第8話 場所特定

赤坂は足をぴたりと止める。そして学校近くのあるマンションを見上げた。


「石原先輩の実家にいる両親から聞いた。昔から石原先輩は男性にしつこく言い寄られる事が多く、何度もストーカー被害にあって、最近一人暮らしをしたと」


石原のその美貌は妙な男を引き寄せるのだろう。それに苦労したのは家族だ。

それに親ならば自分の娘が普段どんな被害にあったかも知っている。


「俺も最初は石原先輩のストーカーと疑われたくらいだ。年上の女性を妹扱いするのは俺には難易度が高いというのに」


難易度が高いという事は年上を妹扱いする事も有りなのか。そう思った舞だが、別の事に気付く。


「え、でもストーカーにあうからって一人暮らしというのは、おかしくないですか? 一人になったら逆に危ないですよ」

「両親は仕事で留守がちらしいから、それならば一人で学校近くのセキュリティのしっかりしたところに居る方がいいと考えたのだろう。そしてこの女性専用アパートに引っ越したと言うわけだ」

「……このアパート、どうやって調べたんですか?ご両親ならそう簡単にストーカー被害にあいがちな娘の住所を教えませんよね」

「石原先輩は自転車通学をしていたと目撃談があった。学校から自転車で行ける範囲で女性専用とくれば、ここしかない」


赤坂の頭の回転の速さに舞はため息をついた。そして筑紫が『しつこい』と言っていた意味も分かった。確かにこれ程のしつこさならば、とけない謎はないだろう。


「という訳でここに入ろうと思う」

「入るって、ここ女性用でセキュリティが厳しいんじゃ……」

「一階からインターホンで中の人に開けてもらうシステムだ。セキュリティとしては甘いほうだな」

「甘いんだ……」

「とりあえず石原先輩と会話して、『この場所を高木達にばらされたくなくば部屋に上げろ』と言えば絶対上がれるだろう」

「脅迫じゃないですか」

「まあ、その必要はないかもしれない。連絡するのは舞の仕事だ。男の俺達では警戒されるし、舞なら妹尾圭先輩の妹という点から家に上げてくれるだろう」


男性が相手ならば石原は扉を開けるはずがない。それならばしかたないとその役目を引き受けるが、まだ舞には引っ掛かる事があり赤坂に尋ねた。


「兄は、石原先輩の部屋にいるという事なんですよね?」

「ああ」

「あ、きっと石原先輩が高木と沢井みたいなストーカーにあっているから、お兄ちゃんが住み込みでボディガードしているんですよね?」


その問いに赤坂は困ったような表情を見せた。

ストーカーにあいがちな女の子を守るのは兄らしい行動だと舞は思う。だから自分なりに考えをまとめてみる。

しかし赤坂の困ったような表情を見る限り違うようだ。それに最初の赤坂の推理は真逆なものだった。『誘拐したのは石原』と彼は言った。


「……石原さんを呼び出します」


嫌な予感はしたが、マンションエントランスに入り部屋番号を打ち込む。この番号だって赤坂はしつこいほどの推理力で得たのだろう。

彼はその推理力で兄がどうなっているかを既に察しているのかもしれない。

わりとすぐに石原は呼び出しに応じた。


「あの、妹尾圭の妹の、舞です。……石原先輩ですよね。部屋に、入れてもらえませんか?」


舞はカメラに向かってたどたどしく頼み込む。しばらくして、


『…………入って』


機械を通したか細い女性の声が返って来た。どうやら脅迫の必要はないようで舞は安心する。


「いいか。何かあれば俺が前に出る。筑紫と青島は舞を後方に下げてくれ」

「わかった」

「了解した」


舞の背後の男子三人は小声でそんなやり取りをした。

何もないかもしれない。取り越し苦労であってほしいとも願う。

しかし赤坂の考えでは、そう簡単に兄妹の再会はできそうにないのだった。


エレベーターを上がり、石原の部屋に向かう。

当然のように先頭を歩くのが赤坂で、その次が舞。その次が筑紫と青島という列になった。そして呼び出しボタンは赤坂が押した。


分厚い玄関扉の向こうに人の気配を感じた。赤坂が無言で舞に視線を送る。声をかけろという事だろう。


「妹尾舞です。石原先輩ですか?」

「…………鍵、開いてるから」


またしてもか細い声が返ってきた。舞はその言葉通りにドアに手を伸ばそうとした。しかしその手を無言の赤坂に止められる。

代わりに赤坂がドアを開けた。


石原千鶴は勝ち気そうな印象のある美しい女性だった。舞も一瞬彼女にみとれるが、彼女の手が舞に向かっている事に気付く。


しかし舞よりもすばやく赤坂がその手を押さえた。背後にいた筑紫が舞の腰から引っ張り、後ろに勢いよく引き寄せる。そして廊下の壁にぶつかりそうな二人を青島が受け止めた。


石原の手から乾いた音を立てて黒い塊が落ちる。

それはスタンガンだと、ドラマでしか見たこともない舞も気付いた。


「え……」


舞には何が起きたかをすぐには理解できない。突然石原がこちらに突進し、自分の体が背後に引っ張られたのだ。

ただ、赤坂に押さえこまれる石原と彼女の持っていたスタンガンで大体の事情は察する事ができた。


石原は舞に攻撃をしようとしていたのだ。




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