第22話 本物登場

しかし橙堂のせいで言いそびれてしまったようだ。


「こんな事、言うのは恥ずかしいけど……でも言いたいんです。先輩には、どうしても」


言いそびれていた大事な話をしようとしている黒川に動揺し、舞は歩みを止めた。するとその後方を歩いていた人物が舞にぶつかる。相手は大柄な男性で、しかしお互い力は入っていないため、軽くぶつかっただけだった。


「いってぇなぁ」


ガラの悪い男の声がして、別の意味で舞は動揺した。


「あ、あのっ、すみません!」

「あーぁ、こりゃ骨が折れたなぁ。治療費いるなぁ」


ぶつかった相手は柄シャツに金のネックレスをつけた、見かけからして素行の悪そうな男だった。

その男が肩を押さえている。しかし舞のような小柄な少女がぶつかった程度で肩が折れるはずはなく、単に恐喝をしようとしているのだろう。


謝る舞を黒川は庇うように前に出る。


「せ、先輩は謝ってます。それにぶつかったって骨が折れるはずないんじゃ……」

「なんだガキ。女と一緒だからってかっこつけてんじゃねぇぞ」


不良は黒川の襟元を掴む。そして鋭い目で睨むと黒川は何も言えなくなった。





■■■





一方舞達から距離を置いている赤坂と橙堂はは、人通りが多いために舞達を視認できず、もやもやとした気分を味わっているのだった。

場所としては桃山・黄木チームの方が舞達に近い。その桃山からの電話報告を待っていたのだが、彼は何故か慌てていた。


『舞ちゃんが不良に絡まれているの!』


その桃山の言葉は、赤坂の想定内の事だ。


「それがどうした。絡まなきゃ始まらないだろう?」

『柄シャツ金アクセ男が舞ちゃんに絡んでいるのよ!』

「おいおい、それはお前が選んだ服装じゃないか」

『だからそうじゃなくて!黄木じゃない別の男が舞ちゃんに絡んでいるのよ!』


下手に似たような事を起こそうとしていたためにややこしい事になった。

つまり黄木が絡む前、別の男が舞に絡んだという事だ。


『黄木は出遅れてしまったの。それで、舞ちゃんが別の男にぶつかってしまって。ど、どうしましょう、助けに入っていいかしら?』

「……いや、やめた方がいい。桃山は喧嘩が得意ではないだろう、それより他の助けを呼んでくれ。橙堂も暴力沙汰はまずいから動くな。俺が行く」


うろたえている暇はない。赤坂は冷静に指示を出す。

桃山は清楚なその見た目通り荒事に向いていない。しかしいざ舞に危害を加えられるとしたら我を忘れて飛び出してしまうだろう。


そして芸能人である橙堂はもめ事を避けるべきだと止めておく。

となると赤坂が出るしかない。


「うん? ちょっと待ってくれ、じゃあ絡むはずだった黄木はどうしてる?」

『黄木なら私の隣に……あら、いない?』


黄木も運動部に在籍しているため暴力沙汰は避けるべきだ。彼が出遅れたならば桃山の近くにいるはずだがもういない。

とすれば、黄木の行き先は決まっている。





■■■





「だからっ、謝ってるじゃないですか!」

「誠意がないって言ってんだろうが!」

「つまりお金出せって事でしょ? こんな未成年にたかって恥ずかしくないの!?」


舞は人目も恐怖も忘れ、ひたすら声で戦う。

すでに黒川は恐怖により戦意喪失している。一緒にいる男が頼りにならないために舞が代わりに戦うのだった。


本当ならば誰かに助けてもらいたい。しかしあれだけ人の多い通りも、皆が舞達を見ないようにして歩いた。助けに入る人もいないらしい。

そんな状況から舞の気は普段よりも強くなる。これだけ人の目があれば殴られる事はないと思っているようだ。

しかしそれが不良の神経を逆なでした。


「てめぇ、言わせておけばっ!」


不良が舞の腕を掴む。その握られた痛みに舞は顔を歪めた。

しかし歪めたのはその一瞬、


「舞ちゃんにさわるなー!」


気の抜けるような声がして、そのすぐ後に不良の腕は舞から離れて体が浮いたのだった。


舞には何があったかわからない。ただつかまれていた腕が一瞬でほどかれ、不良がふっ飛び、目の前に別の男が現れていた。


誰かにより不良が投げ飛ばされたのだろう。

背の高い男だ。その割りに細身で、投げられた不良のような柄の悪い服装を身にまとっている。

しかし子供のような幼い笑顔を舞に見せた。


「やっと会えたね、舞ちゃん」


童顔派手男がそう言った。

その言葉から自分の味方である舞は理解した。つかみかかった不良を投げ飛ばしたのはきっと彼だ。


「あ、やばい」


そして童顔派手男は周囲の視線に気付くと舞を片手で持ち上げ肩にかつぐ。もう片手で黒川の首根っこをつかみ、信じられない速さで走り出した。


「う、うそっ……」


舞はあまりにも軽々とかつがれた事に驚く。その背後では『お巡りさんこっちですー女の子が男に絡まれていますー』という声を聞いた。





■■■





走ってどの位が経ったのか、童顔派手男にかつがれていた舞には把握できない。

しかし人通りの多い道を抜け、公園についた時、もういいのか舞の体は下ろされた。


「大丈夫?さっきの男には何もされてない?」


童顔派手男は舞が怪我をしていないか丁寧に確認する。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る