第4話 理数科生徒行方不明事件

次元の違いから断られたが、圭と同じ理数科である青島の情報は必要だ。赤坂は説得を開始した。


「ところで青島。お前の最愛の妹は二次元に在住し、その生みの親の漫画家もしくはイラストレーターなどは三次元に在住しているのだったな?」

「それがなんだ。俺は二次元が三次元の作者により産み出される事は理解している」

「結構。だとしたら、その三次元の漫画家に何かあれば、二次元のキャラクターにも影響があるのではないか?」

「……あ」

「漫画家とはインスピレーションが重要な職業だ。もし三次元妹が荒み、三次元自体が荒み、三次元の漫画家までもが荒んでしまえば、最愛の二次元妹まで荒むのではないか?」

「そんな……っ」

「つまり三次元妹を救う事は二次元妹を救う事に繋がるんだ!」

「な、なんだってー!?」


舞は冷めた瞳で二人のやりとりを見つめた。

つまり、このまま舞を放置すれば社会が荒む。社会が荒めば漫画家が魅力的なキャラを描けなくなる。そして彼の愛する二次元妹キャラに悪影響が出る、と赤坂は言いたいのだろう。青島は神経質そうな見た目に反して内面が単純なのかそれに心動かされている。


「……わかった。協力する」

「あぁ、ありがとう。さすが青島だ」


良い返事をして、青島はきっと睨むように舞を見つめた。その視線には遠慮がなく、全身をじろじろと見られる。


「確かにツインテールが似合う女子だが、所詮三次元の記号でしかないな」


そしてお約束なのかそんな言葉を告げた。けなしているようだが七姉妹会にツインテールは効果は抜群らしい。





■■■





それから赤坂は青島に事件についての説明をした。これが二次元妹の救済に繋がるからか、青島は冷静に聞いていた。


「つまり、理数科で発生した行方不明事件か。ならば何故警察に訴えない?」

「親ですら事件性がないと判断されているし、受験生だ。あまり騒ぎたてるべきではなかろう」

「事件性はあると思う」


青島がぽつりと言った言葉に、舞ははっと彼の変化の少ない瞳を見た。冗談を言うとは思えない澄んだ瞳だ。


「妹尾圭先輩を含め、すでに四名、理数科では許可のない欠席者が出ているらしい。これが事件でないなら何だ?」

「すでに四人もか?初耳だ」

「男子三名、女子一名。皆が急に姿を消している。その中に妹尾圭先輩もいたはずだ」


淡々と告げる青島だが、舞の手は震えた。その手を覆うようにして赤坂は手を握る。急に事件性がまし、何もないと思っていた舞には余計強い衝撃となった。


「他の科でとくに騒ぎになっていないのは教師達が口を閉ざしているからだ。これだけ生徒が同時に姿を消せば、学園に対して妙な噂をたてられてしまう」

「そんな、事で……」


怒りと不安から震える舞の声に、赤坂は握る手にさらに力を込めた。

こんな事態になったというのに、学校側は外聞を気にして隠ぺいをしているらしい。

家族としては許せない話だ。しかし舞の両親だって、息子がいなくなったというのにただの家出として何もしなかった。それは息子が何かよからぬ事にまきこまれた可能性を考え、世間に知られたくないからかもしれない。


「学校側が黙っているのは、三年の進路やこれからの入学希望者を考えれば当然の判断だ」


青島は冷たく言い放つ。それも仕方のない話だと舞もわかる。

勿論行方不明者の身の安全も大事だが、周囲からの評価も大事だ。だからこそ騒ぎにできなかった。


「行方不明者は三年男子・妹尾、三年女子・石原、二年男子・高木、一年男子・沢井……同じ理数科とはいえ、接点はない」

「しいて言えば妹尾先輩と石原先輩が同学年というくらいだな」

「この学園の理数科生徒を狙った無差別な誘拐か、殺人の可能性も……」

「青島!」


赤坂のあらげた声に、青島は自らの失言に気付いた。

舞は顔を真っ青にしていた。

青島の考えは舞も頭のどこかで考えていた事だが、はっきりと言葉にされても心の準備はできていない。


「……すまない。まだろくに調べていないのに、結論を急ぎすぎた。聞き込みをしてくる」


青島の細くきりりとした眉は、一瞬だけ垂れ下がった。

彼としては悪気がない。ただ、人の気持ちに鈍いだけだろう。


「聞き込みなら筑紫と合流してくれ。舞には俺がついているから」

「わかった」


青島があっさりと教室を出ていった。そして教室に赤坂と二人きりになり、ようやく舞は手を握られている事に気付いた。


「赤坂先輩、もういいです。もう大丈夫ですから、手を離して下さい」

「まだ冷たいな。カイロだと思って握っていればいい」

「カイロにしては巨大なんです」


さりげなく返した舞の言葉に赤坂は小さく笑った。こんな返しができるのならもう大丈夫そうなので手を離す。


「そうだな。では美術室で暖かいものでも飲もう」

「でも筑紫先輩達が聞き込みをしているのに、私達だけ休んでいちゃ、」

「冷静に備えることが舞の仕事だ。それには少しでも平常を取り戻さなくてはなるまい」

「……はい。そうさせてもらいます」


誘拐や殺人という言葉を聞いて舞は気が遠くなった。今は少しは落ち着いたが、未だに体が冷えている気がする。


「もう秋も終わりだ。暖かいものを飲めば、少しは気が休まるだろう」

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