第21話 悪どく美しく

「あの、橙堂ユズルさんですよね?いつも応援してます。握手してもらってもいいですか?」


舞と黒川が去ってすぐ、橙堂と同じ位の年頃の少女が話しかける。他にも背後には話しかける機会を狙う女性がいて、橙堂は冷静に判断を下した。


「……そろそろ引き時か。ゆさぶりは十分効いたし」

「え?」

「いえ、何でもないです。いつも応援ありがとうございます」


いつもの営業用の笑顔で橙堂は握手に応え、これからやって来たファンの応対をする事にしたのだった。





■■■





「あら、橙堂の役目はもう終わりみたいね。舞ちゃんはショッピングモール側に入ったけど……今度はちゃんと赤坂がつけてるみたい」


状況を確認しながら桃山は黄木にもわかるよう解説をする。

今日の彼はタートルネックのセーター、細身のパンツをブーツに入れている。頭にはハンチング帽が有り、その中には長い髪が収められていた。

お嬢様という雰囲気のある制服時とはまた違った雰囲気だが、それも変装のためだ。今の桃山は男女の区別が付きにくい格好で、それが舞の目を欺ける事になるだろう。

それに彼女の目を更に欺ける『連れ』がいる。


「ねぇ、橙はもう舞ちゃんを追わなくていいの?」


長身に柄だらけの派手な服の男は、不釣り合いなオレンジジュースを啜りながら桃山に尋ねる。

それが黄木だった。

喫茶店内の尾行が退屈なのか、その表情は冴えない。サングラスの奥には構ってほしがる犬のような目があった。


「橙堂の目的はひっかきまわす事なの。彼の出現により黒川は調子に乗った真似はできなくなったでしょうね」


好きな女の子が芸能人にまでアプローチされていれば、告白する事などは図々しく感じて出来なくなる。

それが目的なので橙堂は芸能人で舞と親しいという紹介さえできればいい。


「ライバルの登場は焦りを生むわ。そして焦りから冷静な判断が出来なくなるの。消極的になるか、積極的になりすぎて失敗するか、どちらかでしょうね」


桃山は美しく、しかし意地の悪い笑みを浮かべ解説した。どこまでも彼らは悪人だ。


「へぇ、じゃあ次はおれの出番?」

「そうね、準備をしてちょうだい」


言われて黄木はサングラスをかける。それらと彼の派手な服装もあって、チンピラのように見える……と桃山達は思ったのだが、どこか違和感はあった。


「なんだかハツラツとしているわね……」

「ハツラツ?」

「日に焼けた肌が健康的で若々しいからかしら。不良と言えばタバコや酒や夜遊びで肌が汚そうなイメージがあるし……」

「おれ、スポーツやるから酒もタバコもやんないよー。早寝早起きだしねー」

「姿勢が良すぎる事も原因ね。不良はもっと姿勢悪く、威嚇しながら歩くものだし」


黄木が健康的すぎるためにチンピラの服装が似合わないのだろう。今の黄木はただの服装の趣味が悪いだけの人というように見えてしまう。


「……まぁ仕方ないわ。この姿であっても関わりたくないと思う事だし、精一杯黒川を脅してちょうだい」

「うん、わかった!」


とてもチンピラとは思えない素直ないい返事をして、黄木は舞達を追った。

しかし、これからその芝居は出来なくなってしまうのだった。





■■■





商店の多い賑やかな道を、店先を眺めながら舞と黒川は歩く。


「それにしても驚きました。まさか先輩が橙堂さんと知り合いだなんて。言ってくれれば良かったのに」


雑踏の中、黒川はふと思い出したように言った。

それを聞いて舞は背後を確認する。また彼がついて来ているのではないかと思ったからだ。


「えっと、ごめんね。知り合いだなんて言っても信じられないと思ったから」

「……確かに信じられないですよね。橙堂さんが先輩を好きだなんて」


やはりその事に触れられ、舞はどう説明しようか迷った。『橙堂は人の恋路を邪魔がしたいだけ』と言ったところで、『それは舞に好意を抱いているから』とされるかもしれない。


「あっ、ごめんなさい。別に悪い意味はないですよ。先輩は魅力ある人です」


舞は気にもしない事を黒川は気にした。確かに先ほどの彼の言葉では『芸能人である橙堂が何の魅力のない舞に好意を持っていて驚いた』というように取れる。


「別にいいよ。多分皆そう思う事なんだから」

「先輩は魅力的な人ですよ、お世辞抜きで。……さっき橙堂さんと一緒にいた時も、なんか雰囲気がやわらかいっていうか、自然だと思いました」

「自然かな。不自然の塊だと思うんだけど」

「近しい存在っていうんでしょうか。そんなかんじです」


その言葉については正しいと舞も思う。

橙堂からの距離が近いのは当然だ。彼は舞を妹と思っているのだから。

黒川は橙堂の嘘に騙されているようだが、その雰囲気は察していたらしい。


「……でも、ちょっと妬いちゃいます。僕だって言いたい事があったのに、橙堂さんは言いたい事をあっさりと言ってしまうから」

「え……」


恥じらうように微笑む黒川の姿に舞はどきりとした。

黒川には言いたい事があった。

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