第38話 殺風景な部屋
桃山が改めて皆の気持ちを代表して言った。
彼らは妹のいるクリスマスを楽しみにしていた。プレゼントだってその一環で、彼らが妹へ贈る事に意味がある。
「私は何も用意していないんですけど、本当にもらっていいんですか?」
「お前、あんま不用意な事言うなよ。下手にそういう事言うと男は調子に乗るだろ」
「おれは舞ちゃんに一緒にお風呂に入ってくれれば満足だよー」
「ほらこんな風に調子乗った男が出るだろ。貰えるなら貰っとけ。ただし要望は無視しろ」
橙堂と黄木がそんなやりとりをして皆が笑った。
そしてその調子にすっかり乗り遅れた人物がいる。
赤坂だった。
■■■
舞は広く清潔な洗面所で手を洗い、ハンカチで手を拭きながらため息をつく。
パーティーは楽しい。食事もおいしかったし、パーティーらしいプレゼント交換やゲームもした。
皆から想定外のプレゼントを貰えたし、彼らから向けられる好意にも気付く。
しかしやはり舞の中でひっかかるのは、赤坂の事だ。
赤坂はそれから舞に関わる事がなかった。
視界には入れてくれるのだが、積極的に話しかけてはくれない。
緑野と舞には事務的な話題しか振らないのだった。
「私が気にしすぎなのかな……」
他の者達はいつもの事なのか気にしていない。ならば舞も気にしないよう振る舞うしかなかった。
洗面所を出て、会場へ戻ろうとする。しかし舞は長く続く廊下を見て焦った。
客間はどこだったか、自分はどちらから来たのか、どれほど歩いたのか、わからなくなってしまった。
「どうしよう……」
洗面所に来る時は出入りしていた緑野家のお手伝いさんに案内をしてもらっていた。しかし待ってもらうのが申し訳なくて自分で帰れると言ってしまった。
しかし今となっては信じられない程の部屋の多さや、高そうな調度品に驚いてばかりでろくに道順を覚えていない。
せめてパーティーの賑やかさを頼りに進もうとしたが、パーティーも終わりに近いためか舞の耳には何も聞こえなかった。
ひとまず近くにある角を曲がって見る。すると影があった。
「おっと」
影とは人だったのだろう。
ぶつかりそうになった舞の体をしっかりとした腕で受け止める。
「舞。ここにいたのか」
「赤坂先輩……」
ぶつかりかけた人物とは赤坂だった。
彼が一人だけ、廊下を歩いていた。
「姿が見えないから迷ったのではないかと思ってな。迎えに来たんだ」
「助かります……」
舞はよく知る顔を見てようやく一安心した。赤坂ならば道案内をしてくれるだろう。
迷わず洗面所に行ったりできる等、彼はやけに緑野家に慣れているようだ。
しかしそう考えて舞ははっきりとした疑問を抱く。
『緑野と仲の悪いはずの赤坂が、何故緑野家の作りに詳しいのか』
緑野と仲が良く何度か緑野家に来た事がある筑紫達でさえここは迷うらしい。
ならばいくら赤坂でも迷うのではないかと思ったが、舞を導く彼に迷いは見えない。
「もうお開きにするという事になったんだ。だから皆で片付け中だ」
「そうだったんですか。じゃあ急いで戻らないと」
「……いや、少し時間いいか?」
いつもより神妙な顔をして赤坂は尋ねる。
赤坂はリーダーとしての自覚があるからか何事も率先して行う。そんな彼がこれから後片付けをするという時に、抜けるとは舞は意外だった。
きっと大事な用があるのだろう。
「はい。大丈夫ですよ」
だから舞はその誘いに乗った。すると赤坂はほっとしたように笑う。
「こっちだ。ついて来てくれ」
緩やかな階段を赤坂は登り出して、舞は彼がパーティー会場に戻るつもりはない事に気付いた。
さすがの舞もパーティー会場は一階に有り、自分達が一階にいた事は理解している。
「勝手に二階へ上がって良いんですか?」
「誰も咎める人はいないさ」
「そりゃあ緑野先輩もそのご家族もきっと優しいですから怒ったりはしないでしょうけど」
緑野の家族に会った事はないが、緑野を見ていればどういう家族か想像がつく。
しかしだからといって人の家を勝手にうろつくのは失礼だと舞は思うが、結局は赤坂についていった。
ここで赤坂ともはぐれたりしたら、今度こそパーティー会場には戻れないだろう。
「この部屋だ」
「この部屋に入るんですか?」
「あぁ、構わないから」
赤坂は遠慮なく豪奢な扉を開く。
そして扉付近にあるらしい照明器具のスイッチを押した。
豪華な照明が照らしたのは、その豪華な部屋に似合わない殺風景なものだった。
ベッドや机など、生活に必要な家具は一通り揃えている。しかし物が少ないのだろう。ベッドに至っては薄手の夏用布団があるというだけで主が寝に帰ってすらいない事は明らかだった。
「この部屋、誰のですか?あまり使われていないみたいですけど……」
「俺の部屋だ」
「え?」
「俺の部屋なんだ。もっとも、今はただの荷物置き場だが」
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