第3話 ツンデレ萌えの筑紫、二次元萌えの青島
「それなら赤の他人を妹扱いするべきではないと思うのですが。血の繋がりすらないわけだし」
「血の繋がりが重要という訳ではないさ。妹と認め、兄と認めあう互いの想いこそが重要なのだ」
舞はわからなくなった。わかりたくないと思った。
思っていた以上に赤坂や七姉妹会の妹好きは根深いのかもしれない。これはもう、他人の意見は気にしないレベルだ。
「さて、ここが国文科専門図書室だ。おそらく筑紫は女子の集まりの近くにいるだろう」
「女子って、筑紫先輩も妹好きのために女子を追い回しているんですか?」
「ふむ、どうやら俺のせいで舞に妙な筑紫の印象がついたようだが、逆だろう。追い回されているのは筑紫のほうだ」
古い紙の匂いのする図書室の扉を開き、赤坂は女子の集団を指差す。その中央には男子生徒が黙々と読書をしていた。
まず驚いたのはその男子生徒の肌の白さだ。女であっても羨む程に透明感がある。それとは対照的に艶のある黒髪に、たれ目の優しげな顔だち。華奢な体に正しく着た制服とやわらかそうなカーディガンで文学青年という印象がある。
彼を見て舞は『女子に追いかけ回されている』という事に納得した。
赤坂とは違うタイプの美青年で、読書に没頭する姿が美しく近寄りがたい。
だから女子は遠くから彼を見つめているだけなのだろう。
彼を想い読書の邪魔はしたくない。だから本棚の陰から見つめるだけのようだ。
「筑紫、少しいいだろうか」
そんな中、遠慮なく赤坂は女子の視線の中をずかずか入りこむ。邪魔かもしれない行為だが新たな美形の登場に女子は密かに声を高くした。
「あぁ、赤坂。という事はそちらが舞ちゃんかな?」
読書を中断した筑紫は舞の姿をすぐ見つけだし、穏やかな微笑みを見せた。
赤坂とは違い、しっとりと落ち着いた雰囲気のある青年だ。
舞もまたみとれたが、同時に嫌な予感がした。
「なるほど、聞いた通りとてもいいツインテールだね。僕の事は『兄貴』って呼んで罵ってくれていいからね」
これさえなければ自分もそっと図書室の彼を眺めていたのではないか、と舞は憐れみの目で筑紫を見つめた。それになぜか筑紫は身悶えする。
「あぁ、その生ゴミを見るような目! たまらないよ、さすが舞ちゃん。聞いた通りのツンデレ妹ぶりだ……っ」
「ツンデレってこんな惨状を生み出すものでしたっけ」
自分を悪く扱われているのにそれを喜んでいる美青年・筑紫。
果たしてこれはツンデレ萌えのくくりに入るのか、舞にとっては謎だ。
「ところで赤坂。舞ちゃんの状況は聞いたけど、青島には声をかけたの?」
「いや、まだだ。協力してもらおうとは思っているのだが、先に連絡を入れればあいつは逃げるだらう」
二人は不真面目な話から一転、急に舞の相談に関する真面目なものになる。
これだから舞はどんなにどんびきしても七姉妹会に頼るつもりがあるのだった。
「そうだね、青島は直談判の方がいいかも。さすがの舞ちゃんでも青島は釣れないだろうし」
筑紫の言葉に舞は不思議に思う。赤坂も言っていたが、『青島は舞では釣れない』らしい。
七姉妹会というと筑紫のように妹キャラというだけでほいほい釣れると思っていたのに、舞には意外だった。
「あぁ、舞ちゃんは気にしないでね。青島は舞ちゃんでは釣れないけど、それは舞ちゃんに魅力がないという事ではないから」
「別に気にしてもいませんが」
自分にフォローを入れる必要はないと舞は思う。しかしフォローを入れる筑紫にいらっときた。別に妹力を誇っているわけではないし、会ったことのない青島とやらに気にいられたい訳ではない。
「緑野(みどりの)は頼みにくいとしても、黄木(おうき)と、しゃくだけど橙堂(とうどう)辺りは協力してくれるんじゃないかな? あと桃山(ももやま)も」
「うーむ……人手は多い方がいいが、そうすると舞を独占できないだろう」
「あ、そうだね。他のメンバーもきっと舞ちゃんを気に入るだろうし。人手は必要な時に召集すればいいか」
ちらりと七姉妹会のメンバーの名前が明かされた事を舞は聞き逃さなかった。
赤坂に筑紫に青島。他に橙堂や黄木や緑野や桃山までがいるらしい。ただし今協力してくれる、その力があるのは赤坂・筑紫・青島の三人のようだ。
そしていくつか聞いた事があるような名前が含まれていた。確かそれは他の科の有名人ではないかと疎い舞ですら記憶している。
やはり七姉妹会とは色んな意味ですごい会なのかもしれない。
■■■
三人は理数科にたどり着く。そこは男子だらけでただでさえ普通科の舞は居心地が悪く感じた。
「何度来ても男子ばかりだねぇ、理数科は」
「まぁ、理数科は男子が多いものだからな。逆に国文科は女子が多いじゃないか」
「多いといえば多いんだけど、それでも僕が求めるツンデレ妹はいないんだよね」
赤坂と筑紫はそんな話をする。とくに赤坂はよく理数科に来ているのかこの雰囲気に慣れているようで先行して歩いた。すると舞と筑紫が並んで歩く事になる。
「舞ちゃんの実のお兄さんは理系なんだね」
「はい。ちょっと意外なんですけど」
「立ち入った事を聞くけれど、いじめとかはないんだよね?」
「それはないと思います。兄は失踪前に普通で、ていうか機嫌良さそうで」
「そうだよね。男子ばかりの環境だと、わりと不良も真面目も仲良くなりやすいし」
兄の様子としては、舞にはとくに困っているようには見えなかった。
だとしたら圭の問題は急激に発生したものと考えられる。
「それじゃあ僕は聞き込みでもしようかな。二人は先に青島に会って来て」
「青島と合流してからでもいいのでは?」
「聞き込みなら得意だから僕に任せてよ。それに青島ばかりに手柄は取られたくはないし」
筑紫は舞に向かって穏やかに笑って、理数科には数少ない女生徒の元へ駆け寄った。
フレンドリーに話しかけるその様子は慣れているというよりは、冷たくあしらわれる事を期待してのものかもしれない。
「さて、行こうか。青島は恐らく教室で自習をしている事だろう」
「今みたいな放課後に自習って、真面目なんですね」
「真面目というか……いや、真面目なのか。あれは」
赤坂は言葉を濁す。それが青島はろくでもない人物であると舞に予感させた。
「オンオフの切り替えがきっちりした男なんだ。だから学校の事は学校で済ませる。オフの時間は趣味に没頭したいのだろう」
「趣味っていうのはやっぱり……」
「あぁ、妹だ。だが舞の考えるものとは微妙に違うと覚悟しておいてくれ。そんなわけだから、趣味以外の予定外のことは絶対にしない」
覚悟も何も、極度の妹好きを二人も見てきた舞は慣れた。
どんな妹好きであっても引きはするが、取り乱す事はないだろう。
青島の居残っているらしい教室につくと、そこには眼鏡の美形がいた。神経質そうな冷たい雰囲気のある美形だが、さすがにもう舞も騙されない。
「青島。少し協力して欲しいのだが」
「だが断る」
青島は赤坂の呼び掛けを短く拒絶した。
彼の目は数式を見つめているだけで、赤坂や舞に視線を向ける事すらない。
「まぁそう言うな。お前も七姉妹会の一員ではないか」
「七姉妹会に所属したが、三次元妹を救う義務はない」
「さんじげん?」
舞は首を傾げた。
勿論それは聞いた事がある単語だ。そして現代においては新たな意味で使われる事がある。
三次元=現実。二次元=アニメやマンガの世界とは対として使われる言葉だ。
「俺は現実の妹なんてどうでもいい。二次元が無事ならそれでいいんだ」
「……とまぁ、こんな具合なのだ。舞で釣れないのは舞が三次元の人間であるためで、舞に魅力がないというわけではないので安心してくれ」
「別に好かれないからと不安になったりはしませんが」
誰もがいきなり人助けを頼まれても、引き受けるわけではない。拒むのは当然の事だ。
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