第10話 逃げられない理由


「石原先輩、美人なのに……?」

「確かに見た目から優しくされた事もあっただろうけど、皆下心があったし、つきまとわれたり嫌な思いもいっぱいしたの。なのに女の子は誤解して嫉妬して、中傷されて……だから優しくしてくれたのは圭君だけだった」

「別に俺は普通に優しくしただけだし、皆みたいに下心もあったんだけどね」


とくにかっこつけた様子もなく圭は言う。そんな自然体なところに石原は惹かれたのだろう。兄は自然体で優しい事なら舞も知っている。


「それでも私にはもう圭君しかいないと思ったの。けど、高木や沢井はそれを良く思わなくて、圭君に嫌がらせをし始めたの」

「ていってもロッカーに変な手紙入れられてるくらいだよ。あいつらやる事ちっちゃいから」


圭はそう言ってすっかり冷めたコーヒーを飲む。確かにそんな嫌がらせをするのくらいならまだ見逃せる。

しかしそんな小さな嫌がらせであっても、恋人がそんな被害にあえば石原は危機感を抱いたのだった。


「その事以外でも私、ストーカーの事で圭君にいっぱい迷惑かけてる。だから嫌われるんじゃないかと不安になって、圭君をここに監禁する事にしたの……」


このまま迷惑をかければ圭に逃げられるかもしれない。石原はそんな思いからストーカーから一時距離を置くための旅行と嘘をつき圭を自分の部屋へ閉じ込めたのだろう。相手は恋人。そして女性専用のアパートとなれば男性であっても逃げることは難しい。

舞の中でようやく話が繋がった。


「別に監禁っていってもゆるゆるだし、逃げようとすれば逃げれたよ。でも、逃げたって千鶴ちゃんの問題は解決しないからさ」


しかし監禁といってもそれはぬるく、助けを呼ぶ事は簡単だ。しかしそれでは『逃げた』ことになってしまい石原の人間不信は悪化する。

だから圭はあえて捕まっていたのだった。

圭をよく見れば服や身の回りは綺麗にしているし、顔つきもややふっくらして見える。

監禁というよりは甘やかした後のようだ。


「でもこんな生活、長く続けられないからさ。きっかけが欲しかったんだ。舞が来てくれて兄ちゃん助かったよ」

「お兄ちゃん、帰ってくるの……?」

「当たり前だろ。俺には帰る家があるんだから。両親には『好きな人を守りたいから家を出る』って言っておいたけど、それにだって限度はある。帰ったら叱られるだろうな」


両親にはすでに話はつけていたらしい。どうりで行方不明になっても騒がなかったはずだと舞の肩から力が抜ける。


「でも母さんにはご馳走作ってもらおうな。そんで皆で食べよ」


事件の解決しそうな展開に赤坂達は和む。しかし石原はうつむいたままだった。

彼女が自分のした事の大きさはわかったし、圭も許してくれている。しかし圭とはまた離れてしまうし、今度はもう側にいてくれないかもしれない。

その不安に舞も気付く。


「でもお兄ちゃん、石原先輩が……」

「千鶴ちゃんも来ればいいよ」

「……え?」

「千鶴ちゃん、うちに通えばいいだろ。一人暮らしも留守がちな実家暮らしも危ないんだから。うちは夕方からなら母さんがいること多いし」

こんな時でも普段と変わらない圭の様子に一番驚いたのは石原だった。


「でも私、圭君にいっぱい迷惑かけて……」

「迷惑じゃなくて心配をかけたんだよ。俺はここから出られなかったから、買い出しとかは全部千鶴ちゃんがやってただろ。その間にストーカーにあったらどうしようかと思ってたんだからな」

「こんな、監禁された状況なのに私の心配を……?」

「どうしようと思いながらも楽しんでた時もあったよ。好きな女にされてる事なんだから満更でもない。けど心配はする」


端から聞いていた舞が恥ずかしくなるような兄の言葉だった。もはや圭の中では舞や赤坂達は忘れているのかもしれない。二人の世界が作られる。


「うちの実家なら千鶴ちゃんが来ても安全だと思う。両親にも紹介するし、今回の事もうまく誤魔化すよ。それならいいだろ?」

「うん……ありがとう、圭君」

「その代わり、舞には謝って。千鶴ちゃんは誰も自分の事理解してくれないっていうけど、だからって誰かにひどい事していい理由にはならないんだから」


石原が妹尾家に顔を出す事になれば舞と鉢合わせてしまう。舞だって今回の事は知ってしまったため、黙ってもらうには和解をする必要がある。和解といっても舞は直接被害にあった訳ではないのだが。


「……ごめんなさい。妹さんが来たら、圭君がどこかに行っちゃうと思ったから、攻撃しようとしたの……」


石原は泣きそうな目で頭を下げる。それを見て舞はこれ以上は文句を言えなくなった。

おそらく彼女は誤解されやすいのだろう。だから暴走してしまっただけで、落ち着いている時は優しい人なのだと感じた。


「いえ、大丈夫ですよ。未遂だった訳だし、先輩達がかばってくれましたから」


舞は兄を見習って広い心で彼女を許した。一歩間違えれば惨事になっていたが、せっかくなだめてくれた兄のためには責めず、兄の恋人を守ろうとする気持ちを察して許す。

さらなる反省についてはこれからの圭に任せるしかない。


「そういや先輩って、その人達、舞の普通科の先輩なの?」


ここでようやく圭は赤坂達の存在に気付いたらしい。


「あ、赤坂先輩は普通科だよ。筑紫先輩が国文科で、青島先輩が理数科。それで皆二年生だから、お兄ちゃんよりは年下だよ」


舞が一人ずつ紹介をする。

ここで改めて赤坂は挨拶をした。


「赤坂昴です。ストーカーに関しては俺達も協力できるかもしれません。そういうツテがありますから」

「ツテ?」

「高木と沢井に関しては、頭も冷えたと思います。これから先輩方も普通に登校できると思いますよ」

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