこまれていた。

様々なジャンルの本。楽器。道具が溢れていて、緑野邸にある彼の部屋とは真逆だ。


「興味がわいたものはなんでも挑戦して、すぐに飽きるからな」

「飽きるっていうか、すぐに極めてやる事がなくなるからじゃないですか?」


赤坂の部屋の机の上には描きかけの水墨画と道具があった。その絵は詳しくない舞でも上手いとわかる。床の間に掛け軸として並べられればきっと高値のものだと思いこみそうだ。

彼は水墨画だけでなくなんでもこなす。それ故に早くに飽きてしまうのではないかと舞は察した。


「あ、先輩はベッドに座って下さい。で、カバンから携帯出しますね、ベッドサイドでいいですよね」

「あぁ、すまないな」

「あとベッド近くに置いておくものはありますか?」

「じゃあ、ギターと着替えを。着替えはパジャマでいい。そこのタンス二段目に入っているから」


赤坂ができるだけ動かずにすむよう、必要そうなものをベッドから手が届く距離に置いておく。ギターまでやるのかと呆れながらも舞はギターを手渡し、次にタンスを開けた。

そこがパジャマや部屋着入れになっているのだろう。丁寧に畳まれたシンプルな衣服が並ぶ。


「パジャマは黒のでいいですか?」

「あぁ」

「コートはそっちにかけるんですよね。かけますから脱いどいてください」

「…………なんだか新妻みたいだな」


つい赤坂はそう言ってしまい後悔をした。普段妹と言っているくせに妻というのはない。さすがに恋心を悟られたかもしれない。

しかし帰宅した自分をかいがいしく世話をやく舞は、新妻のようだと思ってしまったのだった。


「……先輩」

「す、すまない」

「そこは『妹のようだ』じゃないんですか? なのにそんな事言うなんて、よほど疲れているんですね」


しかし舞にはまったく別方向で解釈したのだった。赤坂は嬉しいような悲しいような、微妙な思いでコートを脱ぎ、かけてもらう。


「舞ちゃん、お茶いかがですかー?」


慌ただしく作業する中、部屋の外から雪子が呼び掛ける。茶の用意ができたのだろう。ふわりと紅茶の香りがした。


「はい、今行きます」

「じゃあ昴君には後で運ぶから、舞ちゃんは先にこっちにいらっしゃいな」

「あぁ、俺は着替えたいから、先にお茶しておいてくれ」

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