第19話 妹を人質に取られる映画
舞は何も言わなかった。その芸能人である橙堂とひょんなことから知り合いお茶をしただなんて、言った所で黒川は信じてくれないだろう。
「まぁ、なんとかA判定はキープできていますし。先生からも今のままなら合格できると言ってくれたんで、こうして先輩にお祝いしてもらう事にしたんですけどね」
「うん。祝うよ。まずは映画だっけ。受験勉強の息抜きをしなきゃね」
競争率が高かろうが、黒川の成績はいい。多少遊んだ所で何もならないだろう。
それに久しぶりに会ったのだからお祝い位は思い切りしてやりたい。そのため舞はまずは黒川の希望である映画を共に見に行くのだった。
■■■
黒川が選んだ映画は大作映画の二作目。息をつく間もない展開が売りの映画だった。
「うっ、ぐす、ぐす……」
「ぐっ……ぐす……っ」
決して泣くような映画ではない。しかし映画館では男二人のすすり泣く声がした。
「反則だ、あんな所で主人公の妹が人質になるなんて……!」
「くそっ、誰だ。こんな所で玉ねぎ刻んでる奴は!」
変装用黒縁眼鏡をとり目元を拭う赤坂。ハンカチで目頭を押さえる橙堂。
この二人も映画を見ていたのだった。もちろんその理由はデート中の舞と黒川を尾行するためである。
しかし映画の内容に惹かれるあまり、泣く場面ではない所で泣いてしまったのだった。
「し、しまった、映画の妹に感動していたら舞を見失ってしまった!」
「お前、なにやってんだよ。とりあえず携帯の電源入れて桃山に聞こうぜ」
自分も映画に夢中になった事を棚に上げ、橙堂は携帯の電源を入れる。
するとすぐに桃山からの着信があった。
『もうっ、何をしているの?舞ちゃん達は映画館を出てしまったわよ』
少し怒っているらしい高くなった声が電話から聞こえた。
桃山は黄木と共に映画館近くのカフェで時間を潰していた。というのも、確実な尾行のため二手に別れていたためだ。
「悪い。見失った」
『まさか映画に魅了されていたのではないでしょうね。確かにその映画は妹がとっても素敵ですけれど』
「桃山、見たなら事前に言えよ……」
『映画のネタバレをするわけにはいかないでしょう?まぁ、今は舞ちゃんも私達のいるカフェにいるから焦らなくていいわ』
「そっちにいるのか?バレたりしないだろうな」
『変装をしているから大丈夫よ。声もおさえているのだし』
黄木は勿論チンピラ風の変装をしているし、桃山も中性的な、どちらかといえば男性らしい格好をしている。舞が気付くはずはない。
「わかった、お前達はそのまま監視を続けてろ。俺らはこれから任務に入る」
『ええ、お願い』
そして橙堂は電話を切った。そして赤坂に電話内容を伝える。
「舞達はちょうど桃山のいるカフェに入ったってさ」
「まさか、映画の感想を語りあうつもりか。しかしそんなデートチックな展開などにはさせはしない」
「だな。そういう展開なら、徹底的に邪魔してやる」
橙堂は本気な変装のため冴えなく落ち着かせていた髪を、ワックスで動きをつける。それだけで彼は華やかな雰囲気をまとった。
そして伊達眼鏡を外そうとしたが、結局やめた。
「そうだな、橙堂の華やかさは魅力だが、今はまだ眼鏡をした方がいい。この街中ではすぐ大勢に気付かれ囲まれて、作戦どころではなくなってしまう」
「ああ、ギリギリで俺だと気付かれるようにしないとな」
自然に、しかし姿勢は美しいまま橙堂は歩きだした。それだけで彼は人を惹き付ける魅力を放ち、目立って仕方ない。
それを見てもう少し目立たなく振る舞わせるべきだった、と赤坂は思うのだった。
■■■
「それにしてもハズレでしたね、あの映画。やっぱり一作目がよすぎると二作目に失敗するものでしょうか」
「だよねぇ。妹を人質にする時点で白けちゃった。妹もまたアホみたいな手段で捕まっちゃうし」
「あぁ、あれ笑い所なのかと思っちゃいましたよ。でも後ろですごい泣いてた人いましたよねぇ」
「あぁいたよね。ほんと、どこで泣いてたんだろ」
満席状態の人で賑わう喫茶店。
温かい飲み物を挟み、二人は映画についての感想を語り合う。
映画は彼らにとってはつまらないものだったらしい。そしてつまらない故に会話も弾むのだった。
「なんだか誘っちゃってごめんなさい。思ってたよりつまらない映画でしたよね」
「気にしないで。映画の良し悪しなんてわからないよ」
「でも折角先輩を誘えたのに」
「今日はお祝いなんだから、黒川君が気遣ったりしなくていいんだよ。黒川君のしたいようにしようよ」
優しい舞の言葉に黒川の表情はぱっと明るくなった。そんな風に表情がころころ変わる所が舞には可愛くて仕方ない。
彼を男性と見る事は難しいかもしれない。しかし一緒にいると楽しい。このままこの関係が続けばいつかこの感情は恋になるのではないかと思う。
「あの、先輩は彼氏いますか?」
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