第14話 姉妹萌えの桃山と平凡妹萌えの橙堂

「えぇ。だから『お兄さん』ではあるけれど、舞ちゃんには『お姉さま』と呼んでほしいわ」


桃山からほわほわと告げられる衝撃の事実に舞はしばし放心した。

桃山を男だと思いこんだのは正しかったという事だ。


「桃山は我ら七姉妹会でも特殊な妹好きだ」

「そのようですね。皆さん独特ですけども」

「桃山は『姉妹の妹萌え』なのだ。姉になりたいというのは少し七姉妹会とは違うのだが本当は兄だし、妹萌えではある事に変わりはあるまいと入会させた」


姉妹の妹萌え。だから自らが『お姉さま』である事にこだわるのだろう。

あまりの事に舞の妹になりたいと思う気持ちは消え去った。実は男のお姉様だなんてクッキーもどころの話ではない。


「あら、また誰か来たみたい」


美術室外の足音を聞き取ったらしい桃山が呟き、来客かと追加のカップを用意する。


「……誰、そいつ」


三人が注目した扉から現れたのは美しい青年だった。色素の薄い髪や繊細な作りの顔は一目見たら忘れそうにない。

その青年が舞を見つめる。少しつり上がった目力の強い目だ。見つめられただけで舞は身動きをとりづらくなった。


「しばらく七姉妹会に出入りし手伝ってくれる舞だ。橙堂、久しぶりだな」

「あぁ、結構長期なロケあったからな。電話では話していただろ?」

「うむ、あの件では世話になった。ありがとう」


気だるげに青年・橙堂は話す。その気だるさには桃山とはまた違う色気が含まれていた。

その顔と名前で舞は思い出す。友人の話を。


「芸能人の橙堂ユズル!?」


思わず叫んだその声に藤堂はぎろりと舞を睨み付ける。


「いきなり呼び捨てかよ」

「あ、ごめんなさい……」

「お前、初対面の男にはお兄ちゃんと呼ぶ常識もないの?」

「……そんな常識は私の中にはありません」


この一言だけで彼が七姉妹会に所属する事はよくわかった。芸能人オーラといえる威圧的なまでに美しい雰囲気が台無しだ。

やはり彼もまた残念なイケメンだった。


「橙堂、頼んでいたお土産は買ってくれた?」

「ほら、このケーキだろ。別に使いぱしりは構わないけど、あまりアテにはするなよな。ロケ先じゃ買う時間もない時もあるんだから」

「ありがとう、ここのケーキは通販していないから助かるわ。舞ちゃんがいる事だし、今日開けてしまいましょうか」


橙堂が紙袋に入ったケーキを桃山に渡す。

まさか律が言っていた『橙堂に近づく女子生徒』というのは桃山ではないか、と舞は今更気付いた。


「二人が来たのなら俺は席を外しても大丈夫そうだな」

「え、赤坂先輩、さっき来たのにもう帰るんですか?」



例え赤坂であっても、初対面の面子の中にいれば心強い。だから舞は不安そうに尋ねてしまった。


「舞が名残惜しんでくれるのは嬉しいが、用があるのだ。桃山、橙堂。舞の事は頼んだぞ」

「はいはい。舞ちゃんの事は私に任せて、行ってらっしゃい」

「心配しなくてもお前のいない隙にどうこうしねえよ」

「……心配ではあるが、行って来る」


あとの事は桃山達に頼み、赤坂は出ていく。桃山はその後ケーキを切り分けた。舞はそれを椅子に座りぼんやり眺める。その様子に橙堂は呆れたような声を上げた。


「……お前、何してんの?」

「えっ?」

「茶ぐらい入れろよ。そのために来たんだろ」


確かに橙堂の言う通り、今日お茶を入れたり雑用を引き受けるため舞はやってきた。しかし桃山が色々ともてなしたためにその役目は取られてしまっている。慌てて舞は立ち上がった。


「ご、ごめんなさい。今手伝います」

「いいのよ。舞ちゃんはもてなされていて。橙堂だって舞ちゃんにお世話されたいだけなんだから」

「別に、そんなんじゃない」

「橙堂はいじわるな事をよく言うけれど、あまり気にしないでね。気にいった子をいじめてしまうタイプなの」


桃山がフォローをしながらお茶を入れ終え、舞は結局やる事がなくなって席についた。


「さ、食べましょう」

「はい。いただきます」


美しいティーセットに美しく盛られたケーキ。食欲を刺激された舞はチーズケーキをフォークで崩す。

食べようとした所で二人にじっと見られていると気付き、恥ずかしくなり更に小さくケーキを口に運ぶ事にした。

口にしたチーズケーキは濃厚でおいしい。どうやら地方の有名店のもののようだ。


「……おいしいです。こんなの、食べた事ない」

「それは良かった。私も気になっていたケーキなの。舞ちゃんと食べる事ができて嬉しいわ」


あまりの美味しさに顔をゆるめる舞を見て、幸せそうに桃山は微笑む。橙堂も彼女に一瞬見とれ、その後我に返り顔を反らした。


「あぁ、やっぱり妹っていいわね。夢だったの。女の子と一緒にお菓子を食べる事が」

「そういうものなんですか?」

「そう。私の場合はとくに姉妹になりたい気持ちが強いから、一緒にお菓子を食べたり作ったりも好き。出掛けてショッピングするのもいいし、恋の話で盛り上がったりするのもいいわね」


ほわんとした夢を語る桃山は見た目だけなら立派な『お姉さん』だ。性別を間違って生まれてきたかのようだ。


「恋と言えば、舞ちゃん。あなたは今度、年下デートをするようね」


どこから聞いたのか桃山からされたくない話題をして、舞はぎくりとチーズケーキを喉に詰まらせかけた。

赤坂のような例がある。彼らは『妹に彼氏ができてほしくない』という考えの余り、舞の恋路を妨害しようとしていた。

同じ七姉妹会として桃山もそうではないかと舞は警戒した。

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