第2話 行方不明の兄

「私の相談っていうかお願いは、行方不明になった兄、妹尾圭を探して欲しいんです」

「兄、か。なるほど、俺が舞から感じた妹オーラは間違っていなかったという事だな」


赤坂は妙なところに納得していた。

実際兄がいる妹という事で、舞には見た目以外にも妹らしさが出ていたのかもしれない。赤坂はとてもうらやましそうにうなずく。


「しかし君の兄も妹にこれだけ心配してもらえるのならば幸せ者だな」

「いえ、別に心配してはいません。行方をくらます前に私が十万円を貸したので、兄を見つけだして利子代わりにボコって十万を回収したいだけです」


いつも堂々としている赤坂が急に狼狽えたように舞には見えた。

多分『利子代わりにボコる』辺りが原因だろう。

赤坂は妹を可憐で聖なるものだとでも思いこんでいるのかもしれない。だとしたらありのままを語れば彼の思い込みを破壊できそうだ。とはいえ、舞は相談の続きを語る。


「兄の部屋の荷物はまとめられていたし、家族はどういうわけか警察や周囲には訴えません。多分、兄はこの学園の三年なので、妙な噂が広まって受験に失敗しては困るというのが本音でしょう」

「お兄さんも普通科なのか?」

「いえ、理数科です。けど、家出なんてあり得ないです。兄は冴えない人間なので、家出をする根性もないはずですから」

「だとしたら何か事件に巻き込まれたのだろうか……」

「その可能性の方があり得ます。私に十万を借りたという事だって誰かに恐喝されているかもしれません」

「舞に金を借りる時、お兄さんは何か言っていなかったのか?」

「いえ、とくに何も。兄妹なのでいつかは返してもらえると思って深くは追及しませんでした。まさか行方をくらますなんて思わなかったし……」

「なるほど、やはり舞はお兄さんが心配なのだな」

「心配なのは私の十万円です。兄は確かに冴えないけど、空手を習っていたから簡単に何かあるとは思えないし……」

「わかったわかった、そういう事にしておこう」


本当に舞が心配なのは十万円の方なのだが、赤坂にさもツンデレのように扱われるのはなんだか腹が立つ。赤坂は考え事をしたようすで長い足を組み変えた。


「ふむ、このケースならば筑紫が助けてくれそうだな」

「つくし、さん?」

「筑紫雅史(つくしまさふみ)。国文科二年の男子生徒だ」

「その人なら兄の居どころを掴めるんですか?」

「いや、ツンデレ妹好きな男だから、きっと舞を気に入り予定があっても協力してくれるだろう」


妹好きにも色々あるという事だ。舞は嫌な予感しかしなかった。






■■■





赤坂が電話で連絡を取ったところ、筑紫雅史は国文科棟にある専門図書室によくいるらしい。

そこは文字通り専門的な図書を扱い、使用者はほぼ国文科の生徒で占められている。もちろん筑紫もそこの常連だった。


「ていうかなんで私達がそっちの図書室に向かうんですか。電話して興味ひけたんですから、その筑紫先輩に来てもらえばいいのに」


国文科棟を歩くうちに舞は愚痴る。どういう訳か、赤坂の電話後舞は彼と国文科に向かう事になった。

別に国文科と普通科はそう距離がある訳ではないのだが、なんとなく他の科は居心地が悪いと普通科の舞は感じる。


「筑紫と会った後、別の会員の青島に会うつもりだからだ」

「青島先輩って、それもツンデレ妹好きかなにかなんですか?」

「いや、理数科の男だ。お兄さんと同じ科であるのなら調べやすいだろうと思ってな。それに奴は七姉妹会一の情報屋だ」


勝手に青島を『妹好きだから興味をひいた』と思っていた舞は微妙に恥ずかしくなった。早くも七姉妹会に毒されているのかもしれない。


「青島はさすがの舞の妹力でも釣れないし、なかなか会合にも現れないからな。国文科で筑紫と合流し、理数科に向かうのがいいだろう」

「あ、そうですね……」


普通科は国文科と、国文科は理数科と近い。

だから途中に筑紫と会う方が効率がいいという事だ。


「まぁ、俺が理想の妹と一緒に出歩きたいというのもあるのだが」


隣の舞に向かい、赤坂はウインクをする。それにうんざりとして舞はため息をついた。

赤坂もこの妹好きさえなければ一緒に歩きたい程にいい男なのに。彼は歩いているだけで居残り中の生徒の目を引く。しかも舞の歩幅に合わせて長い足を小さくゆっくりと動かしている。見た目も性格もいい。なのに趣味だけが残念だ。


「先輩はなんでまたそんな妹好きなんですか。先輩ならすぐ彼女できそうなのに、彼女じゃダメなんですか?」

「彼女と妹は違うだろう」


それは確かに違うものだと舞もわかっているが、こうして血の繋がりのない異性を追いかけるのなら彼女にすればいいのに、と思う。その方がはたから見ていて遥かに健全だ。

しかし赤坂はそうではなく、妹の良いところを語る。


「妹の良さとは、いつも一緒にいれるところにあるものだ。例えば一緒に出かけたとして、彼女とは門限でお別れだが、妹なら家に帰るまでがお出かけだ。そしてお風呂上がりにホットミルクを飲みながら妹が『今日は楽しかったね』とか言うんだ」


そんな妹妄想がきもい、と舞は思わない訳ではなかったが、口には出さないでいておいた。

まず用もないのにデートのように兄と出かける妹なんてあり得ない。妹なんて家で兄とはちあわせただけで『うざっ』とか言うものだと舞は思う。


「別に、彼女だって同棲か結婚すればずっと一緒にいられますよ」

「恋人や妻なら別れたらそれまでだろう。しかし妹は、ずっと妹だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る