第29話 王子系



「妹尾はハイスペックとは言いがたいからな」

「それには異議有りだ。舞は確かに平凡な女の子ではあるが、妹属性としてはハイスペックなのだから!」

「いやこの場合のハイスペックとは世間一般から見たものであって……」


妹議論が始まる。これがいつもの彼らの行いだ。こうなると白熱し、彼らは時間も忘れて警備員が注意に来るまで話し込むのだった。






■■■






今朝舞は遅刻をしかけたため、兄の自転車を勝手に借りて登校した。普段は徒歩通学でのんびり登校しているのだが、この冬は自転車で切る風が冷たいから遅刻でもないと自転車には乗りたくない。

それに毎朝自転車で登校しようと思うと油断からぎりぎりまで寝てしまい、結局遅刻しそうになる。そのため本当に遅刻しそうな時だけ自転車で通学するのだった。


放課後の七海学園駐輪場には自転車は少なかった。何もない、がらんとした広い空間となっている。舞が千鶴に会うため理数科に寄り道をして、さらに美術室に寄り道をしたから、もう生徒達はほぼ帰ったのだろう。

赤坂達とお茶をしていればもっと遅くなったのかもしれない。だから早く帰る事にしたのだが、赤坂の泣きそうな表情を思い出すと、もっと優しく言えば良かったと思う。あれでは舞がお菓子にしか興味がないようだ。なんだかんだで、七姉妹会で過ごす事は悪くないと思っているのに。


反省しながら兄の自転車を探すと、舞は駐輪場にしゃがみこむ人物を発見した。

少し華奢な背中ではあるが、男子生徒であると気付く。具合が悪いといけないと、舞は心配そうに彼の背をうかがった。


しかしすぐに彼は自転車のペダルをじっと見ている事に気付いた。


「もしかして、チェーンが外れましたか?」


思い当たる事が有り、舞はそう声をかけた。

しゃがみこみペダルを見て途方にくれているとしたらチェーン外れが原因かもしれない。舞も経験があるからわかる。


「はい……あの、さっきから直そうとしているのですが、うまくできなくて」


振り返った男子生徒の顔に舞は驚いた。


それは彼が整った顔をしていたためだ。さらさらの髪に優しげな目もとにすらりとした細めの体型は、まるで王子のような雰囲気がある。不安そうなその様子を見れば、助けずにはいられない。


「良かったら直しますよ」

「え、そんな、女の子に悪いです」

「慣れてますから大丈夫です。急いでいる時に限ってチェーンが外れちゃうんですよね」


舞は外れたチェーンを直す事は得意だ。なにせ自転車に乗るときには遅刻しそうなのだから。遅刻しそうな時だからこそ早く直さなくてはならない。そんな事がよくあれば性別は関係なく素早く直せるのだった。片手でペダルを持ち、もう片手でチェーンをつかむ。ペダルを回しながらチェーンをはめる。

そしてすぐに彼の自転車は直った。


「はい、直りました。これで帰る分は走れると思いますけど、ちゃんとした人に見てもらったほうがいいと思います」

「ありがとうございます。すみません、普段自転車には乗らないものだから……」

「バスか電車通学だったんですか?」

「いえ、車です。今日は試験が終わった気分転換に自転車がいいと思ったので。慣れない事はするべきではありませんね」


品良く微笑む青年の高貴さは本物故のものだろう、と舞は察した。

普段は車で登校し、気分転換に自転車を使うなんて、よほどのおぼっちゃんに違いない。


「あっ、手を汚されてしまいましたね。すみません、僕のせいで……」


油とさびにまみれたチェーンに触れたせいで舞の手が汚れた事に青年は気付く。


「大丈夫ですよ、洗えばいいですから」

「ごめんなさい。すぐ水道へ向かいましょう」


青年は舞の手首を軽く引き、水道まで導いた。やんわりとした態度でありながら強引さもある彼に舞は驚く。


食堂近くの水道で舞は石鹸で丁寧に手を洗った。その間に青年は消える。

もう帰ったのかなと舞が思いながらハンカチで手をふく頃、彼は戻って来た。

両手に缶に入った飲み物を持って。


「手が冷えてしまうといけないから、これで暖めてください。ささやかですがお礼です」

「あ、ありがたくいただきます」


一瞬姿を消したのは、自販機に向かっていたためだろう。

舞はコーヒーとココアの缶で迷い、ココアをとった。

温かい飲み物の缶は水で冷えた手にはちょうどよかった。


「私、普通科一年の妹尾舞といいます」

「僕は特進科二年の、緑野勇一郎といいます」


缶を開け、二人はやっと自己紹介をした。

しかし舞はまず緑野が二年という事と、特進科である事に驚いた。


「特進科の先輩なんですね。私てっきり、音楽科の同学年かと……」

「ふふ、そう見えますか。僕は頼りない方ですからね」

「いえ、違うんです、そういう意味じゃなくてっ。さっきから敬語でしたし、その、特進科の人って冷たそうに見えるから」


舞も特進科の生徒に関わるのは初めてなので噂話だけだが。

それでも皆は口を揃え、あまり良くない噂を流す。


「あぁ……確かに特進科は学力を何より一番に考えていて、それ以外の事を軽んじる傾向がありますね」

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