第9話 大事な妹
「残念だが、舞は大事な、俺の妹候補だ。傷一つつけさせやしない」
かっこいいのか残念なのかわからない台詞をはいたのは赤坂だった。
彼は最初からこうなる可能性を考えていたのだろう。だから先程から舞が怪我をせぬよう細心の注意を払っていた。
「妹尾圭先輩を誘拐したのは貴方だな。石原先輩」
「っ!」
声にならない悲鳴を上げたのは舞だった。
兄が石原を誘拐した可能性については高木達から聞いた。しかしまさかその逆は考えない。
嫉妬される程に美しい女子生徒である石原が、平凡な男子生徒である兄を誘拐する理由はない。
「舞を攻撃しようとしたのは、お兄さんを取り返しに来たと思ったからなのだろう?」
「……そうよ。妹さんは、圭君を取り返しに来たんでしょう? だったら追い返さなきゃ」
赤坂に押さえつけられたままぎろりと舞を睨む石原に、舞は高木と沢井に似たものを感じた。
彼女も冷静さを欠いている。そのため正常な判断ができていない。
「あのまま舞を攻撃したら、さすがに事が大きくなる。そうなれば先輩達の今の生活も終わってしまうだろうに」
「せ、生活なんてどうでもいいわ。どうせ私にはろくな人生が送れないんだから! 好き勝手に生きてやるわよ!」
先程のか細さからは信じられない程、石原はありったけの力で叫んだ。
それだけの声を出せば家の中までにも聞こえてしまう。
「千鶴ちゃん、もう終わりにしよう」
声に反応し、部屋の玄関にそろりと現れたのは平凡などこにでもいるような青年だった。ただし手首が縄で縛られていなければだが。
彼こそが舞の兄、圭だろう。よく見れば少し幼い顔立ちが舞に似ている。
「圭君……」
「千鶴ちゃんの気が済むまで好きにやらせようと思ったけど……もうこれ以上は無理だよ。警察に相談するなりしよう」
「ダメっ、そんな事したら高木と沢井に圭君が殺されちゃう!」
「俺なら大丈夫だよ。千鶴ちゃんが俺を守ろうとしてくれた気持ちは嬉しい。けど、俺だって男だから千鶴ちゃんを守りたいよ」
赤坂はいつの間にか石原を解放する。圭はその石原に近づいて、そっと縛られた両手で彼女の肩に触れた。それだけで石原は大粒の涙を溢したのだった。
■■■
石原が冷静になるまでの数分のうちに、舞達は部屋の中へ呼ばれた。あのままでは騒ぎを聞き付けた住人達に見つかり、男達は追い出されただろう。
石原の部屋の中は同棲中カップルが暮らしているかのような雰囲気があった。とくにテーブルの上のペアになったマグカップがそれらしい。
その中にある一人暮らし用の小さなローテーブルを六人が囲んだ。
「ごめんな、舞。心配とか迷惑とかかけて。今から説明するから」
「……うん、説明とかはして欲しいんだけど……まずはお兄ちゃん、手首の縄ほどこうよ」
「あ、忘れてた」
手首を縛られた兄から説明されたって舞の頭にはろくに入らない。
しかし拘束は手首だけのようだ。しかもゆるいのか、圭は自分で手首の拘束を解いた。
きっと彼はいつでも逃げ出せた。しかしあえて逃げ出そうとしなかったのだ。
「まずは、ええと、何から話せばいいかな。お前から借りた十万円の事? お金には手をつけてないから、すぐ返すな」
「え……」
「もともと俺と千鶴ちゃんで、どこか逃げるつもりだったんだ。駆け落ちっていうかな。そうなるとお金が必要だろ」
「逃げるって、なんで?」
「千鶴ちゃん、変な男に好かれやすいんだ。だから千鶴ちゃんがストーカーから逃げるため、旅行感覚でどこか行こうと提案して。俺はそれについて行こうとしたんだ」
赤坂の予想した通りの内容だった。
冷静になって自己嫌悪から落ち込む石原は、確かに儚げな美しさがある。普段ならば勝ち気そうな雰囲気もあり、誤解されやすく、妙な男が寄ってくる事も納得だ。
しかしこうして二人がこの部屋にいるという事は逃避行に失敗したという事だろう。
「荷物の準備して、まずは千鶴ちゃんの部屋に行ったんだけど、そこで千鶴ちゃんのスタンガンくらっちゃってさ。動けるようになった時にはロープでグルグル巻きだったよ」
笑い話かのように圭は語るが、舞はまったく笑えなかった。
恋人かそれに近い人物にスタンガンで攻撃できるのだろうか。そしてそれを許せるのだろうか。恋人の居たことのない舞にはまったくわからない。
「……なんで、お兄ちゃんを捕まえたんですか?」
舞はしっかりと石原をみつめて尋ねる。
すると石原は目を固くつぶり頭を下げた。
「ごめんなさい。私には圭君がすごく大事だったから……」
「大事なのに?」
「に、逃げられると思って、逃げられたくなかったから……」
幼い子供のように石原は言った。
圭に逃げられるから拘束した、というのなら話は通る。しかしどうも舞が見聞きした現実と繋がらない。兄はそれほどの人物なのか。
「私に優しくしてくれる男の人なんて、圭君だけなの……」
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