第5話 真実と向き合う

気遣ってくれる赤坂の気持ちが、舞にとっては何よりもありがたかった。

一人じゃない。そう思うと真実に向かい合う覚悟ができる。


「……私、貸したお金を理由にしてました。今すぐお金が必要なのにお兄ちゃんが見つからないと返してもらえなくて困るって」

「今すぐ?」

「ちょっと買いたいものがありまして。でも、それはただの口実で、本当はお兄ちゃんを心配していたのかもしれない。本当の事が怖くて、真剣に心配をしないようにしていたというか……」


青島からの情報に不安になって、舞は自分の気持ちに気付く。兄の心配をするのは気恥ずかしいからお金目当てということにしていた。しかしそのうちに兄は最悪の状況に陥っているかもしれない、と考えだして辛くなる。自分を守るために舞は貸したお金という口実を作った。


「これじゃ私、先輩達にツンデレと言われても仕方ありません」

「まぁ、それはツンデレというよりは誰だってそんなものだろう。近くにあるもののありがたみは、離れてみないとわからないし、それを指摘されるのは恥ずかしい」


普通科に戻るため赤坂は舞の前を歩く。舞には表情がうかがえない。

しかし声の雰囲気がとてもシリアスなものである事に気付いた。

もしかしたら彼も身近な何かを失ったのかもしれない。


舞はそう気付いたが、簡単にそんな事を聞けるはずなく、すっかり印象が変わってしまった彼の後ろ姿を見て歩いた。






■■■





「手作りのものだがクッキーだ。食べるといい」


普通科棟美術室に戻れば、またしても赤坂はお茶を入れて今度は菓子まで出す。

バニラとココア生地で作られた市松模様のクッキーは見事なまでに形が揃っていた。手作りとは思えない品だ。


「え、まさかこれ、赤坂先輩が作ったんですか?」

「いや、俺ではないさ。桃山という会員が定期的にお客様のため手作りの菓子を置いてくれるんだ」

「それを私が食べちゃってもいいんですか?」

「桃山は妹のために作ったようなものだ。舞が食べたのならあいつも喜ぶ」


素人の、しかも見知らぬ人間が作った食べ物なんて食べるには抵抗がある。しかしその抵抗を上回る程にクッキーは美しくおいしそうであるため、舞は一つかじった。

口の中でほどけるように甘みが広がる。


「……おいしい。プロみたいです」

「だろう?桃山は家政科だからな。料理や裁縫は得意なんだ」

「私、この人の妹にならなりたいかも」

「……俺も今度桃山から料理を教えてもらうかな」


あれだけつれなかった舞が、会った事のない人物のクッキーだけでコロリと落ちた。やはり妹を掴むにはまず胃袋かららしい。


二人がお茶の時間に和んだ頃、筑紫と青島が戻って来た。


「ただいま。舞ちゃん」

「あ、筑紫先輩。おかえりなさい」


笑顔でただいまを告げる筑紫に舞は普通に返す。それにより筑紫の細い体はぐらりと傾いた。


「先輩!?」


舞としては聞き込みをして来た彼らを労うつもりで普通に言った言葉だ。しかし筑紫は目眩を起こしたかのように膝を床につける。


「ま、舞ちゃんが『おかえり』って言ってくれた……妹的でかわいい……!」


どうやら興奮から目眩を起こしたらしく、今も息が荒い。

彼は帰宅した際に妹にそう言われるシーンを想像したのだろう。


「いいなぁ筑紫。やっぱり『ただいま』と『おかえり』は妹の基本なのだな」

「赤坂だって舞ちゃんとお茶してたじゃないか。抜け駆けだよ」

「……本題に入るぞ」


血の繋がりのない女子生徒を妹として取り合う赤坂と筑紫とは別に、まだ彼らに比べれば常識人である青島は話を進めた。話は聞き込みから得た情報だ。


「まず、居なくなった四人に関連はあった。男子三人は女子である石原と親しかったらしい」

「関連して、親しいって……」

「交際しているかもしれない、という噂が流れているという事だ」

「つまり、お兄ちゃんの彼女!?」


舞は先程とは別の意味で衝撃を受けた。

あのぼんやりした兄に彼女。とても信じられない話だ。


「まぁ、噂なのだろう? 一緒にいる所をよく目撃されただけとか」

「あぁ」

「それでも妙な話だな。男子三人が女子一人と噂があるだなんて」


誘拐や殺人に比べれば健全な事態ではあるが、やはり異常だと赤坂は思う。それに筑紫は付け足した。


「でもね、舞台は理数科だから。女の子が少なくて男の子が多いと、女の子は皆にちやほやされるって考えられるよ。その石原さんも美人らしいし」


筑紫の説明に舞も納得する。男子数名に女子一人というのは今舞がが置かれている状況とよく似ているからだ。確かに競うようちやほやされる。


「考えられるのは痴情のもつれだ」


率直な青島の言葉に三人は沈黙した。物騒な事件よりはいいが、やはり当事者の妹として気を使ってほしい話題である。それでも舞は尋ねた。


「それはつまり、石原先輩が……三股をかけていたということですか?」

「そう考えるのが妥当かな。ちなみに二年男子高木は理数科で二番目に成績が良くて、一年男子沢井は理数科で二番目に顔がいいんだって」


こちらは筑紫の聞き込み情報。きっと彼は女子ばかりに聞き込みをしたのだろう。男子のスペックの話となっている。


「どっちも二番目なんですね」

「理数科で一番顔と頭がいいのは青島だからね」


当たり前のように言う筑紫に、当たり前のように聞く青島。

仲間の贔屓目で見た訳でなく、それが真実なのだろう。


「そもそも石原先輩というのがかなり美人らしくて、理数科でなくても寄り付く男が多いみたいなんだ。僕も聞いた話じゃ結構好み」



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