第30話 クリスマスカラー

特進科は冷血な勉強しかしない人達というイメージが強いのだろう。緑野の持つ雰囲気はそれとまるで違っていて、だから舞には彼が特進科である事が意外だったのだ。


「けど、そんなのあくまでイメージですよね。緑野先輩みたいに優しい人もいますし」

「いえ、そのイメージは正しいです。特進科はクラスメイトを蹴落とす事が当然の科ですから」


おっとりした様子で告げる緑野を見て、舞は噂が真実であると知りわ青くなった。こうして彼が言うからには謙遜でもなんでもなく、特進科は噂通りの科なのだろう。


「だから僕は妹尾さんの優しさがとても嬉しかったです。自転車の前で困っていたとしても、クラスメイトは助けてもくれませんから」


あっ、と舞はあの状況について深く考えて気付く。

チェーンが外れたなら誰か友達を呼んで直してもらえばいい。それができないという事は友達がいないという事かもしれない。

そして放課後の駐輪場ならクラスメイトが通りがかって助けてもおかしくない。しかしそのクラスメイトは何も声をかけなかったようだ。

それらから緑野が孤独という事がわかる。

ライバルを蹴落とす特進科では緑野のような優秀そうな生徒には辛い環境なのだろう。


「……もしかして、緑野先輩って二年の成績ランキングで二位だった緑野先輩ですか?」


優秀な生徒という事で舞は思いだした。二年全学科のランキングに、赤坂の下に緑野がいたという事を。

それぐらい優秀ならば特進科中に敵視されてもおかしくはない。


「はい、その二位が僕です。けどよく覚えていますね。二年の順位ですのに」

「一位の人が知ってる人で、その人と緑野先輩が赤と緑でクリスマスカラーだなぁと思って」

「……そうですか。一位の彼は、貴方と同じ普通科ですからね」


何故か緑野の声には間があった。そして寂しげな表情のままコーヒーを飲む。

それを見て舞は、緑野にとって赤坂がライバルだからだと気付く。

学年二位というのはすごい事だと彼女は思うが、彼としては二位は屈辱なのかもしれない。


「妹尾さん」

「はい?」

「僕とまた会ってくれませんか?」


舞は驚いてココア缶から視線を外し、丸くなった目で緑野を見た。彼の表情はとても真剣で、舞には告白でもしているかのように見える。


「僕は同じ科に友達がいなくて。だから他の科で友達を作りたいと思うんです」

「あ、そういう意味ですか」

「はい?」

「いえ、なんでもないです」


最近美男子と出会い妙な形で親しくなる事の多い舞は誤解をしかけた。

その誤解というのも、また『妹になってくれ』的なものかと思ってしまった。

緑野は彼ら七姉妹会とは違う。舞はすっかり美形を見れば妹萌えであるという偏見を持ってしまった。


「じゃあ、また会いましょう。今度お昼ご飯とか一緒に食べるとか、どうでしょう?」

「お、お昼ご飯ですか……!?」

「えっ、ダメでしたか?」

「いえ、僕はほとんどずっと一人でお弁当を食べていたので……その、嬉しいです」


見ているこちらまでが嬉しくなるような初々しい笑顔で緑野は微笑んだ。

余程彼は孤独な学校生活を送っているようで、舞からの昼食の誘いは嬉しいらしい。


その後、二人は連絡先を交換し、途中までを一緒に帰った。

もうすぐ冬休みのためさっそく昼食は共に取れなくなる。それでも緑野は三学期が待ち遠しいようだった。





■■■





終業式。式を終え成績表を受け取り、掃除や委員や雑事はあるものの、クラスは解散となる。

それからすぐに舞は約束通りに美術室に向かった。クリスマスパーティーの集合場所はそこだ。それ以上の詳しい話を聞いていない。


「あれ、もしかしたら私が最後でしたか?」


扉を開ければ七姉妹会は勢揃いしていた。正しくは、『最後の一人』が足りない状態ではある。

普通科である赤坂と舞がすぐ美術室に到着するならともかく、普通科から遠い芸能科の橙堂達までが揃っている。


「皆今日を楽しみにしていたんだ。早く来るのは当然だろう」

「なにせ妹が揃ってのクリスマスパーティーだもの。気合いだって入るわ」


赤坂と桃山が楽しみを隠しきれない表情で語る。今まで彼らは妹抜きでクリスマスパーティーをして、そして『理想の妹と共に過ごす理想のクリスマス』について語るらしい。なんとも残念なパーティーだと舞は思った。


しかし今年は舞がいる。『理想』を叶えるチャンスという事で皆は張り切り早くに集まったのだった。


「『最後の一人』はまだ来ていないんですか?」

「あぁ、車の準備があるから」

「車?」

「これから彼の家の車に乗り、彼の家に行き、パーティーを行うんだ」


赤坂が初めてそんな説明をして、舞は困惑した。クリスマスパーティーについては『ここに集まって会員の家へ移動する』としか聞いていない。

なのに『最後の一人』が足となり会場まで提供をするというのは、面倒ごとを押し付けている気がしてならない。何せ彼は普段ここに集まりもしない男なのだから。


「そうだ、交換するプレゼントは今預かっておこう」

「あ、はい。お願いします」


舞は鞄の他に持っていた紙袋を赤坂に託した。




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