第20話 若手実力派俳優

いきなりの質問に、舞はまだ熱いココアを口に含み火傷をするところだった。恋愛を意識した途端にその質問だ。心を読まれたかのように感じてしまう。


「……彼氏が居たら、黒川君と二人だけで出かけたりしないよ」

「それなら良かったです」


さらりとした黒川の言葉に、舞はその言葉の裏を探ろうとする。

『舞に彼氏がいない』という事実が良かったのか、『彼氏がいたら映画に誘う訳にはいかない』という気づかいから良かったのか、舞には判断しかねる。

悩んでいると周囲の雰囲気が落ち着きをなくした事に気付いた。

周囲の席の皆が同じものを見て、何事かを囁きあっている。

そしてその注目は舞に近づいていたのだった。


「やぁ、舞ちゃん。こんな所で会うなんて奇遇だね」


一瞬、舞は注目を浴び続ける男が誰なのかわからなかった。

周囲の視線を集める美しい立ち姿に、整った顔には黒縁眼鏡がある。そして爽やかな言葉使いに愛想のいい声。

知ってる人なのだが知ってる人ではない。


「……橙堂先輩?」


頭でも打ったのだろうかと疑問符をつけて舞は尋ねた。彼女の知る彼は、迫力がある美しさを持ち、気だるげで刺々しい態度の男だ。


「そうだよ。なに、もう忘れちゃった? それは冷たいんじゃないかな」

「や、だって別人すぎるじゃないですか」

「あぁ、この変装用眼鏡のせいかな。眼鏡ってかけると雰囲気が変わるよね」

「いえ眼鏡でもなくて」


違うのは主に態度だ。ここまであからさまだと言うのに、本人はその事には触れない。


「も、もしかして俳優の橙堂ユズルさんですか?」


しかし二人のやり取りで黒川は突然現れた男が橙堂である事に気付き震えた。

橙堂はそれに対し自信に満ちた笑顔を見せた。


「そう、僕が橙堂ユズルだよ。おっと、残念だけれどサインはできない。事務所から禁止されているんだ」

「へぇ、そうなんですか。橙堂さんってテレビと雰囲気変わりませんねぇ」


どうやらこのキャラクターこそがテレビでの橙堂そのままらしい。

見ていて寒気しかしない舞は、彼の出るテレビはもう見ないようにしようとも思う。


「さすが先輩ですね。橙堂さんとお知り合いなんてすごいです。やっぱり同じ学校に通うと知り合いになるものなんですね」

「知り合い、ね。僕は恋人になりたいと思っている所なんだけどな」


自然な様子で橙堂は舞の隣に座る。そして彼がこのままお茶をするつもりであるという事と、その発言に驚いた。


「こいびと……?」


その言動に黒川も驚いたらしい。大きな目をぱちくりとさせる。


「ちょっと、それ何の冗談ですか?」

「冗談だなんて決めつけるんだもんなぁ。報われないよ」

「あんまり寒い事は言わないで下さい」

「寒い? 暖房を上げてもらおうか?」

「そっちの寒いじゃなくて!」


舞の表情はひきつり、鳥肌が立っていた。それだけ彼の今のキャラクターに恐怖しているという事だ。


「……えっと、つまり橙堂さんは先輩が好きって事ですか?」

「あぁ。この間に告白したんだけれど、まったく相手にされなくてね」

「嘘!嘘だからそんなの!」


はっきり嘘をつく橙堂に、段々と舞は冷静に理解してきた。

何故彼がこのような態度を取るのか。


それはきっと、舞に恋人ができる事を阻止しようとしているのだろう。

彼が協力をしてくれると言ったのは嘘で、そうして聞き出し今邪魔をするのが目的だ。

思えば橙堂と桃山は黒川を悪く言おうとしていた。あれは隠しきれない本心が出ていたらしい。


そして今、こうして派手な登場をした橙堂はわざと舞に好意のあるふりをして引っかきまわすつもりなのだろう。

それに気付いた舞はもう寒がっている場合ではない。橙堂を睨みつけながら尋ねる事にした。


「……まさか、赤坂先輩もグルになったりはしてませんよね」

「赤坂? 誰かなそいつは。男の名前を出すなんて妬けるね」

「どういうとぼけかたですか」


本当に彼は若手実力派俳優なのだろうかと舞は疑問に思う。

とにかくグルである事は間違いなさそうだ。


「だとしたら桃山先輩もっ? やけにロリータごり押しするかと思えば!」

「ごり押し? はてさて何の事やら」

「まぁ黒川君はロリータ有りらしいけど」

「ちっ、桃山のやつ使えねぇな」


ようやく一瞬橙堂の素が出たし、桃山ともグルである事が判明した。


「三人で企んだりして、そんな事したって無駄なんですからねっ」


しかし舞は三人しか関わっていないと思いこんでいる。その事に橙堂は隠れてにやりと笑った。

その間に舞は居心地の悪そうな黒川を気使う。


「あ、あの、黒川君。気にしないでね。橙堂先輩は空気だと思って」

「空気にしては目立ちすぎですよ。派手できらきらしてます」


こうしている間も彼は絵になる姿で椅子に座り柔らかく微笑む。その姿は周囲を魅了していた。


「……もういいです。私達がどこかに行きますから。行こ、黒川君」


上着とカバンを手にし、黒川を無理に連れ出すようにして喫茶店を出た。

橙堂もそれについていこうとするが、そう簡単にはいかない。

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